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2013年4月24日 (水)

猫の手も借りたい

Riri11猫の手も借りたい」という故事がある。意味は、「猫の手も借りたいとは、非常に忙しいため、誰でもいいから手伝いが欲しいことのたとえ。」とある。「犬の手も人の手にしたい」とは、「忙しいときに誰でもいいから手伝いがほしいこと。」という意味らしい。両方とも、忙しい様をいうようだ。猫も犬も飼った経験からいうと、若干意味が違うような気がする。猫は、一匹の家飼いで外に出たことがない。生まれてすぐに親から離され、ペットショップのショーケースに入れられていた。父方も母方もチャンピオンを親に持ったという血統書があり、やんごとない身分のロシアンブルーだ。本来なら、小生のような碑民に飼われることはないと思っている。本人も人間としか会ったことがないので自分を猫だと認識していないらしい。何時も偉そうに尻尾をピンと立てて悠然と歩く。用がある時以外は、愛想が悪く口数も少ない。話しかけても、聞こえない振りをし、迷惑そうな顔でこちらを見る。とても、こんな偉い方に頼む気はしないし、手伝ってくれることなどありえない。「猫の手も借りたい」とは、否定的な絶対に在りえないことの喩えだろう。一方、犬のほうはそうでもない。ずいぶん昔に、飼っていた柴犬は、ご飯の時は自分の食器を銜えて持ってきた。だから、どこにあるか探す手間が省けた。こちらが、落ち込んでいる時は、雰囲気から判るらしく癒してくれた。数年前まで飼っていた、ラブラドール・レトリーバは、家の中で飼っていたせいもあってこちらの言うことはだいたい判っていた。言われたことは、忠実に守り決して自分勝手な行動に走らなかった。親がイギリス産だったため体は大きかったが非常に大人しかった。犬の場合は、頼めばそこそこ手伝ってくれそうな気がする。「犬の手も人の手にしたい」とは、手が違うので細かい作業は頼めないが、子守りや留守番など頼める仕事はたくさんありそうだ。そこで、私の屁理屈だが、同じ忙しい様をあらわす故事でも「猫の手も借りたい」>「犬の手も人の手にしたい」という関係ではないだろうか?

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