« 重要なことは馬鹿な上司には報告しない | トップページ | 株も不動産も暴落することは考えにくい »

2019年4月 1日 (月)

愚生にとっても、平成は意味のある時代

Download_1 今日から4月。日本では4月といえば、新年度になる。愚生の過去を振り返っても、入学や入社式と関連して、その時々の区切りとなった。子供の転校などの都合で、川崎市の団地から横浜市のマンションに越したのは3月末だった。そして、横浜市から町田市にも3月末だった。今年は、新元号が4月1日に発表されるということもあって、従来に増して注目される日だ。愚生にとっても、平成は意味のある時代だった。勤め人時代に管理職になり、そして退職した。平成は、愚生の勤め人時代が凝縮された元号だ。一方、昭和は長い学生時代を含めコンピューター技術者として鍛錬した時代だ。こういうと、人生を何か深く考えながら生きてきたように聞こえる。しかし、実際は時代の波に押し流されて、淡々と生きてきただけだ。その中で、五十路になる前に、やっと住宅ローンから解放された。それまでは、質素倹約を心掛けてお金を使うことを極力控えた。愚生も妻もお上りさんだったせいで、近所に父母はいなかった。そのせいで、息子達には、小さいころから欲しいものを十分買い与えられず不自由をさせた。ただ、だからといって彼らが不登校や不良にならなかったことは感謝したい。その息子も、平成最後の年に一人は居を変えたため、ずいぶんと家の中が寂しくなった。子離れに慣れなければと思うが、人口密度が減ったという焦燥感は否めない。自分のことを振り返れば、高校卒業と同時に田舎を捨てた。そして、自分の家族を持つと田舎を振り返ることなど決してしなかった。そう考えると、愚生はずいぶんと身勝手な男だと改めて思う。核家族が進んだ今、二世代同居など希だろうから嫁姑の争いを聞くことは少ない。平成時代は、家庭内の争いや国同士の戦争もなかった。過ごすには、よい時代だったと懐かしく思う。「降る雪や 昭和は遠く なりにけり」 記憶の中で、小さい頃の昭和時代を思い浮かべる。すると、ふと現実に返り帰り、しみじみ昭和は遠くなってしまったと痛感する。 

|

« 重要なことは馬鹿な上司には報告しない | トップページ | 株も不動産も暴落することは考えにくい »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 重要なことは馬鹿な上司には報告しない | トップページ | 株も不動産も暴落することは考えにくい »