利害関係がないから素直に共感できる
昨日は、愚生が属した大学時代のOB会だった。関東一円から集まってくが、新宿開催ということで、愚生には近場なので気楽に飲んでいた。しかし、巷は都議選の真っただ中ということで、いつもより緊張感が漂っていた。半年に一度くらいの頻度の飲み会だが、あっという間に時間が過ぎてしまう。昼頃から飲み始めて、気が付くと午後六時過ぎだ。恒例の〆、「今日の日はさようなら」を歌って終了した。飲み足りない連中は、その後三次会へと突入した。集まりには、毎日飲まない日はないという酒豪が多く、愚生たちとでは物足りなかったようだ。愚生は、まっすぐに小田急で帰宅したが、寝過ごして中央林間まで行ってしまった。若い頃は飲み過ぎて、南武線や田園都市線、そして小田急線でもやらかした。勤め人を辞めてからは、外で飲む機会がすっかり減ったせいで、久しぶりの失態だった。酒の飲み過ぎは、飲んでいる時は良いが、翌日が苦しいことが多い。思い出せば、若い頃は本当によく飲んだ。大学時代から50歳ぐらいまでは、将来の不安や仕事からのストレスからだったと思う。酒を飲んで一時的に不安から逃れても、酒が抜ければ元の木阿弥だ。そういう日々を繰り返すことが、勤め人時代の日課だった。愚生の同期入社や先輩にも、会社への不満からか、酒の飲み過ぎで体を壊して休職や退職する場面を散見してきた。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」とクレージーキャッツの歌の歌詞にはあるが、人に使われる身は決して楽なものではない。大学時代の友人とは、利害関係がないこととが素直に共感を得られる一番の理由だろう。考えあぐねて不参加の友人には、残された時間が少ないことを改めて悟って頂きたいものだ。
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