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2016年8月

2016年8月31日 (水)

日本が一番だとつくづく思った

Cbk 今日の東京は、晴天の予報だ。昨日まで、台風の影響で雨が降り続いた。あまり降ると、心まで湿っぽくなる。9月中に北海道旅行をする予定だが天候が心配だ。北海道は、初めてではない。しかし、網走や北見に行った時は商用だったせいか、アルコ-ル漬けで記憶があいまいだ。勤め人時代は、商用でいろんな場所に行った。あの時、もうし少し旅行気分で足を延ばせばよかったと後悔する。明石市や姫路市などにも、何回も行った。新地も大阪南、神戸中華街も行ったが、淡路島には行ったことがない。明石の桟橋から船ですぐに行る距離だ。何時でも、行けると思っていて行きそびれてしまった。ところで、若い頃は、海外出張が楽しみだった。北米にも、率先して数か月も長期出張した。妻や子がいる身だったが、勝手なことばかりしていた。ただ、長く滞在すると旅行者気分が消え、人種差別問題や米国人の尺度などを肌で感じるようになる。サンノゼのプロテスタント教会は、日系米国人が集うマイノリティの集会所だ。愚生も日本でプロテスタントの洗礼を受けていたことで、日曜日にはその教会に行くことが多かった。語学は出来なかったが、日系人という絆が癒しになった。サンノゼの日系人は中流層が多いせいか、米国社会でも比較的受け入れられていたようだ。一世や二世は、日本語ができる人は多い。しかし、三世になると、日本人の顔をした完全な米国人だ。日本語や日本文化も知らずに、日系人のアイデンティティをどう保つのだろうかと思った。そして、自分には帰る場所がある。やはり、日本が一番だと思った。そう感じるようになると、北米へ出張は出来るだけ差し控えるようになった。自分はアジア人だと思ったことからだろうか、1980年代後半からはほとんどアジアにしか行かなくなった。

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2016年8月30日 (火)

就職が決まった時は、素直に喜んだ。

Tpc15072118020003m1 明日は、夏休み最後の日だ。愚生が通った、小・中・高・大学とすべて夏休み明けの始まりは9月1日だった。そういうわけか、8月の末日は重苦しい気分だった。盆明けくらいから、夏休みの残り日を指折り数えることが多かった。ただ、大学時代は遊学していたせいもあって、田舎に数日帰る程度だった。そして、休み明けに試験があるわけでもなかった。そのせいもあって、夏休みの終わりといっても悲しい気分はなかった。しかし、大学4年時は、青田狩りが禁止されていたせいもあって、夏休み明けからが就職試験の本番だった。当時は、オイルショック後の就職氷河期だった。田舎の企業など、採用どころかほとんどが、倒産と向かい合わせだった。心細い気持ちで、就職活動をしていたことを思い出す。F社に就職が決まった時は、素直に喜んだ。そして、やっと卒業論文に取り掛かった。就職前までは、卒論など手につかず専門学科の復習や英字新聞を読みふけっていた。自主的にあれだけ勉強に没頭したのは、中学三年生以来のことだった。大学受験と違い、親元を離れた愚生には、これからの生活がかかっていた。キャリアを持たない新採で受からなければ、中途採用の道しかない。今は知らないが、大学院に進学するか専攻生で残るしかなかった。新採枠のスタートダッシュで躓くことのデメリットは大きい。今思い返しても、人生の大きな岐路だった。大学4年時は、付き合っていた彼女とも決別した。今ごろ、どうしているかと気にはなる。

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2016年8月29日 (月)

最後に笑う者が最もよく笑う

Imgres 人は、そのときどきで考え方が変わる。当たり前のようだが、自分の人生を振り返れば、言い当てている。価値観というか、その場の環境といったほうが良いのかもしれない。学生時代は、漠然とした将来への不安があった。愚生も受験勉強というものを一応してきた。大学からは、親元を離れて地縁も血縁もなかった。頼ることもできなかったが、干渉がないことで、自己責任で自由奔放に過ごした。ただ、田舎に戻ることは、全く考えていなかったため、親を当てにせず自立していたような気がする。将来への不安からか、学生の本分は勉強だと思い学業に手を抜いたことはなかった。鶏口牛後とは、よくいったものだ。受験で体力を消耗した多くの不真面目な学生がいたため、学業は苦痛ではなくそこそこの成績だった。大学時代は、就職試験のことがいつも頭から離れなかった。卒業して、その土地を離れる時に、就職に失敗した友人の寂しそうな顔が目に浮かぶ。本分を忘れた結果だと思った。就職した会社は泣く子も黙るF社と悪評がたっていた。給料は悪くなかったが、厳しい競争の中で将来への不安は消えなかった。無我夢中で働いて、管理職試験に合格して初めて多少の安堵を覚えた。入社した時には、課長職までいけるとは思わなかったためだ。その後は、運も手伝って日当たりのよい時が多かった。今から振り返って、勤め人時代は最高だったとは思わない。しかし、愚生の力量からすれば、十分満足する結果だった。この比較はよくないが、入社時には期待されながら、結果の伴わなかった同期の姿を見るせいかもしれない。諺にも、最後に笑う者が最もよく笑うとある。大学受験や入社試験、管理職試験、事業投資への決断と後になればなるほど重要になる。そして最後は、自分の美学を人生で通せるかだ。一番最後で、辛い思いをすれば、すべてが水の泡だ。欲得で会社にしがみついて、哀れな晩年を経験した人も見てきた。勤め人時代は、好き勝手に暴れまくった割には、楽しい思い出が多い。余生はまだあるが、これからは高い目標がない分、深い失望もない。

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2016年8月28日 (日)

韓国の溺れる犬は棒で叩けという諺

4df0fa47d52fd457d491a92ee9ed846c 韓国との通貨交換協定を再開することで合意したという。英国のEU離脱や中国経済からの締め出しで韓国がメンツを捨て、日本に頼み込んできた。もとはといえば、前鼠(李明博)大統領の竹島上陸を機に関係が悪化した。韓国側が必要ないと言った経緯で破棄された条約だ。一番大きな理由は、蝙蝠外交で中韓関係が悪化したことだろう。韓国には「溺れる犬は棒で叩け」という諺がある。溺れた犬に手をさしのべて、川に引きずり込まれるという事態を避けよという意味だ。たとえば、小さな借金を頼まれた場合、その人にとことん尽くすつもりがなければきっちり断ることだ。朴槿恵は、今まで口先外交で散々日本を誹謗中傷してきたことを忘れてしまったかのようだ。支那に脅されて、初めて支那の本性を知ったのだろう。朴槿恵のおびえ顔が目に浮かぶ。日本政府は、日本にとっても韓国の口封じには都合がいいと思っているのだろうか?「判官ひいき」や「和を以て貴しとなす」を国是とする日本は、南朝鮮の頼みを聞いてやったのだろう。嫌韓は、日本や支那だけではない。米国は韓国製の冷延鋼板や家庭向け洗濯機に対し、反ダンピングの高率関税などを課すことを決めた。米中関係悪化に絡んで韓国が板挟みに合っていることが背景だ。これに対し、自国の外交政策を未熟となじる韓国の新聞社や、ブログ上には米国に後頭部を殴られたなどの過剰反応が起きている。韓国経済新聞の記事には、米共和党大統領候補のトランプ氏が米韓FTAによって米国人労働者の失業が増えたなどと批判する。しかし、トランプ氏が韓国の倍の貿易黒字を出している日本には言及もせず、韓国だけをたたき続ける。これは、朴槿恵の未熟な経済外交の端的な事例だと政府批判に及んでいる。どうも、嫌韓は世界の時流のようだ。米国における嫌韓は、昨年後半からブームともいえる状況だという。「韓国の安保ただ乗り論」「犬肉を食べる朝鮮民族の本性」と韓国たたきが続く。韓国経済といえば、今年初めまでウォン安ドル高が続いたこともあり、米国内の自動車や鉄鋼などの製造業は大打撃を受けている。さらに、米国はWTOの韓国人上級委員の再任まで拒否した。今回、日本は韓国との通貨交換協定を認めたが、朝鮮とは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という文化だ。安倍政権は、恩を仇で返されることを十分政府は認識して対応すべきだ。

