« iphoneは、テレビと同様で最低でも5~6年は使える | トップページ | アパート建設の殺し文句は低金利融資 »

2017年12月25日 (月)

NECだけは、流れに取り残されてしまった

5136_thumbnail_huji  昔は通信大手三社といえば、NEC、富士通、沖電気だった。その中の沖電気は、半導体工場の火事やコンピューターからの撤退で、他の二社から早々と大きく差がついた。今年の株式市場は、ITネットワーク関連企業株の値上がりが目立った。その中で、日本を代表する総合電機の一角でありながらNECだけは、流れに取り残されてしまった。NEC株の22日の終値は3060円というから、10株に併合したことを考慮して、従来の株価でいえば1株306円の安値だ。1年前と同じ水準の株価だ。富士通や日立製作所の株価が800円台なのと比べれば、ずいぶん安い水準だ。一方、業績が回復途上にあるNECと違い、富士通は今期、3年ぶりの最高益を見込む。いったい、なぜNECが落ち込んで這い上がれないのだろうか。いろいろな見方はあるが、愚生はPC98の成功がNECの衰退を長引かせた気がする。MS/DOS時代に、事実上のデファクトスタンダードを得たNECは、作れば売れるという状況だった。殿様商売に近い状態で大儲けした。NECのパソコンが優れていたわけではないが、当時のアプリケーションソフトはハード依存だった。マイクロソフトのMS/DOSがパソコンOSを寡占するなかで、NECがいち早くMS/DOSを採用したことだ。富士通がOSの流れを読み違えて、OS9を採用してアプリケーションソフト会社から見放されたことにも起因する。労せずして繁栄したパソコンビジネスで、NECはハードの箱物を提供する会社になっていった。それに反して、富士通はアプリケーションソフト開発のためにコンテンツを作るシステム会社を多数作った。そして、システム連携の端末機という位置づけでパソコンを売った。名前はパーソナルコンピューターだが、使われ方は基幹系システムのエントリーマシンだった。二社の体力差がついた転機となったのは、Windowsの出現だった。マイクロソフトは、Windowsは、アプリケーションソフトがハードに依存しないことを前提としたOSだった。要するに、日本固有の対応などする必要がなくなった。これによって、パソコン各社は世界標準機種のDOS/V互換機に雪崩を打って参入した。Windowsの普及で、日本語の制限やハードに依存しないソフトが主流となった。その最も恩恵を受けたソフトは、マイクロソフトのオフィスだろう。そのせいで、一太郎や花子で儲けていたジャストシステムは、凋落の一途をたどった。NECと二人三脚で勝ち上がった反動は大きかった。一方、富士通はコンテント作成のために作った多くの子会社が、システム企業としての開発推進の礎となった。愚生がいた頃の数値だが、自治体の40%以上が富士通の顧客だった。富士通もこの成功でシステム会社に特化すれば、更なる飛躍があったのだろうが、愚かにもパソコンや携帯に主力を置いてしまった。事業部制の弊害で、システムのわからない部門の無能なトップが最近まで居座ったことだ。社長が営業畑出身者になった昨今、やっと富士通の株価が上昇してきた。NECは、未だに雌伏のままだ。巷では、NECは管理職が多すぎることも生産性の悪さだと言われる。思い出せば愚生の時代は、富士通の管理職試験は暗黒の時間だった。愚生の同期など、人事面接で脅されて心臓が悪くなり入院した。また、気がふれて試験当日に会社にこなかった人もいた。小山工場では、首つり自殺なども聞いた。当時、NHKで放送されて、あまりの厳しさに不評を買ったことで、少し緩くなったと聞いている。いまから思い出しても、人生の大きな岐路だった気がする。

|

« iphoneは、テレビと同様で最低でも5~6年は使える | トップページ | アパート建設の殺し文句は低金利融資 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

基幹システム」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2042190/72537003

この記事へのトラックバック一覧です: NECだけは、流れに取り残されてしまった:

« iphoneは、テレビと同様で最低でも5~6年は使える | トップページ | アパート建設の殺し文句は低金利融資 »