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2019年7月 6日 (土)

貧すれば鈍するという諺

1f028727 貧すれば鈍するという諺がある。最初に意外性をもって聞いたのは川崎にあるプロテスタント教会だった。日本基督教団に属する溝ノ口にある教会だ。牧師の口から出たので異様な気がした。それは教会の建て直し時に、建設会社とのトラブルが起きた時だった。教会員が止めるのも無視して、牧師は教会建設を突き進めた。ところが、手抜き工事で土砂が崩れ落ちて、建設が止まった時だったと思う。愚生の腹の中では、牧師らしからぬ発言だと不快に思った。金儲けなどしたことがない牧師は、教会員の痛みなどわからない。愚生も団地からマンションに引っ越した時に、若いのに贅沢だと叱責された。自分の金なのに、大きなお世話だと腹が立った。自分は無料の牧師館に住んでいるから、住宅ローンなど無縁だ。そのくせ、不出来の息子を地方の私立高校に遊学させたりしていた。そして、息子も娘も私立大学に通わせていた。貧すれば鈍するという諺を、牧師の説教に織り交ぜて、献金をもっと多くしろと檄を飛ばしていた。一般的な意味は、貧乏をすると、毎日その生活のことばかり考えるようになる。そのことで人は知恵や頭の回転が衰えてしまい、賢い人でも愚かになるという意味らしい。愚生の知り合いから来た手紙に、同じような内容があった。どうも金がかかることは、控えたいのだろう。愚生の批判を織り交ぜながら、なぜ自分はこういう行動をするのかという内容だった。初めは、身勝手な内容で腹が立った。しかし、二度三度と読むうちに、その論理性のない脈絡や狭量で身勝手な批判に哀れを感じた。要するに、自分の行動は、お前が悪いからこうなったという責任転嫁だ。弱者の論理にしか思えない。強者なら、周りのせいにせずに自ら謝罪する。今回と同様なことがひと月前にもあった。自分は金がなくて困窮しているのに、愚生が温泉に行って昼間から酒を飲むのはけしからんという。自分の金で飲むのだから、余計なおせっかいだ。今のお前の立ち位置は、歩んできた人生の結果だと言い過ぎてしまった。そのせいなのか、彼は死んでも忘れないと批判してきた。しかし、彼は死ぬ前に酒が抜ければ忘れるだろうと思っている。いずれにしろ、煩悩があるうちは、やはり金はあった方が良いようだ。

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