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2016年8月27日 (土)

お金は使うものだとつくづく思う

5513916 昨日は、佐久平(長野県)の介護施設にいる母の見舞いに行った。耳が遠くなったせいで電話で話すと、つまらないことで齟齬が大きくなる。お嬢さん育ちの母は、一度感情が崩れると愚生に罵詈雑言を浴びせる。小さい頃から母の性格はよく知っているが、それでもがっかりさせられる。今までの母への配慮はいったい何だったのだろうかと。やはり、顔を合わせて話す方が意思がよく通る。これからは、電話ではなく面会と葉書きを出すことにした。古い写真を、はがきに焼き付けて送れば喜ぶだろう。東京から佐久平へは、多少金はかかるが北陸新幹線を使えばわりと近い。あと何度会えるかわからないが、できるだけ行こうと思う。母に逆らって「子思う心に勝る子心」と憎まれ口を吐いた昔が懐かしい。この歳になって、何が一番大切なものかがよくわかるようになってきた。余生が見えてくると、お金は貯めるものではなく、使うものだとつくづく思う。

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2016年8月26日 (金)

愚生は、増税になるから絶対に反対

0101 財務省は2017年度の税制改正で、ビール系の飲料にかかる酒税の見直しを検討する。350ミリリットル当たりの税額を数年かけて55円に統一する案が軸だという。発泡酒と第三のビールを増税する一方、正規のビールは減税する。税額の差をなくして公平な競争環境を整えるという狙いだ。しかし、第三のビールなどを飲む階層は、ビールより廉価だから飲む消費者だ。これを増税すれば、第三のビールを飲む人はいなくなる。消費者が使うお金の総額は決まっている。税の税収は約1.3兆円で、財務省は今の税収を総額で変えないというなら、ほっておいて欲しいものだ。流通コストは同じだろうから、製造コストが変わらないなら、発泡酒や第三のビールはなくなる。安い酒でのどを潤していた愚生は、増税になるから絶対に反対だ。これまで、メーカーは税額の低い第三のビールなどの開発に力を注いできたことが全く無駄になる。税負担を公平にして、ビール系飲料市場の健全な商品開発競争を促すというが、それなら税率を8%にしろと言いたい。財務省は、飲む量は変わらないと踏んで、増税になると考えているようだが、価格が上がればアルコール離れが進み減収になるかもしれない。公務員という連中は、何の努力もしないくせに、いちゃもんを付けてばかりいる。

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2016年8月25日 (木)

岡田氏と蓮舫を比べれば月と鼈

D0249399_20444350_2 日本外国特派員協会での記者会見で、蓮舫は民進党の岡田克也代表について、「私は岡田代表と1年半一緒にいて、本当につまらない男だと思った」と言い放ったことが話題になっている。愚生ごときが言うのならインパクトはないが、民進党代表代行の蓮舫の発言となればどうかと思う。彼女は続けて「人間はユニークが大事だ。私にはそれがある」と言っているから、岡田氏には独自性がないという意味だ。元々、蓮舫という人物は、他人の批判を舌鋒鋭くする。それも論理性がなく軽薄のそしりを免れないような一貫性のない表現でだ。頭の軽い尻軽女としか思えない。鳩山由紀夫とも通じるものはあるが、育ちがいいせいか鳩山は蓮舫ほど失礼な言い方はしない。岡田代表は、蓮舫を支持しているというが、こんな言われ方をすれば不愉快だろう。蓮舫は、先の東京地方区の参議院選挙で100万票も得たことで、増長している。つくづく、民進党に人材はいないと思う。いずれはなくなる党だろうから、代表は軽いほうが良い。愚生のような反民進党の者には、蓮舫はけっこうな人物だと思う。蓮舫が党の顔になれば、軽薄短小な民進党にぴったりだ。自分の方が優秀だと言いたいのだろうが、軽率な岡田批判は同僚からも眉を顰められるだろう。愚生のような者にも、政治家として岡田氏と蓮舫を比べれば月と鼈ほどの違いがあることはわかる。蓮舫には、日本より支那の雰囲気がむいている。

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2016年8月24日 (水)

親父には改めて感謝したい

Ftn 来月旅行に行く予定なので、久しぶりにカメラを手にした。愚生のカメラ・ソニーα7は、デジタル一眼カメラだが35ミリフルサイズの撮像素子が搭載されている。高校時代に写真部だったせいで、小さい頃から機器だけは分不相応な一眼レフを持っていた。買ってくれた親父には改めて感謝したい。望遠レンズや広角レンズも揃え、暇に任せて写真を撮りまくった。今から思うと、ずいぶん贅沢をさせてくれたと思う。愚生が自分の子供にしたことの真逆だ。今でも一眼レフの感覚を覚えているため、撮像素子が35ミリフルサイズ搭載のカメラは使いやすい。焦点距離だけで、画面の雰囲気が感覚でわかる。偉そうなこと言っているが、実際には大した写真を撮ったことはない。欲しくて買ったカールツァイスの16ミリ~35ミリ広角ズームも少し飽きてきた。旅行には、やはり単焦点レンズのカールツァイス35ミリ単焦点レンズが軽くていい。デジタル一眼カメラも、ニコン⇒ソニー⇒富士フィルムと気に入らなくて、何度も買ってすぐに売却した。何度も買い替えたため、今は不満もなくなった。素人でたいした写真を撮らなくても、機器だけは良いものを欲しがる。川べりや公園で、一本百万円もするような望遠レンズを覗いている人がいる。新聞記者でもない彼らの被写体は、川鵜だったりする。自己満足でレンズは買ったものの、使い道がないのだろう。彼らの傍を通る時に、馬鹿な連中だと思いながら優越感に浸る。しかし、そういう愚生も、他人から同様な目で見られているのだろう。

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2016年8月23日 (火)

