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2011年12月19日 (月)

オスならだれでも情欲をいだいて女を見る

マタイによる福音書(山上の垂訓)の一節に「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」とある。男性がこの掟を守ることは不可能だ。男性といっても動物であるから、女性に情欲を抱くことは生物学的に正常である。マスメディアは連日、痴漢報道をする。なかには、冤罪もたくさんあるようだが、町田痴漢冤罪事件は悪質だ。犯行を認めれば5万円程度の罰金刑で済む。しかし、やってもいない犯行は認められないと主張すると反省の念が無いと決め付け、東京地裁の長谷川憲一裁判長は1年6ヶ月の実刑を下した。先に、村木元局長の冤罪裁判で検察の「でっち上げの手口」が明らかになった。また、足利事件でも刑事(森下昭雄元刑事)・検察(森川大司元検事)・裁判長(池本寿美子)の犯罪紛いの職務遂行で真犯人を時効にし、菅谷さんの人生を台無しにした。更に、飯塚事件では無実の人が死刑になった。彼らは、未来永劫に悪名高き輩として世間から非難されることは忸怩たる思いだろう。
ところで、日本という法治国家では現実の姦淫行為に対して罰が下るが、聖書の掟と違い情欲をいだいて女を見るバーチャルな世界(空想も含めて)まで犯罪として罰しない。多少の分別があれば、痴漢行為など割に合わないことはしない。痴漢をする人も、痴漢をされたと訴える人も精神的な病なのかと思う。疑わしくは罰せずという、本来の視点に立てば多少犯人を取り逃がしても冤罪は減る。倫理観の欠如した自分を基準に判断する司法従事者が冤罪を生む元凶ではないだろうか。

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