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2012年10月19日 (金)

我々は神の母胎の一部である

以前から気になっていたことだが、私に係わる人に不幸が多い。私自身が品行方正なら、神のご加護かと思うが、不信心な似非カトリック教徒でしかない。小さい頃からの友人が自殺したり、短命だったり、再起できない事故あったりした。そこまでいかなくても、不和だった同級生が不遇な社会人生活を送ったりしている。サラリーマン時代には、私を批判していた人たちが不思議に不遇になり左遷させられた。酷い例では、私との騒動が中途退職した原因かどうかは知らないが、退職後に詐欺事件を起こし警察に逮捕された人もいた。また、大学の同窓会で得意満面で自慢げに話していた学友が懲戒処分で退職したり、勤務していた会社が倒産の危機に見舞われたりもした。「神は存在するか?」という問いに、正直、神の存在の有無はよく解からない。関連図書を少し読んだ程度だが、キリスト教は後世に作られた宗教だと思う。臨死体験を経験すると神との接点ができるらしい。体験してない私には、そのことを否定することも、証明することも困難だ。ただ、臨死体験されたシスター鈴木秀子氏の神の捕らえ方「我々は神の母胎の一部である」という主張には共感する。神とは、そういう概念のものなのだろう。我々すべてが、時空を超えて、魂というものがあればそれも含めて繋がっている。だから、体内の細胞のように、神の母胎の調和を壊す者には、不幸が訪れ排除されるのかもしれない。神の摂理というものは、「存在する使命が不要になったものは『自らに内在する神の遺伝子』に従い土に返る」のだろう。それにしても、神は、私を取り巻く人たちに、そこまでしなくともいいのにと思うくらい厳しい罰を与えているように感じてしまう。

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