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2021年2月 9日 (火)

才覚があれば不死鳥のように甦る

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巷では、妻への暴行容疑で逮捕された日本マクドナルドやベネッセで経営トップを務めてきた原田泳幸氏の名前が報道される。「プロ経営者」と言われて有名だった分、他人の不幸は蜜の味なのか、恰好のニュースになる。原田容疑者がプロ経営者といわれるようになったのは、米アップルコンピュータの日本法人の社長から、マクドナルドの経営トップに転身した2004年ごろからだ。企業名やブランドの愛称が共通だったことから「マックからマックへ」と話題となった。愚生は原田氏の前に、日本アップルコンピュータ社長を務めていた人物も知っている。彼は退職後、愚生の知人を通して何度か面会を求めてきた。しかし、愚生は会うことはなかった。会えば負い目を感じる。退職した個人には魅力を感じなかった。愚生が小職を務めていた頃も、中途入社は決して採らなかったし、面接もしなかった。理由はF社に馴染むことは容易でないという事と、必死に面談に臨む求職者を落とした場合に、相手に失礼だと思ったからだ。原田氏がプロ経営者だったかは、以前から疑問に思っていた。畑違いの外食への転身で、就任後しばらくは堅調だったマクドナルドの業績は、2010年代に入り急激に悪化した。彼は直営店を減らし、ロイヤリティマーケティングで収益を上げようとしたからだ。効率は上がるが、反面、実店舗の情報が得られなくなる。業績悪化に手を打てないことで、結果的に現社長のサラ・カサノバ氏に経営を委ねた。次のベネッセの会長兼社長は教育産業だった。ベネッセは福武書店が出発点のケチな会社だった。他部門の顧客だったため横から眺めていたが、F社のコンピュータに個別仕様の対応を要求するため儲からない顧客だった。そのベネッセ就任の翌月の2014年に、2000万件余の個人情報漏洩が発覚した。原田氏は自分に責任はないかのように振る舞ったため、トップのあるべき姿勢ではないとの非難を浴びた。その後、ベネッセが赤字に転落して引責辞任した。彼は基本的にコンピュータエンジニアではあったが、実務はそれほど経験していない。日本アップルコンピュータの社長は、過去に日本HP出身者が多い。共通していえることは、実績や手案より米国本社との意思疎通のため語学に堪能なことだろう。要するに、販売がメインの日本法人では、売り方や販売経費などは重用だ。しかし、製品開発がないため情報産業の本質は捉えていないような気はした。カルロス・ゴーンでもそうだが、名声を浴びると名前が独り歩きしてしまう。本当に才覚があれば必ず不死鳥のように甦る。そうでなければ、フロッグだと自分を慰めるしかない。愚生は早期退職して10年近く経った。そして、やっと安定した収益が得られるようになってきた。しかし、時すでに遅いという感もある。

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