親より先に死ぬ以上の親不幸はない
土曜日の朝は、いつものように田舎の母に電話をかけた。一人暮らしをしていたが、今はケア施設に入っている。都会生活になれた息子は、母の介護のために田舎に戻ることなど、頭の中にない。郷里の市役所は、ときどき田舎に戻って生活した人の事例を送ってくれるが興味はない。母同様に、その地域に長く暮すと、住めば都になってしまう。出身地というだけで、雪深い田舎生活など経験したいとは思わない。子供の頃は、母の話を傾聴していた。しかし、この歳になって母を見ると、つくづく「極楽トンボ」に生きてきたと思う。「おのぼりさん」の愚生と違い、母は田舎の裕福なお嬢さん育ちだった。婿取りで舅もいなく、住宅ローンや勤め人の悲哀とも無縁だった。そのためか、人の言うことは聞かずに、思ったことを、上から目線で口に出す。聞いている愚生の方が、はらはらすることが多かった。後ろ盾だった親父が死んでから、ひとは利害関係で動くことを知ったようだ。母には、いろいろ世話になったと感謝はしている。しかし、この歳になってからも、余りに距離を詰めた批評には、辟易することも多い。今朝も、我慢して聞くのも修行と思い、適当にあいづちを入れ、電話機を握り締めていた。そこで、歳をとったものは、次々と死んでいかなければ、世の中は廻らないと説教された。達観した見方は、敬服に値するが、本人に適用することは、考えていないようだ。母とは歳の差が26歳だ。「親より先に死ぬ以上の親不幸はない」と叱責されても、最近は自信がなくなってきた。
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