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2022年2月13日 (日)

自宅は投資対象だとは思わない

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マンション暮らしのメリットは多いが、もちろんデメリットはある。愚生が感じることの一番は部室が狭いことだ。戸建住宅に慣れてしまったためだろうが、空間を効率的に使用することをしていない。以前のマンション暮らしの場合は、夫婦と小さな子供が二人だったため、1年間使わなかったものは捨てることしていた。必要ならば、買い直せばよいと割り切って暮した。今回も同様だが、子供がいなくなった分、階下の人への気遣いは少ない。田舎育ちの愚生は広い庭には慣れているが、その見返りに管理コストが大変なことを知っている。身の丈に合わない家や庭など持つものではない。愚生の知り合いにも、住環境のよくない広い土地を買って大きな家を建てた友人がいる。本人は建てたコストの半値くらいはあると思っているようだ。しかし、築二十年以上も経つ古家など値段がつくかどうか分からない。また、幅員が3メートルと道路付が悪い土地で、まえが作業置き場では買って住みたい人は少ないだろう。愚性は半値八掛け五割引くらいの価値しかないと思う。いや、それでも買い手はいないかもしれない。愚生自身は、自宅は投資対象だとは思っていない。浪費とまではいわないが、消費だと思っている。新築戸建てを二千万円で建てれば、二十年で割り返せば100万円/年だ。固定資産税も入れて10万/月のコストで住んだと割り切っている。消費なら妥当な額だろう。いくら立派な家を建てても、土地がそれに相応しくなければ、砂上の楼閣だ。ドブに金を捨てたに等しい。本人が浪費だと納得して住む分には構わないが。だた、住宅ローンの返済に付き合わされた奥さんには同情したい。土地成金が土地の番人をして死んでいくのと似ている。終活に向き合わずに生きている人は多い。未だは、もうということに気づいていない。

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