暇を持て余すなど、

Maxresdefault 今日は、台風明けの晴だ。予報では、雨とあったので得をした気がする。散歩がてらに床屋でも行こうかと思う。床屋では、整髪・髪染め・洗髪・洗顔・顔そり・鼻毛・耳垢・肩もみなどもしてくれる。愚生の行きつけは,QBだから床屋と言うよりカット屋だ。ここ十数年、床屋に行ったことはない。ネットで価格を調べると、旧協定価格の総合調髪で3,800円の店が多いという。QBの1,080円とずいぶんの違いだ。これだけ値段が違えば、愚生の住むM市から床屋が減った理由がわかる。愚生のように、髪を染めなければ、カット屋で十分だ。日常、肩もみ以外は自分でやっていることだ。そう思って、鏡をのぞいてみたが、髪はあまり伸びていない。老齢化で、髪も伸びないようだ。この状態で、QBに行っても店員が困るだろう。散歩がてらに行くにも、伸びてなければ髪きりもできない。暇を持て余すなど、激安店の薄給でレジに立つおばさん達に申しわけない。拙い文章を書いていると、秀丸エディタがハングしてしまった。理由がわからないので、とりあえず秀丸著者の斉藤さんのHPから最新版のファイルをインストールした。ところで、数日前から写真アルバムを整理していた。新たに見つかった友人の結婚式写真を、スキャナーで読み取ってサーバーにアップしたところ懐かしいという返事が返って来た。本人も知らない写真だったらしい。写真を見ながら、その当時に戻ったことを空想する。別の畳に替えることを想像してみても、歳のせいか考えるだけで煩わしい。そう思うと、何度も再婚する人を見ると、その気力に頭が下がる思いだ。

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2016年8月22日 (月)

作新学院で一番印象に残っていること

G20160328012296900_view 昨日は、作新学院の優勝で終わった。高校野球夏の大会で、54年ぶりの優勝というからすいぶん昔だ。昭和20年代生まれの愚生は、もちろん知っている。しかし、当時はラジオ放送だったような気がする。高校野球をテレビで完全中継するようになったのは、平成になってからだろうか。少なくとも、愚生が小さい時は、ラジオで放送を聞いての応援だった。作新学院で一番印象に残っていることは、江川卓という投手だ。剛腕だったことも一因だが、それゆえに野球界を揺らした。江川の親父は、慶応大学に行かせるといっていたが受験で落ちた。当時の私立大学など、今のAO入試と同様でスポーツ推薦枠で落ちることはない。その後、プロ野球に入団する際も巨人としめし合わせて「江川の空白の一日」と呼ばれるドラフト会議ルール違反を犯した。結局、世間を騒がした後、阪神入団後に巨人の小林投手とトレードで、念願の巨人に入団した。この事件は、取り巻きの政治家を含めて日本プロ野球史の汚点となった。当時、「エガワル」という流行語まで登場した。大学入試については、江川投手自身が悪いとは思わない。しかし、二十歳を過ぎたプロ野球入団に関しては、ドラフト会議を否定した彼の行動は責められる。分別と良識を持った人物なら、このような行動は取らなかったろう。巨人を引退後、江川は不動産バブルの崩壊で大きな借金を抱えた。これは、貪欲に自己実現を図る江川の生きざまが象徴される。誰も江川に同情などしない。自業自得だと突き放すだろう。ところで、今回の作新学院の活躍は、小針監督に負うところが多い。決して、失楽園の船田元や畑恵ではない。

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2016年8月21日 (日)

他人のこととなると厳しい目で見る

Tumblr_inline_ny7caben991skjhzr_250 古いアルバム整理をして、追加で新しいアルバムを注文した。相当の冊数になってしまった。ここ10年くらい撮った写真はファイル管理しているから場所をとらない。OB会の写真集も、インターネット上のサーバーで編集しているため、場所を取らない。アクセスもどこからでも可能だ。便利になったものだと思う。愚生のアルバム整理で見つかった旧友の集まりや結婚式の写真もスキャナーで読み取って公開(ID パスワード要)した。友人からは、忘れてしまっていたことを思い出したと返事が来た。一枚の写真から、多くのことが連想して蘇る。義母が介護施設から自宅に帰ると、時間があればいつも古いアルバムを見て過去の思い出に浸っている。愚生もいずれは、そういう時が来るのだろう。拙いOB会のHPだが、友人からの感謝の声が多少でもあればやる気が出る。歳を重ねても、自己の過失を認めずに、自己主張と他者批判だけは立派な人がいる。以前は不快だった。だが、最近は社会不適合症や脳の縮退からくるものだと思えば、腹は立たなくなった。親しい友人がいないという人は、性格の一部がどこか曲がっているのだろう。それが酷くなると、病気と称しているのだ。どうしても、他人のこととなると厳しい目で見てしまう。マタイ7章の「何ゆゑ兄弟の目にある塵を見て、おのが目にある梁木を認めぬか。」「視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。」という聖句を思い出してしまう。

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2016年8月20日 (土)

大学時代の友人と肩を寄せ合って集まった

Img_20160820_00131 昨日から、写真帳を整理している。最近、デジカメやスマホで撮った写真はファイルで補完している。しかし、15年前くらい前のカメラは、アナログだったため、ほとんどはサービス判の印画紙に焼かれている。DPE(Development - Printing - Enlargement:現像・焼き付け・引き伸ばし)という単語も懐かしい。最近の若者は知らない単語だろう。夏川リミの歌ではないが、古いアルバムの写真を眺めると、自分の人生の足跡を辿れる。田舎を飛び出し、大学から一人暮らしになった愚生は、一から人間関係を作らなければならなかった。過去のしがらみを離れて、嬉しい反面、友人ができるまで寂しいことも多かった。社会に出てからも、都会では知り合いも少なく、大学時代の友人と肩を寄せ合って集まっていた。「同類相哀れむ」という故事が適当かどうか知らないが、緊張と寂しさの中での集まりだった気がする。しかし、数年を経ると、しだいに私事に忙殺されて集まりが減った。長くても、卒業後10年程度だったような気がする。その後、年賀状のやり取りはした。しかし、早期退職や定年退職するまで集うきっかけはなかった。職場を離れて、利害関係がなくなると、仕事で縁のあった人との交わりはなくなる。どうしても、人生の旅立ちだった大学時代の友人との集まりが多い。40年前の集いのアルバムを見ると、カミさんの写真もある。写真を見てつくづく、女房と畳は新しい方が良いと思った。

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2016年8月19日 (金)

女子レスリングを牽引してきたことで十二分な活躍

96958a9e93819695e3eb9ae2e38de3ebe2e レスリング女子53キロ級の吉田沙保里選手は、米国選手に敗れ銀メダルだった。日本のほとんどの人は、吉田さんの金メダルを確信していたのに残念な結果だった。本人も悔しいのだろう。表彰式まで泣きっぱなしだった。愚生など、気の毒で見ていられなかった。銀メダルも立派な成績だ。しかし、6階級中4選手が金メダルという圧倒的な強さの輪に加われなかったことも涙の一因かもしれない。吉田さんは、「日本選手の主将として、金メダルを取らなければいけないところ、ごめんなさい」との弁だった。重責を担って、日本女子レスリングを牽引しきたことで十二分な活躍だったと思う。それに引き換え、愚生の今日の日課は、カミさんを歯医者に連れて行くことだ。どうも、医者に行くのが日々の仕事になってしまったようだ。勤め人をしていたころは、社内では法治国家のある程度の常識がまかり通った。しかし、身内の話しとなると、社会適応障害かと思う親戚に小学生程度の内容の会話に付き合わされる。ただ、本人は常識人だと思っているらしく、他人の批判は厳しい。告知義務など全く頭にない。自分の過失を認めずに、幼稚な論理で自分の正当性を主張する。呆れたので、こんな話をするなら弁護士を通してやりましょうというと、やっと話が止まった。さすがに、そこまでして白黒をつける気はないようだ。相手を言い負かせれば、自分の主張が通るとでも思っていたのだろう。愚生もやくざな会社に勤務していたため、少し事務的にやり過ぎたようだ。カミさんは、このことでまた陰口を叩かれるという。しかし、「人の口に戸は立てられぬ」というから、ほっておくしかない。F社で勤め人を長くしていたおかげだろうか、馬耳東風の心得はできている。

