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2010年8月23日 (月)

日本のプロテスタント教団の崩壊

初期キリスト教徒の皮肉のひとつは、イエスその人がユダヤ人であり、ユダヤ教の神を崇拝し、ユダヤの習慣を守り、ユダヤの律法を解釈し、ユダヤ人の弟子をとっていたという事実だ。その弟子たちもまたイエスをユダヤ教のメシアと考えていた。だが、イエスの死後わずか十数年のうちに、彼の信徒たちは、ユダヤ教徒に対立する宗教を造り上げてしまった。
バート・D・アーマン著「捏造された聖書」からの引用だが、私も全く同感である。キリスト教を学ぶと歴史背景が聖書そのものより大きな比重を占めるような気がする。本書の英語題は「イエス誤引用ー聖書を改変した人々とその理由の背景にある物語」で、内容は学術的で聖書学の成果をわかりやすく書いたものである。
イエスは、一世紀パレスチナのユダヤ人であり、死後に信徒たちは、彼をユダヤ教のメシアだと考えた。これに対してユダヤ人は、イエスは一介の遊行説教者であり、軽蔑すべき罪人として磔になったと主張したため対立が生まれた。
パウロ書簡のテサロニケの信徒への手紙(一)で「ユダヤ人たちは、主イエスと預言者たちを殺したばかりでなく、私たちをも激しく迫害し、神に喜ばれることをせず。あらゆる人々に敵対しています。」と手厳しく非難している。
パウロ書簡では、律法遵守など不必要と言っているが、マタイ福音書では律法は重要であるとの主張である。更に、「イエスの死による贖いで人は救われる」というマルコ福音書やパウロ書簡と違い、ルカ福音書では贖いという考えがないなど、新約聖書の主張はかなり幅が広い。
バート・D・アーマ教授のいうように「この二十年ほどの間、歴史上のイエスに関する研究が爆発的に広がった。」このためイエスはラビ、社会革命家、政治的叛乱分子、キニコス派の哲学者、黙示録的な預言者、等々な見解がある。
私は、四世紀のコンスタンティヌス皇帝以前と以後でかなり違うのではないかと思う?
四世紀以前は、イエスの主張に従う底辺の民であったが、以降は、コンスタンティヌス皇帝のキリスト教徒に対する免税や援助により、文化的レベルの高い知識人や経済的な打算でキリスト教に改宗した信者も多い。

少なくとも、イエスはユダヤの律法(旧約聖書)から離れていることを糾弾したことは事実である。イエスの死後わずか十数年のうちに成立した「イエスの知らないキリスト教」は新約聖書からみる限り「反ユダヤ思想」の塊である。そして、コンスタンティヌス皇帝に「ニケーヤ公会議」で正統派と決められたカトリック「アタナシウス派」が現在も典礼中心のキリスト教として存在する。
最近、イエスの研究が進み、外国のプロテスタントや典礼中心のカトリックはともかく日本のプロテスタント教団などは崩壊するのではないかと思う。なぜかといえば、聖書中心主義というが、新約聖書の成り立ちが神の手によるものではなく、担い手の都合で書き換えられてきたことが明らかになってきた。日本の一般的なプロテスタント教団は日本語新共同訳新約聖書のみを断片的に読み「聖書の文言を引用した自己流解釈」で説教する牧師や信者がほとんどである。そして、ユダヤの律法(旧約聖書)から離れていることを糾弾したイエスに共感する底辺の民ではなく「生活の糧が牧師という職業」というイエスとは無縁な人が多い。
ユダヤ教は救われる民が限定されてなければ、キリスト教と同様に「弱者への共感」である。「イエス誤引用」がニューヨーク・タイムズでベストセラーになることを考えると米国人のキリスト教への感心の高さが理解できる。そして同様にキリスト教の倫理観も備えているように思える。菅直人・鳩山由紀夫に最も欠けたものである。

政治家で米国に相手にされない輩を評価するマスゴミが、衆愚政治を進める元凶のような気がする。

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