「浄粒」という教義について
昨日の米国市場は、S&P500種株価指数は6月半ば以来となる2営業日連続1%以上の下げを記録した。そして、2022年の弱気相場の半値戻しの水準である4232を割り込んだ。ただ、オプション決済期日の週のS&P500種のリターンは、過去20回のうち16回でマイナスだという。今回、米金融当局者は利上げ終了には程遠いと警告を続けていることや、連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が金融政策について発言するジャクソンホール会合も近く予定されていることも要因だろう。ところで、愚生は最近、棺桶も近くなったため人生観について考えるようになった。愚生の周りには、愚者が多いせいなのだろうか。今を生きることに、あくせくして自分を客観的に眺める友人は少ない。古希になっても、ホテルの警備員として一日に二万歩を歩くという。その労働に頭は下がるが、首から上を使った生産ができないのかと訝しく思う。愚生は「浄粒」という考えで物事を捉える。「浄粒」という単語は、愚生の造語だから辞書には出ていない。淨(土)は、仏教において、一切の煩悩やけがれを離れ、菩薩が住む清浄な国土のことだ。また、素「粒」子は、基本となる物質の最小単位だ。そして、超ひも理論では振動波だ。仏教の用語は使うが、愚生はカトリック教徒だから仏経とは無縁だ。愚生の人生観は、三次元的な事象や物質、考え方を含めすべて振動波で形成されていると思っている。要するに、歪があれば必ず復元され「あるべき振動波」に戻ると考える。例えば、悪人は報いを受ける。三次元的には、交通事故や左遷人事、病期になるなど現れ方は違うかもしれない。簡単にいえば、因果応報だ。法で刑罰を下さなくても、自然界で報いが来る。三次元的に生きている時に間に合わなければ、死後に来るかもしれない。そう考えるから、安全に今を生きるには、日々の善行が最良の行動だ。この教義は、非常に理に適ったものだと思うが、教祖になれるくらい賛同者はいるだろうか。
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