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2017年4月 9日 (日)

昭和天皇が秋芳洞をアキヨシドウと呼んだ

38k04_1 山口県中央部に広がるカルスト台地は、昭和30年11月1日に秋吉台国定公園(あきよしだいこくていこうえん)の指定を受けた。愚生が小学校の頃だろうか、切手収集が趣味だった。当時、非常に切手人気が盛んだった。東京オリンピックの記念切手など、学校を遅刻してまで、郵便局に並んで買い求めた。「趣味の記念切手」という雑誌には、古い切手の目安となる時価が載っていた。見返り美人は、4000円、ビードロは500円という具合だ。愚生が最初にシリーズで集めた切手は、日本の国定公園だった。その中でも、最初に購入した切手は、1959年3月16日に発行された秋吉台の秋吉洞とカルスト高原だ。そういう訳で、秋吉台には思い入れが強く、小さい頃から行ってみたいと思っていた。その秋吉台には、国定公園指定地域内に秋芳洞など約200もの鍾乳洞がある。先日の山陰・山陽旅行で、秋吉台へ行く機会があった。秋吉台は、アキヨシダイと読む。一方、秋吉台は、秋芳町(しゅうほうちょう)にある。昭和天皇(当時、皇太子)が秋吉台に観光に来て、鍾乳洞に名前を付けた。その時に、天皇が秋芳洞をアキヨシドウと呼んだ。天皇が一旦、アキヨシドウと呼んだからには誰も正すことができない。それ以来秋芳洞は、アキヨシドウという名になった。そして、秋芳町秋吉地区一帯にある台地は、秋吉台(あきよしだい)。町の名前は、秋芳町(しゅうほうちょう)。洞窟は、秋芳洞(あきよしどう)と呼ぶ。ところで、子供心に昭和天皇の日本語は、発音が少しおかしと思っていた。当時は「やんごとなき人たち」の日本語発音は、愚生の感覚など及ばないと思っていた。しかし、その後、歳を重ねるうちに昭和天皇の御頭の方が足らないのではとの疑念を持っている。秋吉台の10円切手には、今も時価170円とか80円という値がついている。小さい頃は、持っている切手の時価を合わせて、小金持ちだと喜んでいた。しかし、大人になって、切手の売り値と買い値の値段乖離は、10倍以上もあるという現実を知った。秋吉台記念切手など、それ以上の乖離で、額面の30%でしか古物商で買い取ってくれない。馬鹿々々しいと思い、見返り美人以外の切手は、通信用の切手として額面で使った。旅行で憧れの秋吉台に行ってきたが、思い入れが強かっただけに、心に映った印象は薄かった。

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