1980年代からの中国市場
中国では、1980年代からIBM、DEC、アポロコンピュータ (Apollo Computer Inc 後に.HPに買収され消滅)SUNなどが独自仕様で参入していた。一方、富士通など国産ベンダーは気象システム用にM190(メインフレーム)を中国に輸出したが、ソフト開発は中国技術者であった。オフコンは、上海の華東師範販大学と共同で中文化を推進したが、当時、UNIXの創成期と重なり普及しなかった。金融系コンピュータはIBMなどが早期に参入しているため、印刷データストリームはESC/Pであった。WindowsのGDI印刷が普及するまでは、中文化の作業負担がある高速機は、富士通メインフレームからの外字登録による簡易的な対応しか行わなかった。低速機はHP-PCLの中国仕様のエミュレーションであった。WindowsのGDI印刷が普及後はWindowsサーバのCPU速度が高速化されるにつれ、バッチ処理の高速ページプリンタCFFへ可能になった。中国仕様のWindowsベースのサーバからアプリケーションを走らせてWindowsドライバー印刷する方式が主流となった。そして、現地ディラーと給与明細パッケージなどを添付したシステム商品として販売していた。しかし、富士通香港は従来香港ディラー経由で立ち上げたものを未経験な日本から赴任した経営者が現地SEを多数雇ったため一年で赤字となり解散に至った。富士ゼロックスの場合は、中国大陸のRANK XEROXの商圏を受け継いだ。2003年以降は、富士ゼロックスにIBGという販売事業部ができ、代々駐在してきた米国人に変わり、日本人のマネージメントのもとで稼動した。専門分野が、Publishing(カラー、モノクロDocuTech)であり、コンピューターの専門家でない責任者が米国人の開発者と代替したため、彼らにとって内容的に難しく、商談のクローズに時間を要するCPS関連のビジネスには重きを置かなかった。結果的に、OCE(現在キヤノンの子会社)などの台頭を許し、市場を失う事になった。
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