自分の時代は、自分で完結
この歳になっても、人は何を考えて生きているのだろうかと思案することが多い。勿論、愚生のことを言っているのではない。ずいぶん昔のことを蒸し返して、どうでもよいと思っていることに言及されると、なぜなのかと勘ぐってしまう。先日、これが直接的な原因で、田舎に行く用事ができた。ついでに、義母にもご無沙汰していたので、久しぶりに歓談をしてきた。もともと、義母は世話好きな人だったため、リップサービスだとは思うがずいぶん歓迎してくれた。お陰で、訪問した愚生も非常に気分が良かった。遠くまで、お見舞いや慰問に行って不快な気持ちで帰ってくることほど、阿保らしいことはない。愚生の奔放な実母に、言い聞かせてやりたい。ところで、田舎に行って現地で実情を見分すれば、昔のことを蒸し返す理由が分かった。借金をして建設中のアパートの融資金に対する、抵当物件が不足しているようだった。将来性やLTV(資産借入率)も考えない無謀な投資が原因だ。いずれにせよ、人は永遠に生きられるものではない。自分の時代は、自分で完結して、後々まで影響を与えないようにすることは必然だ。長期のローンなど、桶に足を突っ込んでからするものではない。借りたお金で、柱や屋根、窓ガラスに変えてしまったとしても、必ず元本は現金で返済しなければならない。不動産とは、土地を含めて流通性のない資産だ。多少の予見があれば、少子高齢化の持ち家率が高い地方都市で、成り立つはずもないビジネスだ。愚生には、痴呆性との抱き合わせで、このような愚挙に走ったとしか思えない。太陽光パネルを、南側の庭に敷きつめたり、壊れそうな屋根に載せる風景が、かわいく見えてしまう。いずれにせよ、危うきには近寄らずと、三猿を押し通そう。触らぬ神に祟りなしだ。
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