小津安二郎監督の「長屋紳士録」
昨日、アマゾンプライムで小津安二郎監督の「長屋紳士録」という古い映画をみた。昭和二十二年完成とあったことから、当時の世相がしのばれる映画だった。あらすじは、ウィキペディアからの引用だが、「長屋街に親をなくした一人の子供・幸平がつれてこられる。しかし、住人は皆面倒がり、その挙句金物屋を営むおたねがその子を引き取ることとなる。最初おたねはもっぱら面倒がるが、だんだんと子供の面倒を見るうちにいとおしくなっていく。幸平を動物園に連れて行ってやったり、旨い物を食べさせてやったりと、決して豊かではないが楽しい生活を送っていた。そのうち幸平の父親を名乗る一人の男が現れ、引き取って行った。おたねは、実の親と一緒になった子供のことを思って泣くのだった。」そして、戦後になって人々が自分勝手な主張ばかりをして、他人に配慮しなくなったと自戒する。いつの世でも昔を思うのは同じなのだろうか。価値観が激変した終戦後の昭和でも同様だったようだ。愚生が生まれた頃の昭和を映した映画に、懐かしさがこみ上げてきた。愚生が幼い頃は、冷蔵庫も洗濯機、白黒テレビもなかった時代だった。スイカは釣瓶の井戸で、ブリキ缶に水を貼ってジュースもどきの飲み物を冷やした。当時の給食には、脱脂粉乳をミルクと称して出されていた。また、ソーセージは魚肉だったし、唐揚げは鯨肉だった。今では、高級な鯨肉は一番安かったのだろう。貧しかった時代を知っていたから、それでもおいしく食べた記憶がある。ただ、愚生の通った保育園では、豆腐の搾りかすの「おから」が副菜として毎日だされた。そのせいで、今でも「おから」を見ると気持ちが悪くなる。愚生の母は、小さい頃から裕福に育った人だったから我がままな性格だ。大きくなってから、何故、愚生だけ保育園に通わしたのかと聞いたことがある。その答えは、愚生が煩くて邪魔だったから、長期に預かってもらえることが理由だという。すいぶん失礼な扱いだと思ったので、愚生の息子たちは幼稚園に通わせた。その息子たちも、家を出てからは伴侶との世帯で精いっぱいなのだろう。親を振り返ることは少ない。愚生も同様だったから、それに腹は立たない。しかし、長屋紳士録を見ながら横のケージに目をやると、仰向けになって安心しきって眠っているスムチのロイ君の顔が見える。ロイ君から言えば、愚生が親であることは息子達と同様だろう。犬だからと言って、憎い可愛いなどあってはならないと自戒する。
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