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2017年12月 7日 (木)

テレビの設置の有無を立証するのは難しい

Rsadb1kxcdie3x1zwbml7cct2_vd_1dk 昨日、NHKの受信料制度は最高裁から「合憲」と判断された。しかし、インターネット時代を迎えた現在、時代錯誤も甚だしい。機器をもっているたけで、見もしないコンテンツ料金を払えというのか。受信料徴収の根拠となる放送法の制定は60年以上も前だ。NHKがテレビ放送を開始した1953年に1社だった民放のテレビ局は、現在130社以上もある。そして、ネットメディアの普及もあって公共放送の存在感というか、テレビ自体の存在感が薄れている。今伸びている企業のビジネスモデルを少しは参考にしろと言いたい。グーグルやフェイスブック、ユーチューブ、インスタグラムは、利用者からお金を取っているか。Bloombergをはじめ、ネットニュースが普及した今、NHKなど必要なのかと問いただしたい。愚生ごときでも、テレビなど見ないでほとんどパソコンかスマートフォンしか使用しない。テレビはパソコンのモニターとしてしか、現在は使用していない。この悪法は、政治家が愚かなせいで、多様化したメディア状況を全く考慮していないからだ。映画にしろドラマにしても、今はテレビなどでは見ない。アマゾンドットコムのプライム会員になれば無料でオンデマンド配信をうけ、パソコンで視聴できる。歌番組でも同様だ。デジタルディバイドされた老人のためにNHKが存続しているようなものだ。今回の訴訟でNHKは、全国的な放送網や災害報道の維持などに「受信料制度が不可欠」と主張した。それなら、受信料は放送の対価ではなく、公共放送を維持するための「特殊な負担金」と位置付けられる。だったら、運営費は税金で賄うべきだ。受信料だというなら、スクランブル化してみたい人だけから徴収するべきだ。内容次第で取捨選択されるから、経営の合理化に寄与する。4Kや8Kなどインターネット通信速度が5Gに突入するIOT時代に、テレビに必要なのだろうか。技術革新が遅かったデジタルテレビをみれば、もろもろの機能など陳腐化して、不要な物ばかりだ。平成27年のNHK調査では、20代の16%、30代の13%がテレビを「ほとんど、まったく見ない」と回答する。これから徐々に拡大していくだろう。俯瞰すれば、少子高齢化で人口も減少する。NHKがネット戦略の強化といった途端に、配信はアマゾンドットコムやグーグル、フェイスブック、ネットフリックスなどとの競合だ。スクランブル化しか徴収手段はない。日本人だけ視聴料を払えというのでは筋が通らない。ところで、最高裁の判断でNHKの督促にお墨付きが与えられた。最高裁判決がNHK受信料の支払いにどのような影響を与えるのだろうか。地上放送が月額1260円、衛星放送を含むと月額2230円といえば、愚生の契約しているスマートフォンのMVNOより高い金額だ。NHK受信契約の対象とする約4600万世帯のうち、未契約が約900万世帯+滞納が約100万世帯というから、約1000万世帯は、NHK受信料を支払っていない。最高裁判決によると、NHKが未契約者に対して受信契約の締結を申し出ただけでは契約は成立しない。つまり、契約を結ぶには裁判を起こして勝訴判決を確定させる必要がある。民法の消滅時効制度があるから、NHKは最大「過去5年分」までしか徴収できない。しかし、未契約者が「テレビを持っていない」と主張したら、NHKは裁判でテレビの設置の有無を立証するのは難しい。証明責任はNHKにあるが、個人情報を勝手に取得する手段などないからだ。戸建なら違法に家屋の中を覗き見するしかない。しかし、マンションなら戸口に立ち入ることさえ出来ない。ほんとうにNHK放送が必要なら、視聴者はスクランブル化されても料金を支払う。いずれにせよ、肥大化したNHKを合理化するには、視聴料のスクランブル化しか手はない。

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