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2018年5月28日 (月)

寂しいだろうが、だれもが経験する道

20180528s00001007101000p_view 今朝は、マー君と大谷君の対戦とあって、深夜からテレビ観戦した。地上波でも放映されたため、愚生でなくとも多くの人が見ただろう。愚生の場合は、どちらが贔屓というわけではないので、お互いに頑張ってくれという感じで観戦した。結果は、「4番・DH」として出場した大谷君とのメジャー初対決は、マー君が初回の第1打席で空振り三振、4回の第2打席で四球、6回の第3打席は再び空振り三振に切って取った。マー君は試合後、相手にうまく絞らせないで、いろいろな球種を使って抑えることが出来た。大谷君は簡単に抑えられるバッターではない。選球眼の良い打者なので必死に抑えにいったと話した。愚生も、マー君が退いた時点でテレビのスイッチを切って寝床に戻った。愚生の性分だろうか、野球観戦で必死に応援することなどはめったにない。熱い気持ちで野球を応援したのは、南海ホークスが昭和四十八年に、シリーズ決定戦で阪急を破り優勝した時までだ。その後、南海が金欠から崩壊していく過程で、野球に対する思い入れはなくなった。それまでも巨人が嫌いだったため、今でもアンチ巨人を通している。そういうわけで、個人的な恨みはないが江川も桑田も嫌いだ。そして、自分のボケを悟らない長嶋一茂などは大嫌いだ。ところで、イチローは何をしているのだろうか。マリナーズ球団のアシスタントという役職は、いったい何なのだろう。選手ではないから、試合には出場しないし、ベンチにも入れない。球団は、戦力外通告で首にしたいが、世間体を考えて穏便な対応をしている。それが、イチローにはどうもわからないようだ。元々、イチローという人は、何を言いたいのかわからない発言が多かった。その理由は、相手の聞きたいことを斟酌するような配慮が足りなかったからだろう。いずれにせよ、選手を辞めたのだから現役時代の晴れ晴れしかった周囲からの注目はない。寂しいだろうが、だれもが経験する道だ。政治家でもそうだ。サラリーマンでも、肩書がなくなれば誰も敬意など示さない。敬意は名刺(会社)に示したのであって、個人ではないことを悟らされる。そういえば、愚生が贔屓にしている春日野部室から五十六年ぶりに大関が誕生した。その前といえば、栃乃海と栃光が同時昇進した時以来だという。相撲界も流れが変わってきて、驕り高ぶっていた白鵬の力も落ちてきたようだ。栃ノ心の活躍に期待したい。

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