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2016年12月26日 (月)

台湾人と支那人、朝鮮人は民度が違う

148266332327_20161225 支那や朝鮮には「溺れる犬は棒で叩け」という諺がある。クリスマス・イブ午後、ソウル・光化門広場では、朴槿恵大統領退陣要求集会に55万人もの市民が参加した。その集会で市民は、朴大統領の即時退陣、憲法裁判所の迅速な弾劾判断、黄教安代行の辞任などを要求した。日本人なら、司法に委ねて結果を待つ。市民が騒いだところで、裁判所の判決に影響することはない。法治国家なら、当たり前のことだ。また、外乱で判決がころころ変わってはたまらない。韓国と国際条約を結んでも、「規則は相手が守るもの」というお国柄だから意味をなさない。もと売春婦だったお婆さんに、日本から送ったお金を配ったが、未だに慰安婦像は撤去されていない。ゆすり・たかりが朝鮮文化といえば身もふたもないが、近代国家なら国際条約は守って貰いたい。ロシアのプーチンも食い逃げしたが、安倍総理は気前がよすぎるきらいがある。鳩山由紀夫もそうだったが、苦労しないで育った人は、人は悪くないが騙されやすい。相手がすべて自分と同じだと思っているらしい。米国のオバマ大統領も、つい最近まで支那が近代国家だと思っていたらしい。お粗末としか言いようがない。その点、外交が素人だといわれるトランプ次期大統領は、支那に言いたい放題だ。そもそも、一つの中国などバカな話はありえない。台湾は、台湾人で支那人とは違う。日本の植民地だったせいで、近代国家の礎はずいぶん昔からある。一方、同じ環境を享受しても、朝鮮人ときたら元の木阿弥になってしまう。民度の違いとは、恐ろしいものだ。

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