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2016年10月 6日 (木)

富士通がパソコン事業から事実上撤退

Imgres 富士通の分社化したパソコン事業へ、中国企業レノボが過半を出資し、レノボ・グループに統合するという。近年、スマートフォンやタブレット端末などの普及により、パソコンの市場は縮小した。昨年、東芝やVAIOとのパソコン事業統合を検討したが合意に至らなかった。愚生は、このニュースを聞いて、馬鹿も休みやすみ言えと思った。IBMがパソコン事業をレノボに売却したのは、2005年だ。潰れそうになったNECでも、2011年にレノボとパソコンの合弁会社を設立して事実上撤退した。日立は、NECより早くパソコン事業から完全に撤退し、HPのOEMに切り替えた。2016年になってからする話ではない。富士通の前社長がパソコン部隊出身だったことが災いしたようだ。古い話で恐縮だが、富士通のパソコンといえばFM7やFM8を思い出す。そのころは、世界的なパソコンの黎明期で活気があった。その後、OSがMs/Dos主流の時代は、国内ではNECPC98シリーズの圧勝だった。富士通は、FM-Townsなどで、NECに対抗したが全く歯が立たなかった。コンピュータとは、アプリケーションの数で優劣が決まる世界だ。その後、Windowsに移行したため、OSもアプリケーションもマイクロソフトの独占となった。そして、ハードはIntel-CPUが必須となり、Wintelと呼ばれた。PCの基本機能を購入してくるビジネスでは価格競争しかない。いかに安くつくるかという競争だ。IBMの撤退後、アジア勢に押された日立、NEC、ソニーは、遅ればせながら市場から撤退・事業売却をした。もともとDOS/V(Windows)のPCには、付加価値など付かない。いかに安く作るかの競争だ。富士通社内のDOS/V互換機設計者は、当初は仕事がなかった余剰人員が充てられた。そのため、システムがわからない連中のやったことは、他事業部の売り上げを横取りすることだった。店頭売りでは儲からないので、システム売りのおこぼれで粗利益を出して商売をした。しかし、彼らのシステム製品など、レガシー製品のエミュレーションをパソコンで実行するだけで、付加価値といえるものではなかった。愚生も、F社時代に何度もパソコン事業部のやくざ連中に商品開発の邪魔や横やりをいれられた。結局、パソコン事業の赤字をシステム売り製品の利益で埋め合わすことができなくなり、大きな累損を作ったのだろう。当たり前の話だ。スマホが携帯移動端末として、決済処理に使われだせば、パソコンの業務範囲は非常に狭くなる。愚生のカミさんごときでも、5.5インチ画面のスマホを使ってから、ほとんどパソコンを使わなくなった。富士通は、経営者の判断ミスでどのくらい損をしたのだろうか?富士通企業年金を頂いている身のため、頑張ってくれとしか言いようがない。

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