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2020年7月27日 (月)

愚生は定年後の孤独とは無縁

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「定年後の孤独」というコラムで、「あなたには何でも相談できる親友は何人いますか」というアンケート調査があった。愚生の場合は、早期退職したせいで、他人より周りがよく見える気がする。特に勤務していた頃の友人は、利害関係があって成立していた。会社を辞めれば縁はなくなる。愚生のように田舎を捨てて遊学した者は、卒業しても地元に帰らない。だから学友と言っても、田舎を除くから大学時代に限られる。ただ、学生時代の友人は利害関係がないからといって、何でも相談できるという事にはならない。そもそも、田舎から上京した愚生は、一匹狼に近く頼るべき親類や友人などいなかった。また、早期退職して会社を離れても、そこからは自力で生きる道しかなかった。そういう境遇では、定年後の孤独などには陥らない。というか、初めから孤独だったと言った方がよいかもしれない。アンケート結果では、全体の約4割が「親友は0人」と回答した。これは、2.5人に1人が「親友ゼロ」だ。男女別でみると、「0人」と回答したのは、男性で43.2%、女性は29.9%。年代別では、50代が1番多く44.3%、70代が36.7%で1番少ない。分析の中でも、会社の仲間や先輩、後輩はひとづきあいにすぎないという。田舎から上京した愚生には、当然のことだと思える。旧友といっても、疎遠になるうちに、いつの間にか親友と呼べる人はいなくなってしまう。この調査で、親友の定義を「なんでも相談できる」とするから、非常にハードルが高くなる。そもそも「無二の親友」など、いる方が少ないだろう。記事では、定年を迎え、会社を離れると、自宅に引きこもりがちになり、「定年後孤独」が多いという。愚生は、会社にしがみ付くから、自主性を欠き孤独になるのだと思う。やはり、人生は四面楚歌であっても、ある程度の美学を持って生きるべきだと思う。孤独度が高い人がアルツハイマーになるリスクは、孤独度が低い人の2.1倍という医学的研究成果がある。しかし、愚生は孤独とは、人を頼ることから沸きあがる気持ちだと思う。そうであれば、信念をもって払拭するしかない。少なくとも、愚生は定年後の孤独とは無縁だ。

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