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2021年6月15日 (火)

「三つ子の魂百まで」

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長い間、「ある会」の幹事をしていたが、辞めることにした。たいした集まりでもないから、辞めたところで困る人は少ないだろう。自分自身の評価より他人の方が高いという人は少ないと思う。どうしても、自己採点は甘くなるのが常だ。小職で長年にわたり部下の評価などをしてきたため、そのギャップの差が大きいことを知っている。散々目をかけて昇進させた人物に、後ろ足で砂をかけられた経験は多い。そういう時は、いつも人は利害関係で成り立っていることを学ばされた。自分自身も元上司に対して、そうであったこともあった。今から思えば、反省しても遅いが申し訳なく思っている。自分が高齢者になり、物事にどうでもよくなったと思う反面、我慢強さがなくなったことも原因かもしれない。頭で意識はしてないが、体が残された時間は限られてきた、無駄なことはしないようにと教えているのかもしれない。大昔の学生時代の友人は、いつも時間に遅刻したりしていた。自動車学校も仮免から本面まで、あまり時間を空けて危うく無効になりかけた。さらに、卒論を遅れて出したので、留年になりかけたとの話も聞いた。彼曰く、「卒論は良いが、提出が遅れたので可になった」そうだ。当時の彼は若いから、リップサービスという行為を知らなかったのだろう。そういう前科が多数あったので、宿泊を伴う行事には彼を誘わなかった。それに対して、ひとりで箱根にいったという話しを聞いて、同情して誘うことにした。ところが、メールには返信はないし、電話をかけても直ぐに応答しない。「老いて二度児になる」や「老いては愚にかえる。」「老いて再び稚児になる。」という諺がある。これらの用語は、人は年を取ると、理解力や判断力が衰えて、また子供のようになるという意味だ。しかし、彼の場合はそのような高級なものではないような気がした。「三つ子の魂百まで」と言ったほうがよい。何故なら、東京大手町でのワクチン接種を教えたのに、未だに忙しくて予約を取っていないと言う。学生時代も彼の口癖は「忙しい」だった。彼が忙しいと感じるのは事実だろう。何か気になると、物事をパラレルに遂行することができない性格なのだ。しかし、愚生は彼の歳を重ねても研鑽していない様をみると、サラリーマン人生では大変評価が悪かったのではと思う。そういう目でみると、愚生の周りのメンバーは社会でうだつが上がらない連中ばかりのような気がする。しかし、愚生のような「虎の穴」のような企業に身を置いてきたほうが狂っているのかもしれない。この件では、年金共同体のカミさんだけは、愚生のことを熱烈支持するが、これも利害関係なのかと穿った目で見たくなる。

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