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2015年2月24日 (火)

富山県民の歌

Tateyama13 還暦を過ぎ、勤め人を辞めると、質素倹約な生活だが、時間だけは十分に持てる。気楽な稼業とはいっても、田舎のお袋を含めて気がかりなことは多々ある。ただ、心配してもしょうがないと割り切ってしまえば、縛られるものはない。人生を振り返ってみれば、高校を出た後は、田舎とは疎遠になってしまった。大学や社会人になった後も、故郷の話題があれば、耳を傾ける程度だ。最近は、北陸新幹線の開業が控えるためか、やたらと北陸地方の話題が多い。そのせいもあって、改めて田舎の特産物など知る機会がある。愚生が住んでいた頃からの物や、観光目的で新たに造られたものも多い。そうこうしながら、記憶を巡らすと県民の歌を思いだす。富山県が1958年に制定したというから、愚生が生まれてから作られた歌だ。小学生時代は、よく耳にした気がする。しかし、歌詞の1番以外は全く思い出せなかった。2番以降は、以下のくだりだ。
二、
かもめ飛ぶ 有磯(ありそ)の海に 新潮(にいしお)の 花咲くところ
平和呼ぶ 祈をこめて 新しき 世紀の文化
相むつみ 相むつみ 共に築かん 共に築かん
ああ われら われら富山 富山県民
三、
豊かなる みのりの山野 川清く 流るるところ
すこやかに 大地をふみて 火と燃ゆる 希望を胸に
手をとりて 手をとりて 共に進まん 共に進まん
ああ われら われら富山 富山県民
歌詞は、富山国体に合わせて公募したというから、いわゆる「国体県民歌」だ。富山市は、終戦前の富山空襲で、全てが焼け野が原になった。この歌詞を見ると、そこから力強く立ち上がってきた当時の時代が忍ばれる。戦前の国粋主義者でも気に入りそうな歌詞が並ぶ。行進曲にも使える代物だ。ただ、愚生の脳裏に焼き付いた故郷の景色は、雪国のどんよりとした低い雲間から、垣間見える立山連峰だ。そこに培われる暗く粘り強い県民性からは、歌は乖離しているように思える。

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