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2013年5月31日 (金)

凡庸に生きて黄昏期を迎えた自分

Images 逆境からでも、頑張ってきた人を観ると頭が下がる思いだ。日本に来て夜間中学から大学まで卒業したリ・ハナさん(北朝鮮:脱北者)の著書「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」を読む機会があった。リ・ハナさんの生い立ちや日本に来てからの暮らしを綴った手記だ。呉善花さん(現在は拓大教授、帰化して日本国籍)も韓国から来て日本の文化との違いなど記した「スカートの風(チマパラム)」は、韓国文化を知るのに非常に参考になった。そして、日本に来るまでは、ほとんど日本語を知らなかった「芥川賞」作家の楊逸さん(中国籍)の著書、「ワンちゃん」「老処女」「時が滲む朝」なども愉しく読ませてもらった。言葉もわからない日本に来たのは、それぞれ事情があったのだろう。過酷な環境からでも、強く生き抜く彼等と凡庸に生きて黄昏期を迎えた自分を比較すると考えさせられるものがある。晩年、モチベーションもない会社生活に飽きて、早期退職を選択した。それからは、生活の糧を、何かしから得るために自由業となった。仕事の分野は幅広いが、その年年で糧になる業は違う。しかし、勤め人時代に平均的な実入りだったためか、質素倹約に努めれば生活に不安はない。同じ人生でも、こうも違うものかと感謝してしまう。ところで、会社を辞めるまでは、毎日の業務に忙殺されて明日のことしか考えなかった。勤め人を辞め、自分の時間が自由になって初めて、残された時間を見つめる余裕ができた。黄昏期を迎えた大学時代の学友の中にも、どうしても現状を受け入れたくないという人もいる。現実を、直視することを避ける人も多い。最後は、自分ひとりで生き抜かなければならない時期を迎えて、その孤独に向かい合うことに躊躇してるひともいる。OB会の事務局をしていて、昨今の生活に捕らわれて、出席の有無を決めかねている人たちをみると、「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という親鸞の歌を思い浮かべる。

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