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2020年12月12日 (土)

地方移住などは大きくは進まない

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日経新聞に、「テレワークで地方移住」というコラムがあった。その中で、せっかく地元に住んでくれても、大半が数年以内に都会へ戻ってしまうという。移住失敗の原因は、地域の生活様式や人間関係に溶け込めないからだろう。愚生のような田舎者には、その理由がわかるような気がする。意識調査では、東京圏に住む人の半数が地方で暮らすことに関心を持つ。確かに地方へ行くと不動産が安く手に入る。衣食住のうち、地方出身者が都会で苦労することは、土地が高くて住宅ローンが家計を圧迫することだ。田舎出身の友人は、住宅ローンを支払うため働いているようなものだという。事実、愚生自身もそうだった。都会の大企業に勤務すれば、地方企業よりかなり給料は良い。ただ、地方にはない通勤地獄の毎日だ。一方、地方に住めば、経済的にゆとりある生活が送れる。職住接近で満員電車からも解放される。また空気はきれいで、野菜や果物など新鮮な食べ物が手に入る。休日には子どもと野外で遊ぶことも容易だ。傍から見れば、地方への移住生活は、バラ色の人生に見えるだろう。テレワーク環境が進めば、地方で働くことじたいに支障は少ないはずだ。しかし、田舎に住むことによる「嫌なあること」に気が付いていない。それは、愚生のお袋もそうだが、他人プライベートなことを知りたがる。そして、相手を値踏みしたがる。地方では先祖代々その土地に住み続けている。大人も子どもも気の知れた仲間どうしで、プライバシーの観念は薄い。昔から伝わる暗黙の慣行や非公式な序列もある。例えば、地主だったとか家老の家柄だという類だ。小作だった土地成金は、いつまでたっても陰口を叩かれる。士農工商以下の革職人や肉屋なら、嫁や婿の相手も限られてくる。いわゆる「橋のない川」や「島崎藤村の破壊」のような「ムラ社会」が存在する。狭い偏狭な価値観で、他人を見る癖がある。戦後教育が浸透して、地方の中核都市ではかなり薄れたと言っても、へき地では未だに戦前の組内や部落が存在する。さらに、地方では周りの目があるため、移住者だと言っても近所との付き合いを避けることは難しい。そのため、地域のいろいろな役が回ってくる。そして、会合や役務にしばしば駆り出される。一方、都会の大企業に勤める人と、地方の中小・零細企業に勤める人や農家の人たちとの間には相当な所得格差が存在する。それが生活スタイルにも大きな違いをもたらす。本人は良いとしても、一緒に移住した家族は息の詰まるような思いを味わる。愚生の出身県では、県外人を「旅の者」という。そして県外に子供が行くことを「旅に出す」という。愚生が東京に住んで良かったこと思うことは、プライバシーが守られていることだ。都会に住む不文律は、隣人に干渉しないことだ。田舎出身は多いが、お互いどんな過去を背負っているかを不問にする。その解放感は、田舎暮らしでは得られない。そう考えれば、地方移住などは大きくは進まない気がする。

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