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2016年8月18日 (木)

愚生の老後など賞味期限切れの食料品

Rio16081810340088p1 今日は、女子レスリングで3個の金メダルだ。決勝戦はすべて終了間際での逆転勝ちだった。選手たちの精神力の強さに感銘させられた。明日も3階級の試合がある。もう少し金メダルが取れそうだ。女子レスリングは、選手たちには気の毒だが、国民は金でなければ満足ができないという感じになった。何の努力もしない愚生が、このようなことを言うのは無礼千万なことは承知している。しかし、この驚異的強さには、ほんとうに驚かされる。彼女たちが与えてくれる感動で、溜飲が下がる思いだ。その一方で、愚生といえば女子レスリングの対極だ。生産性もない老夫婦は、今日も病院通いだ。そして、健保を使って国に散財させている。その他、何があったかと昨日を思い浮かべれば、めったに会わない親戚からの電話だ。妻によれば、愚生のものだった古い品を勝手に処分してしまったことの弁明だという。当人曰く、自分は嘘をついたことはない。みんなから、馬鹿正直だと言われるくらい嘘をつかない人物だ。だから、弁明を信用して欲しいという話だ。彼女は、愚生といくつも違わない専業主婦だったはずだ。いくらなんでも、こんなに長い間、嘘を一度もついていないなど信じがたい。まず、今の話し自体が嘘ではないか。妻には、彼女のいう馬鹿正直は、事実のような気はする。ただし、みんなの言外には、すぐにばれてしまうような下手な嘘をつくから、馬鹿○○だと言われるのだろう。今回の弁明も、どうせ嘘だろう。しかし、処分した物が戻ってくることはないだろうから、ほっておくしかない。日々を振り返ると、愚生の老後など、賞味期限切れの食料品と同じだとつくづく思ってしまう。

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2016年8月17日 (水)

障害者のリハビリテーションは非障害者のリハビリテーション

C97b272fe52a8c3ce0261db1c3d4ef468e4 銀座線青山一丁目駅で、視覚障害者がホームから転落し、電車にはねられ死亡した。視覚障害者は盲導犬に先導され、ホーム上の柱をよけるように線路側に近づき、ホームから足を踏み外した。同駅のホームの幅は約3メートルあるが、複数立つ柱からホームの端までは約1.2メートルしかない。事故直前に、駅係員は白線の内側に下がるようマイクで注意したが、視覚障害者はホームから足を踏み外して線路に転落したという。愚生も銀座線を使うこともあるが、古い路線のせいもあってホームの幅は狭い。視覚健常者であっても、ホームからの転落不安はある。今回の事件で、盲導犬を責めるわけにはいかない。キリスト教の聖書には、無数の障害者が登場する。その聖書に登場する中には視力障害者もいる。当時は、昔の日本同様に障害は「たたり」や「罪の結果」だと信じられていた。そのため、イエスに批判的なパリサイ人は、視覚障害者を癒して開眼させたこと否定的だった。パリサイ人らはイエスに「私たちも盲目なのですか」と尋ねた。「もし盲目であったなら、罪はない。しかし目が見えると言い張るところに、罪があるのだ」とイエスは答えた。この箇所は、イエスが救い主だということを拒否した罪を指摘したものだ。この視点から「障害者のリハビリテーションは非障害者のリハビリテーションだ」という神学者もいる。今までは障害のある人が問題だと考えている。それが、そういう人たちを迎え入れようとしなかった社会にも大きな問題があることを気づかせる。ノーマライゼーションであり、バリアフリーの潮流はこの考えに沿っている。「目の見えなかった者が見えるようになり、見えると自称する者が見えなくなる」というイエスは、この逆転の中に神の救いと裁きを見ている。今回の事故は、視覚障害のない者が事故を予見できなかったことが問題だ。駅係員は白線の内側に下がるように、白線が見えない視覚障害者にマイクで注意するだけでよかったのか。そもそも、事故が起きそうなホームの改修を進めないで運用することも問題だ。それができないなら、駅係員が構内で視覚者を誘導していればこのような事故は起きなかった。東京メトロ経営者も行政指導する政府も、よく目が見えていない。

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2016年8月16日 (火)

戦争反対を唱えが戦地で戦った人は少ない。

02aad882c5fc60281165e0c4e241ce6e 今日は、送り盆。愚生が育った北陸は、浄土真宗の信者が多い。先祖が帰ってくるのに道が暗いと困るので、松明大きく振り回し明かりを持って迎える。一方、お盆の後にあの世に戻って行く先祖の霊も同様にして送る。「御招霊(おしょうらい)の爺、御招霊の婆」という掛け声をかけて、松明を振り回す。あの世から三途の川を渡ってこの世に帰ってくる道案内や目印なのだろうか。勿論、松明の飛び火の用心から、川べりで振り回した。しかし、愚生が中学生になるころ(50年くらい前)には下火になり、迎え火しか行わなくなった。愚生の家など、墓参りもお盆の前だけしか行かなかった。両親の信仰心が薄いことと、比較的新しい考え方だったことも原因したようだ。愚生の母は、軍事教練の竹やり訓練など、腹の中では馬鹿々々しいと思ったという。そして、あれだけ多くの戦死者が出たのに、昭和天皇が存命なのも納得はいかない。陸軍大将の東條英樹が自殺未遂で失敗するなど話にならないと厳しく批判する。戦前なら、不敬罪に問われるだろう。しかし、愚生も母の意見には全く賛成だ。愚生の父も、旅順の専門学校を出てから支那大陸から台湾・沖縄と転戦した。中国語や満洲語を話せるため、軍隊では重宝されたらしい。ただ、親父は余程支那で悪いことでもしてきたのか、戦争の話しは一切したことがなかった。最近、戦争反対を唱える戦争体験者は多い。しかし、内地で逃げ回っていただけで、戦地で戦った人は少ない。当時、戦争を煽ったマスメディア連中や政治家などは、身の安全を考えて内地に留まっていたのだろう。歴史は、勝利者が作ると言われる。勝てない戦争を遂行した当時の責任者やマスメディアの罪は重い。

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2016年8月15日 (月)

「古いアルバムめくり・・・」という歌詞を実感する

313jhm9pjvl 記憶とは、面白いものだ。古くなった記念の品を見ると、面白いように当時の記憶が蘇る。「涙そうそう」の「古いアルバムめくり・・・」という歌詞をしみじみと実感する。若い時は、古いアルバムや記念品がそれほど大切だとは思わなかった。しかし、老後になってそれぞれの品が人生を振り返る先導役となって癒しを与えてくれる。愚生は、整理整頓が好きなわけではない。不要なものを思い切って捨てる癖もある。一方、他人にはどうでもよいと思われるものを大切にしまっている。例えば、愚生が開発した機器のカタログ、大学時代の生徒手帳、寄せ書き、講演会の資料、駅弁の表紙・・・・などなどだ。当時は、それほど深く考えずに保存していた。大学時代のクラブの写真などは、友人も閲覧できるようにと、サーバー上にプロテクトを施して公開している。中には自分の古い写真を送ってきて、追加して欲しいという友人もいる。若い時は、生きることしか考えずに、過去を振り返ることは少なかった。特に、辛い思い出はなおさらだった。今峠を越えて、残り少なくなった人生と向かい合わせになって、過去の思いでは価値を増す。そう思うと、古くなったアルバムをもう一度整理しようと思う。座ったまま、過去の時空を飛び回るのには都合がいい。

