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2018年8月24日 (金)

腹が立つのは、高野連の無責任な態度だ

2018082000000090mai0004view 米大リーグ、カブスのダルビッシュ有投手が右肘の故障で今季絶望になったとの報道があった。詳しいことはしらないが、造影剤を入れて肘をMRI検査したところ肘の骨のストレス反応(疲労骨折の手前)と上腕三頭筋の肉離れが解った。高額な年棒を貰いながら、働かないのは心苦しかったようだ。こういう話を聞くと、高校野球の金足農業高校の吉田輝星君の熱投が気になってしまう。第100回全国高等学校野球選手権は、秋田県勢として103年ぶりの決勝進出を果たした。その金足農業は、投手が崩れて2-13で大敗した。吉田投手は最速150キロの速球と技巧、スタミナを誇る今大会最高の投手だった。しかし、1回戦から決勝まで5試合、54イニングのうち50イニングを一人で投げた。7月15日の秋田県大会初戦から39日間で、1517球を投げ切った。決勝の大敗を見れば、吉田君がもう投げれる状態ではなかったのは明らかだ。これは、明らかに「投げ過ぎ」だ。本人は、プロ野球志望というから、先々肩や肘に問題がないか心配だ。いつも思うことは、夏の甲子園大会は、酷暑・連戦という過酷な条件下で開催する。腹が立つのは、選手の健康や負傷のリスクに目をつぶっている高野連の無責任な態度だ。プロのワールドベースボールクラシックなどでも、投球制限が導入されている。商業主義と精神論で高校野球を語る連中の頭の中を覗いてみたくなる。古い体質の指導者が、未だに投手を酷使して野球を美化する。金足農業の監督は、酷暑の中で吉田君を使い続けた。彼の将来に対して何ら責任をとることもできない監督が、教育の現場から離れて勝負に拘ってよいのだろうか。吉田投手の活躍がいくら感動を与えたとしても、故障に関しては誰も責任を取れない。出来ることが同情だけでは、あまりにも無責任だ。どう考えても、投手は消耗品だ。使い過ぎれば、壊れてしまう。監督が止めないなら、大会関係者は競技方法を見直すしかない。それができないなら、「甲子園大会」の廃止を考えてほしい。成長期の子供の肩や肘に負担をかける競技なら、高校教育に不適切だからだ。投手の肩は消耗品という常識を、高野連も早く受け入れるべきだ。日本のNPBでプロ入りするだけで数千万円、メジャーリーグにいく投手の商品価値は、10億も100億もある。そう考えれば、将来性のある投手の酷使は問題だ。チームのため、学校のため、といわれれば、エース投手は肩の酷使を断れない。1人の投手にチームの命運を課すような采配を防ぐために、球数制限が有効なら、すぐにも実施すべきだ。振り返れば、往年のプロでも年間42勝した稲尾投手の実労年数は10年。新人で35勝の権藤投手の実労年数は3年だった。今も昔も酷使されて短命に終わった名投手は数限りない。そういえば、沖縄勢で初優勝した島袋君は、大学で活躍することなくソフトバンクに入団した。その後、一度も一軍では投げていない。爽やかさを表に出す高校野球だが、実はビックビジネスで巨額の金が動く。それに群がる大人たちによって、現状を変えようとしても変えられないのが現実のようだ。
愚生の提案だが、
★球数制限を米国基準に準ずる。
★甲子園だけでの開催は止め、各ブロック地区の複数の球場で戦う。
★試合は、一週間に一度程度(地方大会もこれに準じる。)にして決勝だけを甲子園でやる。
高校野球は、高校教育の一環だ。高校生に怪我や後遺症を負わせる可能性がある大会を開催することは高校教育に反する。

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