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2022年3月 6日 (日)

思慮浅いのかもしれないが

 T002
昨日は、ちょっとしたきっかけから自分の乗っている車を売ってしまった。愚生は終活の一環で、戸建から近商地区のマンション暮らしにした。日常生活において、近所の老人が街にバスで買い物に行くのが大変そうに見えたからだ。若い頃は、彼等も自転車に乗って、さっそうと買い物に行ったものだ。しかし、さすがに80歳過ぎとなると、そういうわけにはいかない。車に乗って買い物に行く愚生も、明日は我が身に映った。最近のニュースには、老人の自動車事故がよく報道される。対物事故ならまだしも、人身事故ともなると車は凶器となる。乗っている本人は「まだ大丈夫だ」と思っているのだろうが、動作が鈍くなってきているのだろう。愚生自身は、運転免許の更新は昨年が最後だと思っていた。元々、七十代前半には車の運転は止めようと思っていた。引っ越した後、数週間のマンション生活をしてみると、次に車に乗る機会は当分ない。前に住んでいた戸建は息子に譲ったため、舅がちょくちょく顔を出すのも憚られる。向こうが迷惑だと思うと行くわけにもいかない。そう考えると、わざわざ車に乗る機会がない。そういう気持ちも手伝って、車の売り時を考えていた。最近は手軽に車の査定が可能なサイトが多数ある。試しに愚生の車種と型式を入力してみた。入力するや否や、買い取り業者から見積り希望があった。愚生宅に来て無料でするならとアポイントをとった。心の内では、安ければ売らなければよいと思っていた。車や家電など再生産が可能なものは、中古となれば二束三文の価格だ。かなり高価な着物でも500円が相場という。古着だと一キロ10円にしかならない。立派にみえる戸建の上物でも、減価償却期間の20年を過ぎれば査定はゼロ円だと不動産屋は言っていた。過去に車を何度か乗り換えていたため、世の中そう言うものだと思っている。査定に来た買取り業者の青年は二十一歳の新卒だという。車の買取り査定は、オークション価格と連動する。要するに、オークション価格に手数料を加えた価格より高い値で買い取ることは無理だとの話だ。車の買い取り価格に手数料や固定費などの経費、更にキズ等の修理費用まで加えれば倍で売っても儲からないだろう。利益を出すには、2.5倍から3倍くらいの値付けでなければ算盤が合わない。また、買取り担当者も歩合制があって一台に1万円の報奨金があるという。二十一歳という若さで、ずいぶんときびきびした態度で話す青年に好感を持った。熱心に話す姿を見ているうちに、価格はいくらでも良いから彼に車を売ろうと思った。また、彼の査定も本部からの指示値に数万円プラスで交渉してくれたため予想より高かった。そういうわけで、予定より4年も早く、車と縁を切ることになった。決断が早いというか、思慮浅いのかもしれないがこれが愚生の生き方だ。

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