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2016年8月14日 (日)

まだまだ天寿は遠い気がする。

Rimg0110_r 親子とは、不思議なものだ。お袋は、愚生に何を言ってもいいと思うから、傍若無人な愚兄をかばう。兄弟の仲裁をするのは、母親の務めだと思っている。戦前教育を受けた母と、今の権利について議論など無理だ。感情的・情緒的な言い方で反発する。そして、これまでお袋のためにと思ってやった行為まで全て否定する。母が兄に理不尽に扱われていることから、兄弟関係が悪化したとは思っていないようだ。振り返れば、兄はお袋に対して積年の恨みがあるようだ。次男に生まれた愚生は、跡取りではないということで、何の干渉もなく生きてきた。一方、長男という跡取りは、親の干渉をことごとく受けた。そして、自身の意見をはっきり親父に伝える勇気がなかったため、我慢することが多かったようだ。その屈折した考えは、愚生の常識ではとらえられない。お袋も兄も狭量な性格のため、ぶつかると大喧嘩になる。いずれにせよ、この先いくらもない母に苦情など言いたくない。しかし、一言の断りもなく、お袋や愚生の物を処分したことへクレームを付けると、「お前は金銭に汚い奴だ」と非難する。お袋のいつもの応酬話法は、相手をとことん貶めることで黙らすやり方だ。それは、愚生が母から暴言を受けても、長く根に持ったりしないことを知っているからだ。今回もいつもと同じだ。しかし、母にはいい加減に、少し大人になってもらいたいと思う。「三つ子の魂百まで」というから、90歳の母には未だ10年早い。10年待っても変わってくれるとは思えない。ただ、ああやって暴言を吐く元気があるうちは、まだまだ天寿は遠い気がする。

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2016年8月13日 (土)

自分には読み取れなかった書き手の心境だ

Ess 今日は、長野の介護施設にいるお袋に、家族ぐるみで会いに行った。帰省と重なる為、渋滞に巻き込まれるかと思ったが意外に早く行ってくることができた。そこで聞いた話では、実家の跡地に三階建ての集合住宅が建つという。愚兄はお袋に、一切内容を言わずに事を進めているとのことだった。実家の生前贈与を受けた愚兄は、土地を売却したのか活用するのかはしらない。愚生にとっては、全く関係のない話だ。しかし、実家を壊すにあたって愚生の記念品はさすがに捨てられなかったようだ。そこで、近所に住むお袋の介護施設に持ってきたという。お袋の依頼は、部室が狭くなったから、早く愚生に持っていって欲しいとのことだった。引き取った中には、小・中・高校の卒業記念アルバや大学時代の寄せ書き、絵画、達磨さんなどがあった。ほこりを払いながら、成人になった20歳と卒業時に貰ったクラブの友人の寄せ書きを読んだ。彼らの寄せ書きから思ったことは、当時の自分には読み取れなかった書き手の心境だ。書いた彼ら自身だって、今突きつけられれば、驕りや幼さが恥ずかしくて、消してくれと熱望するかもしれない。それはともかく、愚生が今まで抱いていた彼らへの漠然とした印象と、彼らの愚生に対する思いのずれが読み取れた。今ごろ、そんなものが判ったといっても遅いだろう。ただ、自分に好意を寄せてくれていた人物は好印象となる。それに引き換え、暗黙の内に愚生を傷つけようとした悪意の伏線を読み取って興ざめしてしまった人物もいる。今、どうしているかは知らない。しかし、そのような思い上がりは、自己の思いと現実のギャップの齟齬を生むだろう。冷たい世間の中で、悩んでいないか心配になる。

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2016年8月12日 (金)

人の価値観など、普遍的ではない

Hig16081205030007p10 愚生は、テレビでスポーツ観戦をしても、最後まで目を離さずにいることは少ない。そういういい加減な性格だが、昨日の富山第一vs中越(新潟)戦は、最初から最後まで見た。投手戦なのか貧打線なのか、判断しようがない試合だが、とにかく点数が入らなかった。愚生は、郷里の富山代表を応援していたため、ノーヒットノーランの負けでは選手が可哀想だと思いながら観戦した。中越の今村投手は、1メートル65という小柄な左腕だったが、富山第一を内野ゴロで打ち取り、よく抑えていた。富山第一を相手に九回一死まで無安打に抑えたが、最後に連打を浴びて0-1でサヨナラ負けをした。試合後に今村投手が泣きじゃくる姿を見て、対戦相手校だが気の毒だった。勝負の世界だから、どちらかが負けるのは常だ。今村投手が、いくら一人で頑張っていても、打線の沈黙と拙攻では勝てない。富山第一にも同様にいえることだったが、地区予選と違い好投手との対戦では貧打だという印象だ。愚生は、小さい頃に地区の少年野球に参加していた。そのせいか、高校野球の県代表校をいつも熱心に応援した。子供のころなど、ラジオ放送を聞きながら、一球一球に力を込めて応援した。悲しいかな愚生の田舎は、雪国で進学熱が盛んな地域だった。そのせいか、運動選手を低く見る傾向があり、あまりスポーツは盛んではなかった。愚生も地域の少年野球大会出場のため、練習で遅く帰ることが多かった。しかし、戦前教育のお袋は、愚生が家を継がない次男ということもあって小言はいわなかった。ただ、そんなに遊んでばかりいると、将来はろくな者にはならないと言われた。愚生もそう思っていたため、小さい頃はほんとうに自由きままに生きていた。今では価値観も変わり、高給をとるプロスポーツ選手は、青白きインテリーより、リスペクトされる時代になった。高等教育が進み過ぎたせいで、学位に価値がなくなったことも一因だろう。人の価値観など、普遍的ではないとつくづく考えさせられる。ならば、自分の価値観を子供に押し付けるなど、以ての外だ。

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2016年8月11日 (木)

これで、日本の政治は良いのだろうか?

