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2019年2月18日 (月)

戦前の戸主制度教育を受けた親世代

01 二月もあっという間に過ぎる。元々、日にちが少ない月なのに、愚生には私事が多かった。月末に予定している旅行を除けば、実質的に今週で終わりになる。三月からは、愚生のもっと好きな季節、春なので待ち遠しい。春夏秋冬というが、愚生が雪国育ちのせいなのだろうか、冬が最も嫌いだ。豪雪により、閉ざされてしまう世界に我慢がならないのだろうか。愚生は、終戦後、捕虜だった人たちが復員して間もなく生まれた世代だ。少子高齢化の現代と違い、子供は多く活気があった。その反面、学校建設が間に合わずに、いつも教室は満杯で通学時間は長かった。小中高もそうだったし、大学の定員も少なかった。今は死語となった一期校二期校という時代だ。ただ、当時は国民全体が貧しかったため、公立大学に行けない場合は進学を諦める人も多かった。戦前の学歴社会を垣間見てきた親の世代は、自分のうだつが上がらないことを学歴のせいにした。そして、進学を熱心に勧めることもあった。ただ、愚生のような次男は、戦前の戸主制度教育を受けた親世代には、どうでもよい扱いだった気もする。いつも、お下がりで長男の古着を着せられてきた。自転車などもそうだった。小学生だった頃、「〇〇君はいつも同じ服だね」と先生に言われ、おふくろに話したところ、新しい服を買ってくれた。当時は、どこの家も同じ雰囲気だったので、次男の扱いは気にならなかった。どちらかといえば、愚生宅は他家よりは進歩的だった気もする。ただ、長男による家督相続がなくなった今も、墓は長男が継ぐものと決めている。しかし、小さいころから優遇されてきた愚兄は、そうは思っていないようだ。貰うものは素直に貰うが、すべきことには愚痴や不満がついてまわる。お袋は愚兄が70歳を前にしても、いまだに「ちゃん」づけにしている。一方、愚生のことは話の肴に扱下ろす。次男の人格など、母にとっては、とるに足らないもらしい。戦前教育を受けた世代に、親の教育が悪いと言ってもしょうがないようだ。

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