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2019年12月10日 (火)

能力がない校長を排除するのが県教では

M319354424_1 今朝NHKの朝番組で、飛騨地域の斐太高校(高山市三福寺町)の生徒会が中心となって、学校に制服を見直す運動を放送していた。校則では、女子の制服で黒タイツを認めず、冬季にはベージュ系のストッキングかスラックスのみ着用できると定めていた。飛騨地域の県立高校六校で、黒タイツを認めていなかったのは斐太高校だけだったという。校則の変更要求の理由は、防寒のためベージュ系のタイツは認めていた。しかし、生徒からは「分厚いタイツは股引のように見える」と敬遠され、氷点下まで気温が下がる冬でも素足で登校する生徒が多かったという。こういう状態なら、学校が自ら校則を変更すべきものだ。生徒会は滝村昌也校長との話し合いで、どのぐらいの生徒から校則改正の要望があるのか具体的な数値を求められた。そこで、全校生徒と保護者に黒タイツ着用の賛否を問うアンケートを実施した。その結果、生徒の94%、保護者の88%から賛成の回答があった。この結果を受け、生徒会は防寒対策や経済的な観点といった理由を添え、着用を求める要望書を学校側に提出した。これで校則が変更になるかと思えば、滝村校長は色については主観の問題であることなどを理由に、校則変更を認めないと回答した。その前日には、校長から生徒会に「これが斐太高校の制服だから」と伝えられたという。この番組を見ていて思ったのは、この斐太高校校長は、校長という職務の当事者能力がないと呆れた。このような人物に、校長という職責を任せる岐阜県教育委員会の人事にも呆れた。自らの責任で物事を変えようという意欲のない人物では、「いじめ問題」など隠蔽されるに違いない。愚生に人事権があるなら、すぐさまこのような人物は閑職に追いやって、若者の足を引っ張ることを止めさせる。愚生の息子の高校は東京の公立高校だったため制服はなく私服だった。ジーパンやジャンバーで高校に通っていたが、困ったことはなかった。戦後二十年代生まれの愚生が通っていた中学校にも、〇〇中学生らしい服装などという先生がいた。そういう先生に限って、生徒に暴力を振るったりする世間知らずで嫌われものだった。いずれにせよ、飛騨高山は遅れている。昭和四十年代、愚生はその北に位置する県の公立共学高校に通った。当時、高校に制服はあったが、女子は好きな色のタイツやブーツ、傘などを使用していた。三年生になるとパーマまでかけていた。しかし、それが問題となることはなかった。校則で生徒を縛ればよいというものではない。定期的に、校則が時代にあったのかを見直す必要のほうが需要だ。生徒に合理性のない規則を強いる「ブラック校則」は、教師の無責任から放置されている。職責を果たさない教師を見つけて排除することは、県教育委員会の人事部の仕事ではないだろうか。親方日の丸という飛騨高山の教職世界は、愚生には理解しがたいくらい硬直しているのだろうか。

 

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