Nigata3 今日は、山の日。海の日は、知っていたが聞いたことがなかった。今年から出来たというから納得した。勤め人を辞めたせいで、朝の時間や曜日に気をとめる感覚がなくなった。せいぜい気にするのは、東証市場が開いているかくらいだ。今年は、高校野球とオリンピックが重なったため暇を持て余すことはない。プロ野球やJリーグの愚生ひいきチームの勝敗などもどうでもよくなる。今日のイベントは、愚生の住む西東京代表校を応援することではない。生まれ故郷の代表校の応援だ。相手は、北信越大会でおなじみの新潟県代表校だ。愚生が高校の頃は、新潟県勢に富山の壁と言われたくらい、富山県勢が多く甲子園に出場した。ただ、最近は新潟県代表校が甲子園で活躍しているようだ。高校野球だからやってみないとわからないが、対戦相手は優勝候補に名を連ねるチームでないため期待したい。当然、相手校も同様な気持ちだろう。ところで、北陸地方は、京都に近いほうから越前(福井)、越中(富山)、越後(新潟)と呼ぶ。加賀百万石だった石川だけは、別格扱いだ。その越後の新潟は、上越(上越市)中越(長岡市)下越(新潟市)と呼ぶ。越中と中越は、同じような呼び名だが、富山県と長岡市と全くの別地域だ。さらに面白いことは、上州(群馬)と越後(新潟)を結ぶ新幹線は、上越新幹線と呼ぶが、中越と下越を走り、上越は通らない。上越を通る新幹線は、北陸新幹線だ。愚生が新潟県を嫌いなのは、新幹線地元負担の揉め事からだ。田中角栄の横車で、経済効果が少ない新潟県中越・下越地方に、国庫負担で1982年に上越新幹線を開業した。経済効果が見込まれる北陸新幹線が金沢まで開通したのは2015年だ。実に33年も遅れてからだ。それだけ優遇されてきたことも忘れ、新潟県知事は、北陸新幹線の地元負担金を払うなら、人も住んでない上越地方の各駅に新幹線を全て停車させろとゴネ続けた。そのせいで北陸新幹線の開業は遅れた。それがきっかけで、新潟県は北陸地方の各県から嫌われている。利益誘導しか考えない県民性は、どこからきたのだろうかあさましい限りだ。その新潟県には、国立大学は3つ、県立大学は2つもある。何故、越後の水飲み百姓のために、これほど国費を使わなければならないのか納得はできない。よく見れば、群馬県も国公立大学は5つもある。どうも共通点は、大物政治家がよく働いた地域だ。それに比べ、福井県などは新幹線も空港もなく、あるのは原発だけだ。これで、日本の政治は良いのだろうか?

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2016年8月10日 (水)

DOS/VのPCでパソコン通信をしていた頃

Mypc 昨日、so-netの光ケーブル敷設工事のため立ち合った。今頃、光ケーブルかといわれそうだが、愚生宅はNTT光ケーブルを東京都M市で最も早く(個人で)導入した。18年前に家を建て替えたときは、通信設備はISDNだった。その後数年してからADSLに切り替えて、光ケーブルとなった。割安キャンペーンや携帯電話とのセット割引のため、NTT⇒TEPCO⇒NTT⇒AU⇒so-netと遷移した。そのため、愚生宅には光ケーブルが3本も敷設されてる。愚生が思うに、光ケ-ブルといっても終端機器を除けば全く同じだ。so-netなどは、NTTからの借り受けた光ケーブルのためルータ以外に違いはない。ケーブルを共通にすれば、もっと効率的だ。光ケーブルデジタル回線は、インターネット接続の普及に従って伸びた。愚生宅のルータは、固定で2Gbps、wifi(無線)で1Gbpsというから隔世の感がある。愚生もネットワーク技術者だったことで、過去の懐かしい記憶がよみがえる。20年くらい前だろうか、愚生がDOS/VのPCでパソコン通信をしていた頃は、256bpsや2400bpsのモデム接続だった。アナログ電話回線は、電話機と電話局とを接続している。(光回線は全てデジタル回線)ADSLは、昔からの電話機に使われてきたメタル回線(アナログ回線)を利用して、通信速度を安価で大幅に高速化した。それまで使用したダイヤルアップ通信(音声信号帯域を使うデジタル通信)は、アナログモデムを使用する通信だった。つまり、音声信号の範囲内周波数(400~3,000HZ)で通信を行う。個人でインターネット通信をしようと思えば、当時はこれしか手段はなかった。アナログモデムは、一般的に300bps 1,200bps・・・9,600bps・・・・56kbpsだ。最高速度のモデムを使っても56kbpsしか出ない。しかし、電話局とモデムとの距離が遠い場合や回線品質が悪いと高速通信が難しいのでモデムは自動的にそれより遅い速度に切り換わり動作する。実際には、パソコン通信の黎明期モデムの速度は300bpsや1,200bps程度だった。現在のブロードバンドに比べると呆れる程の低速だ。そうはいっても、この通信は電信で文字を送る目的だ。そのため、デジタルデータを通信するには、遅くて不向きだった。それだけでなく、音声通話としてのバカ高い電話賃が請求された。うる覚えだが、通信費が数万円になることもあった。しかし、この普及した光ケーブルデジタル回線も、無線通信の速度が高速化されるに従い頭打ちになってきた。理論的には、無線通信の方が有線通信より速くなるため、この傾向は変わらないだろう。宅内でもセキュリティを除けば、LANケーブルが不要な無線wifi接続の方が使いやすい。ネットワークやコンピュータの技術革新は、ドッグイヤーや秒針分歩と言われる。愚生の頭をバージョンアップし続けるには、CPUが少し古くなってきたような気がする。

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2016年8月 9日 (火)

毎日を惰性的に生きているだけ

A0267814_14295285 リオデジャネイロ五輪大会で、体操男子団体総合で金メダルを獲得した。今朝は、NHKでライブ放送されていた。ナショナリストの愚生は、ロシアと中国の選手には悪いが、心の中でミスをしろと念じながら観戦した。優勝が決まった瞬間、爽快な気分になった。別段、愚生は何の努力をしたわけではないが、誇らしい気持ちになった。選手たちには、ご苦労さんと言いたい。昨日はイチローの3000本安打、オリンピック、高校野球と今週は話題に事欠かない。旧盆の前週といっても、愚生のような老人には毎日が休日だ。これといった急用はない。田舎からのお上りさんだったため、若い頃から金銭的な余裕はなかった。住宅ローンの支払いと子供の学費の工面で、一心不乱に働くことだけしか選択肢はなかった。退職後は、多少の貯えもあり余暇も十二分にある。しかし、毎日を惰性的に生きているだけだ。老後とは、こういうものなのだろうか?愚生のお袋などは、長生きをし過ぎたせいで早く死ねばよかったなどと口にする。それならば、自分で死んだらというと、真意が愚生に伝わらなかったと嘆く。長生きをすれば、周りの人達が死んでいき寂しくなる。もっと生きたいのに、早く死んだ人はたくさんいる。贅沢なことを言ったら、罰があたるというと、それもそうだと母は納得する。お袋には、偉そうに講釈するが、愚生とて毎日を感謝の気持ちで過ごしているわけではない。ただ、自分の感情を崩さないようにするため、共感ができる最小限の人としか交わらないようにしている。

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2016年8月 8日 (月)

