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2017年11月19日 (日)

晩節を汚せば一生悔いに残る

Tonocry 今日の東京地方は、日本晴れだ。今年は、8月ぐらいから雨が多かった。そして、長い間の台風シーズンがあり、快晴の日は少なかった。そのせいで、愚生も9月に予定していた九州旅行を10月に延期した。まだ、お正月までにはひと月もあるが、今年も終わった気分になる。愚生の友人の中には、60歳で退職後に引き続いて勤め人をしている人もいる。当然、ほとんどの人は、職場も職種、賃金も現役時代とは違っているはずだ。それを受け入れている人もいるが、納得がいかずに悩む人もいる。辞めてしまえば、ケリがつくのだろうが、それぞれの事情もあるようだ。人と比べて云々を言うのは、良いことではない。しかし、愚生の人生を振り返ってみれば、他人とは少し違った選択をした。リーマンショック後の五十代半ばで早期退職を選択した。もちろん、60歳まで会社に残こることはできた。ただ、長いサラリーマン人生の中で、会社にしがみ付いてきた人を目にしてきた。嫌いな部下を何人も退職に追い込んできた人物であっても、自分のこととなると物差しが違った。自らの失態で会社に損害を与えて、懲戒処分を受けても退職しなかった。虎の威を借りる狐のような人物だった。後ろ盾がなくなった途端に、退職するまで干された。傍から見ていても気の毒だったが、泣きながら辞めていった彼の部下を知っているせいで同情する気にはなれなかった。言行不一致で自分勝手な気の小さい男だと軽蔑した。あと印象に残っているのは、一時愚生の上司でもあった人物だ。他部門から来たせいか、市場の厳しさをわかっていないので閉口した。ローマは一日にして成らずというが、ビジネスの立ち上げは容易でない。相手の腹も探らずに、ノーガードで発言する驢馬を見ている気がした。当然、愚生とはそりが合わなかったが、早々に子会社の役員に飛ばされた。そして、その行った先のビジネス潰してしまい、リストラに追い込まれた。自分も後から辞めると言いながら、多くの社員を退職させた。ところが、自分の退職のこととなると、自分の責任ではないと辞めない。結局、本社に戻されて本部長付で干されても最後までしがみ付いていた。こういう晩年を過ごす人物をたくさん見てきた。愚生の目にしたものは、晩節を汚せば一生悔いが残るという教訓だった。頂点でやめることは、なかなか難しい。しかし、命乞いをして良い結果を得た王様など過去にいただろうか。そう考れば、会社が加算金を出せる状況での早期退職は必然だった。ただ、多くの同僚は選択せずに、与えられた処遇に愚痴を言いながら退職を迎えていった。早期退職の選択は、大企業という大樹からの独立だ。自営業者と同じで、働いたからといって儲かるわけではない。しかし、紆余曲折を経て生き残るすべを得た。そのせいか老後の金銭的な不安はあまりない。自己の美学に、感謝したい。

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