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2022年3月18日 (金)

長生きすると周りが寂しくなる

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昨日は一度にいろいろなことがあった。16日午後11時36分ごろ、宮城県蔵王町や福島県南相馬市などで震度6強の地震があった。そのせいで、東北新幹線や東北自動車道が不通となった。愚生は秋田県にある新玉川温泉に、湯治というよりは温泉旅行のつもりで行っていた。17日は帰宅予定だったが、帰りの足に困ってしまった。やっとの思いで、田沢湖から秋田に出てタクシーに乗って秋田空港に向かった。飛行機で帰ったため、ずいぶんと余計な出費になった。何とか帰れたため、可愛いチワワのロイ君を予定通りにペットホテルから帰宅させることができた。ロイ君は訳が分からないで、心細い気分で泊まっていただろうから、気の毒なことをした。そうこうしていると、月初めにお別れを言いにいったお袋が亡くなったとの知らせがあった。時間の問題だとは思っていたが、さすがに寂しいものを感じた。遺品になるようなものは、愚兄からいっさい貰っていない。そこで、記念にと浄土真宗大谷派が本尊とする阿弥陀如来像をアマゾンで購入した。愚生自身はカトリック教徒のため、仏教に関して全く知識はない。ただ、小さい頃に曾祖母が、毎日経をあげていた記憶がある。その後、お袋も信仰心はあるとは思えないが、同様に経を読んでいた。お袋の宗教は、仏教というより祖霊信仰に近く、先祖を敬えというものだった。たぶん、生れが良かったせいで多くの土地を親から相続したせいだろう。小さい頃から何不自由なく育った母だったが、両親が早く逝ったせいで、曾祖母から叱られるということはなかった。そのせいで、奔放な性格から言いたい放題という印象があった。そういう母も春先に会った時は怒りが顔を覆っていたが、次第に柔和になってきた。介護施設の職員のお蔭だと感謝する。すぐ近くに住んでいても、面会に行かない愚兄を見るにつけ何を考えているのだろうと、その社会性のなさに呆れる。三つ子の魂百までというが、小さい頃から愚兄に友達がいなかった原因が分かるような気がする。いずれにせよ、お袋が逝ったことで、今後愚兄と付き合うことはない。また、お袋の田舎の知り合いにも、近況を知らせるために年賀状を愚生が代わって出していた。長生きすると周囲が寂しくなるという心境を多少分かるような気がした。

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