売る気はなかったが悲しい限りだ

Mlb16080807490007p1 マーリンズのイチローは7日デンバーで行われたロッキーズ戦で大リーグ通算3000安打を達成した。大リーグ史上30人目だ。2004はシーズン最多の262安打を放って大リーグ記録を更新したことを思い出す。記念にと思いその試合をDVDに記録しておいたつもりだったが、今はどこにあるかわからない。愚生のような、いい加減なファンとはあてにならないものだ。イチローがシアトル・マリナーズに移籍したのは2001年だから、足掛け16年になる。現在、42歳という年齢でも第一線でプレーする姿は敬服に値する。勿論、誰と比較して、どうだとかという気はないが、過去のどのプレーヤと比較しても立派だと思う。ところで、小野薬品工業のオプジーボは、患者の免疫力だけでは肺癌には効かないという発表があってストップ安だ。オプジーボ自体の効果が否定されたわけではなく、肺癌の最初の治療としてオプジーボだけを使っても、化学療法より優位性はなかったということだ。信用買残が6,775,400株で、貸借倍率15.49倍というから、信用で買い立てていた個人投資家は追証で火の車に近いだろう。愚生も、現物で小野薬品工業の株を抱えていたため痛手は大きい。日本初の免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボに感激して、小野薬品工業の株を買ったので、長期保有が前提のため売る気はなかったが悲しい限りだ。この結果、化学療法をやっている人に併せてオプジーボを投与するという治療法が主流になるようだ。肺がんのファーストラインで効果がないことは、免疫チェックポイント阻害薬だから当たり前と言ってしまえば、そのような気もする。そもそも、自身の免疫で治せるなら癌にはなっていないはずだ。癌に対する万能薬など、夢のまた夢なのだろう。ちなみに、ファーストラインの化学療法受けるような肺がん患者の8-9割は、セカンドラインも同様に受ける。そう考えると、ここまで株価がネガティブに反応することでもないような気はする。需給の関係で、外国ヘッジファンドが荒らしまくっているようだ。嵐が過ぎ去るまで、忍の一字だ

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2016年8月 7日 (日)

支那の反発が本格化

P1 韓国のTHAAD導入決定に対して、支那の反発が本格化している。支那は、韓流スターの行事・公演をキャンセルし、ドラマの放送を延期するなど実力行使に乗り出した。支那事業の比率が大きい企業の株価が下落の一途をたどる。7月初めまで4万ウォン前後だったSMエンターテインメントの株価は、今年の最安値(半値近く)まで下げて取引を終えた。韓国の化粧品輸出額は支那向けが66%を占める。化粧品企業の株価も、同様にTHAAD配備発表直後から大きく下落した。一体何のために、朴槿恵大統領は支那に接近したのだろう。愚生のような素人でも、こういう結果は予見できた。これは、始まりの制裁であって、導入を撤回するまで終わりはない。支那は、朝鮮は恫喝すれば怯むと思っている。一方支那は、日本は恫喝してもぶれないことを知っている。国家観がない支那人に、国のために戦うという発想などはない。支那の軍事力など烏合の衆だろう。いざ戦えば、日清戦争と同じ結果になると思っているから、日本に対してやり過ぎることは控える。朴槿恵の場合は、支那の対応への反発から感情的にTHDAA配備を決断した。今後、韓流だけではなく、韓国経済全体に悪影響が及ぶだろう。例えば、中韓通貨スワップ協定の破棄。さらに、韓国人に対する商用ビザの発給制限や投資優遇策の撤廃など、いくらでも難癖をつけて制裁してくる。AIIB理事ポストも韓国があれだけ出資したのに、いとも簡単に召し上げられたことを考えれば、容易に推しはかれる。安全保障の基本がわかっていない朴槿恵は、その場の雰囲気と国民感情だけで外交を行ってきた。THDAA導入は、南北朝鮮の対立する構図の中で、はっきりと米側に立つことだ。支那から見れば明らかに敵側陣営だ。今までの支那のリップサービスは、米韓離間策だった。外交音痴の鬘(ズラ)外相は、米中のラブコールを受けていると豪語していたのを思い出す。わずか1年ほど前の話だ。蝙蝠外交を称してバランサー外交など呼んでいたが、ありえないことだ。朴槿恵が天安門広場の対日70年戦勝記念で、満面の笑みを浮かべてからまだ1年も経ってない。ならず者国家の支那を、舐めてかかるとこういう結果になる。朝鮮の事大主義は、長年の経験から出た知恵なのだ。

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2016年8月 6日 (土)

降る雪や明治は遠くなりにけり

72412 8月6日は、広島に原爆が投下されてから71年目だ。米国では未だに、戦争の終結を早めるために、非戦闘員を無差別殺戮したと信じている人が多いようだ。その論理が成り立つなら勝てば官軍だ。勝てばなんでも許されるなら、戦争は負けたことが一番いけないことになる。米国の民度も、かなり低いと改めて思った。不快に思いながら、テレビを眺めていると、今日からリオ・オリンピックだ。オリンピックの開会式の入場行進をみるのは久しぶりだ。日本の入場は、104番目だという。愚生が地理を習ったのは50年くらい前だ。頭の中に全くない国々が、多数入場してくる。愚生の知識も古くなったと痛感した。技術者だった愚生は、仕事柄コンピューター関連の知識だけは逐次更新してきた。今年は、平成二十八年になる。有名な「降る雪や明治は遠くなりにけり」と昭和の初めに中村草田男が詠んだ俳句がある。愚生のような昭和20年代生まれの者は、そろそろ「昭和は遠くなりにけり」という感だ。系統立って勉強したのは学生時代までた。社会に入ってからは、自分にとって必要なこと以外は学ばなくなった。世界にどんな国々があろうが、仕事に関係がある先進国以外は関心がない。オリンピッくで入場行進する国を見て、つくづく世の中が変わったと思う。しかし、向学心がないせいか日本の入場行進を見終わってテレビのスイッチを切った。

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2016年8月 5日 (金)

愚生の戯言など誰も聞く耳は持たないだろう

Images 甲子園での練習に、大分高の女子マネジャーがユニフォーム姿で練習を手伝ったことを大会本部が制止したと報じた。出場校に配布された「手引」には、試合の練習補助員は「男子部員に限る」とある。日本高野連盟(高野連)はこれに準じた判断だと説明したが、手引に甲子園練習についての明記はなく、理由は「危険防止」のためとされた。しかし、この女子マネジャーは普段の練習からノッカーにボールを手渡すなどの手伝いを行っていた。危険性を理由とするなら、甲子園練習のみ禁じる説明がつかない。愚生が思うに、高野連という団体は、いったい何様なのかといつも思う。高校野球の盛況は、なにも高野連が努力したせいではない。高校球児やそれを支える地域のファンが、高校野球を盛り上げている。高野連は、それに便乗して、自分たちの職務権限を誇示しているだけだ。時代錯誤も甚だしい。危険だと言うなら、ヘルメット着用などの安全対策を尽くして女子の参加へも認めるべきだ。東京六大学野球では平成7年、米国出身の女子投手が明治大学で公式戦に登板した。また、明治-東京大学戦では女子投手同士の投げ合いもあったという。高野連の規則及び行為は女性差別だ。高野連は、自分たちが大会を仕切っているということを誇示したいのだろう。沖縄の民族衣装での応援の禁止や、ユニフォームから文武両道の文字を削れとか難癖をつける。何か特権階級にでもなったつもりで、出場校に傍若無人に注意する。滑稽としか言いようがない。そんなに、危険を言うなら高校生の肩を心配しろと言いたい。小さい頃に、投手が無理をして球を投げすぎると肩を壊す恐れがある。高野連は、この重大な問題にどう取り組むのか。なんら問題視しないのは、ビジネス的な活況を最優先にして、高校生の負傷など二の次にしているからだ。愚生なら、高校野球を選手目線で早期に改革すべきだと思う。
1.投手は一試合に100球以上の投球禁止。
2.同一投手の50球以上の連投は禁止。
3.ドーム球場にて各地域巡廻で高校野球を開催。
4.一二年生しか出場しない春の選抜大会の廃止。
愚生の戯言など誰も聞く耳は持たないだろうが書き記す。

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2016年8月 4日 (木)

