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2011年5月16日 (月)

東日本大震災から学ぶこと

 若い頃は、生活で精一杯なため聖地旅行など信仰もない連中の道楽だと言っていた。ネット検索すると聖地旅行をした多くの人たちが旅行記としてホームページを作成している。信仰が薄い私の意見は余計なことだろうが、暇だから読んでみると、聖地旅行の前に先ず聖書を読んだほうが良いような人も多い。特に、金のかかるプロテスタント系宗派は、裕福な人が多いため聖地旅行に行った後に旅行記を書くのだろう。
 NHKに「深夜便」というラジオ放送がある。比較的歳を重ねた人が「明日へのことば」という時間に経験談などを語っている番組である。出席者は、NPOとかNGOなど何かしらボランティア活動などで評価された人が多い。私に比べ皆さん立派なのは判るとしても、本人は気づいていないようだが自己顕示欲の塊なのかと思う人も多い。それぞれ信念を持って活動するのだからしょうがないとしても、個人の狭い切り口の教訓や価値観には閉口する。徳が備わってくれば多少の謙虚さがあっていいようなものだが全く見受けられない人もいる。聞いていて恥ずかしくなるため、不信心な私でも宗教の片割をかじっていてよかったと思う。
今朝の「明日へのことば」は、曽野綾子の旦那で三浦朱門であった。曽野綾子(カトリック)や三浦綾子(プロテスタント)の本は何冊か読んでいたが、三浦朱門は「希望の扉を開く:ヨハネ・パウロ2世 曽野綾子共訳」しか読んでいなかった。東日本大震災から学ぶことは、神は不公平であり、「人が公平を叫ぶのは平和な時である」との説は考えさせられた。死を受け入れるという姿勢は、神に対する信仰の証しのような気もする。三浦朱門の肩の力が抜けた誇らない話し口には説得力がありキリスト者として共感するものがあった。仕事柄、海外に行く事はあったが酒を呷っていることが多く、少し足を伸ばせば遺跡や聖地に行けたのに惜しい事をしたと思う。そこで、信仰の薄い私も道楽だとは思うが聖地旅行などして旅行記など書いてみようと考えている。
ところで、NHKは良い番組も多いが、東日本大震災の折に「田中好子」さんが亡くなられた放送時間が長いのではと投稿したところ、「NHKがやっていることに口出し無用だ」との主旨の回答には腹が立った。批判を聞く気がないなら「ご意見欄などつくるな」と言いたい。税と同じNHK受信料を強制的に徴収し、倒産危機もなく公共電波を独占的に占有して成り立っている企業の職員は、新聞記者とは違うことを理解していないらしい。そして、基本的な応酬話法として顧客に物を言う時には、不本意でも「今後の番組の編成にご意見を参考にさせて頂きます。」と付け加えるのは普通であろう。東京電力もこの類の感覚だから被災難民に対する共感もなく老後の生活のため、退職金や年金は削れないと言うのであろう。まだ、市長が公選制の市役所職員の方が遥かに対応がよい。

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