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2015年12月13日 (日)

自分の死後の世界など考えたくない

85singo_shutterstock_192906149 今朝、介護施設にいる愚生の実母と話をした。母は、今年生まれ故郷の介護施設から愚兄の近くに越した。郷里で世話になった人とも疎遠になるので、愚生の方で年賀状をだそうと思い住所を聞いた。しかし、母は、今後関係がなくなるから自分は出していないので、愚生にも出すなと言う。母が生きている間は、連絡がつくので問題はない。死後の連絡を想定して、年賀状を出すと言っても理解してくれない。母にとって、自分の死後の世界など、どうでもいい。自分が縁を切った以上、周りの者にも繋がりなど持ってほしくないようだ。お袋の常識は、世間の非常識だと思ったので、ネット電話帳で検索するとすぐに見つかった。そして、その検索した住所をGoogleマップ上で確認した。ついでに、愚生自身も検索すると、自宅の電話番号や住所も載っている。20年近く前に死んだはずの実父も、義父の個人情報も載っている。掲載許可など与えたことはないのに、かってに登録されていた。すぐさま、個人情報保護のため、転居したと偽って全ての情報を登録廃止した。ところで、学友とは、今になっても連絡がつき、OB会の招集が可能だ。それは、長年の年賀状の付き合いから相手との縁が切れていなかったからだ。40年以上も途切れなかったことは、不思議でもあるが、お互いにいつか再会しようという意思があったのだろう。話しを戻すが、お袋のように自分の死後の世界など考えたくないのが一般的だろう。そういう愚生も、自分の行きつけの病院に支払うお金は惜しくない。老人など「生きていて、なんぼのもん」と思っても、自身のこととなると別腹だ。

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