当人たちはどう思って設置しているのか

4 8月といえば、北半球の先進国は夏休みだ。為替や株の売買は、行われてはいるが開店休業だ。年間を通しても、昨年と同様にこの季節は相場は崩れることが多い。世界を見渡せば、英国のEU離脱・中国への投資急減・日本国内のデフレ懸念と悪材料が続く。マイナス金利導入で、債権金利の上昇などありえないから、投資対象も限られてくる。配当がいくら上がっても、元本保証のない株式投資にはお金は向かわない。おまけに、円高傾向とくれば、海外投資も二の足を踏む。愚生も、余生を考えれば、日経ラジオを聴くなど時間の無駄だと悟るようになってきた。少ない資産を、どう運用しようと大きな差はでない。そして、いくらお金を貯めたところで、使う暇がなければ意味はない。そのせいか、ここ数年、病院通いの合間を縫って旅行に行くようになった。ところで、愚生は商用で国内外に出張する機会は多かった。しかし、出張で行った都市は、観光資源が多いとはいえない。老後に夫婦で旅行といっても、どちらも体調は万全ということも減ってきた。晩年、時間やお金が自由になっても、健康面からの制限が多くなる。そういう愚生の予定は、来週は光ケーブルの工事とある。愚生宅には、NTT・AUの光ケーブルが導入され、キャンペーン価格でなんども相互に切り替えた。今回は、キャシュバックと月額千円安くなるという餌で、So-netのケーブルを導入する。愚生のように、3本も事業者の光ケーブルを引き入れていれば、彼らの効率は悪い。悟ったつもりでも、僅かなお金でも節約しようとする貧乏性が染みついている。ただ、関東の田舎を車で走ると、壊れそうな南側屋根に太陽光パネルを載せた家がある。さらに、東西の屋根や、南の裏庭にかぶさるように大きな太陽光パレルを設置した家まである。当人たちはどう思って設置しているのか知らないが、愚生など可愛いものだと安心する。

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2016年8月 3日 (水)

自民党都議の質の悪さが際立っている

Kushi 神輿は軽い方が良いといった政治家がいた。今回、石原ノビテル都連会長は、都知事選で党推薦の増田寛也氏が敗北した問題に絡み、「知事選は党本部マター。お金も都連でなく党本部が集めたのであり、責任者は幹事長だ」と述べた。いくら神輿が軽いほうがいいといっても、軽すぎるのは困ったものだ。東京都知事選は、都議連が候補者増田氏を決めて選挙に臨んだ。そして、都民にNOを突き付けられて大敗した。北朝鮮のように、小池候補に親族が加担しても、処罰するとの書面は石原ノビテルの名前で出された。谷垣幹事長は、国政なら責任はあるだろう。しかし、都知事選はあくまで協力者であって、責任者は石原ノビテルなことは明々白々だ。ずいぶん前に、富士通の秋草元社長が「会社の業績が悪いのは、社員が働かないからだ」と発言してひんしゅくを買った。今回、石原ノビテルの発言は、「業績が悪いのは、会長のせいだ」と言ったのに等しい。おまけに、非難された谷垣氏は、入院中だと言う。呆れて物も言えない。ノビテルの頭の中を覗いてみたい。自民党の都議とは、いったいどいう連中なのだろうか?都議会のドンと呼ばれる内田茂都議は、山口組組長の舎弟だったという。根っからのテキヤなのだろう。都議会議長の川井重勇は、記者に向かって写真撮影も拒否した。こんな大人気ない対応しかできない人物が、果たして東京都の都議など務まるのだろうか。下足番でもむりだ。おまけに、291万票で選ばれた東京都新知事に、「一輪車にならないよう頑張ってください」とは、喧嘩を売っているとしか思えない。自民党控室では幹事長と政調会長が不在で、総務会長らが対応するとは非礼の極みだ。幹事長、政調会長が対応した各会派と比べ、自民党都議の質の悪さが際立っている。都議と言う前に、人としての資質に欠けている。こういう連中が都議会を牛耳っていると思うと、愚生は東京都の実情に疎かったとつくづく痛感する。自民党の驕りも、ここまで来たのかと驚かされる。増長甚だしい東京都選出の都議や国会議員など、次の選挙で全てたたき出してしまわなければ東京は浄化できない。

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2016年8月 2日 (火)

貧乏人は政治に興味を持つ

O0490036811119640822 小さい頃、お袋に貧乏人は政治に興味を持つとよく言われた。その頃は、何の話かわからなかった。しかし、近くの八百屋さんや大工さんは、社会党候補の演説会に行ったと聞いた。愚生の生まれ育った北陸は、保守王国と呼ばれるくらいに自民党が強い地域だった。今もそうだから、過去形ではない。愚生の両親なども、どんな時でも自民党候補者に投票した。民主党が政権をとった時でも、自民党候補者を応援した。ぶれない姿勢には敬服するが、それほど政治や経済を理解して投票しているとは思えない。自民党=善で、それ以外を=悪と考えているらしい。そういう地域性のため、自民党以外の候補が選挙で勝つことはめったにない。これといった趣味もなかった親父は、勤め人を辞めた後は、政治の話しが多かった。日曜日のNHK政治討論会や時事放談を好んで見て論評していた。たまに帰省しても、愚生は政治には興味がないため、親父と議論もしなかった。お袋が言うように、親父も退職後は金を自由に使えないので、政治談議をしているのかと揶揄していた。ところで、ここ数日、愚生のブログを読み返せば、東京都知事選と東京都民の民度の高さの称賛ばかりだ。愚生は、東京郊外のM市に住んでいるだけだ。よく考えれば、愚生が偉いわけでも、自身を誇ることでもない。お袋の言うように、貧乏人が政治に興味を持っているだけだ。右寄りの愚生は、今回も自民党推薦候補には投票しなかった。ただ、投票した候補者が久しぶりに当選したので嬉しい気分だ。

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2016年8月 1日 (月)

尻馬に乗った政治家は次の選挙で落選

660798_37384227 昨日の都知事選は、愚生の予想通りだった。投票率は14%増。組織のない小池百合子さんを支持する層が、投票に行ったせいだろう。愚生の家族と昨晩寿司を食べに行ったが、全員が期日前投票で小池さんに入れていた。東京都民からすれば、都知事は都民が決める。なんで安倍総理や石原ボケ親子の上意下達など通るはずはない。愚生に言わせれば、石原ノビテルなど責任を取って議員辞職しろと言いたい。議員になると選挙の時以外は、上から目線になって物を言う。そもそも、多少の知識人なら東京批判の先鋒だった増田氏を支持するはずはない。週刊誌や新聞を買っていれば、強姦魔の鳥越氏に投票はしない。そして、利権に群がる政治家は、御し易い人物を都知事に押す。東京都民は、彼らが考えているほど馬鹿ではない。政治家になっている連中と言えば、親の七光りや世間のあぶれ者で虚栄心の強い奴ばかりだ。真面な人は、額に汗して働いてそれで十分満足をする。そうした東京都民の出した結果は、自民党ごときなど「屁の河童だ」ということだ。自民党も驕り高ぶっていれば、久しからず。事実、自民党支持者の半数以上が小池氏に投票した。要するに、間違っているのは都議連だということだ。東京都民の多くは、尻馬に乗った政治家は次の選挙で落選すれば良いと思っている。

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