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2010年10月13日 (水)

トマス批判のヨハネ福音書

ヨハネの福音書には、これまでかと思うくらいトマスを貶める箇所が多い。他の福音記者は、別段トマスを厳しく咎めてはいない。
聖書カルタの中にも「トマスに見せる傷の痕」などと卑しめられている。
1945年にエジプトのナグ・ハマディで見つかった写本群に中にトマスの福音書という、114の文からなるイエスの語録集がある。
トマスの福音書では、ヨハネ福音書のようにイエスを通さずとも信徒に直接聖霊が注がれるという主張である。そして、天国は汝の心の内にあるそうだ。ルカの福音書の中にも似たような記述はある。
科学が発達した現代社会や戦後のイエス研究が進んだ事により、聖書が時代の要請で作成されてきたことがわかってきた。
少なくとも神という存在の有無は別としても、イエスの生涯や聖書が著作された時代の歴史的は背景は明らかになりつつある。
ヨハネ福音記者はトマスの主張を退けるために書かれたという説もあるらしい。そして、ローマ帝国コンスタンティヌス皇帝がニケーア公会議で決めた三位一体のアタナシウス派(カトリック)以外の諸説は禁止とし、そのテキスト・写本を廃止にし焚書とした。
確かに、現代であれば三位一体で天から下るという話より「各人の心の中に天国がある」という主張の方が納得がいく。天の上には宇宙空間が果てしなく広がっている事は現代では誰もが知っている。
仏教にも通ずるところがある哲学的なトマス福音書は神秘的な気がする。
カトリックに連なる不信心な小生としては破門されない程度の批判に留めておく。

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