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2022年9月 5日 (月)

「浄粒」という概念

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愚生が最近「浄粒」という概念を話すと、一体どうやってそれを得るのかと問われる。キリスト教も浄土真宗も他力本願と言う本質は同じだ。そのせいで、プロテスタント教会の牧師の多くは「歎異抄(親鸞の死後30年の編纂)」を読んでいる。浄粒とは、現代文明で最も小さな単位である素粒子のことだ。そして、浄とは濁りがなく清らかなこと。つまり、物事に穢れのない素粒子ということになる。最極小と定義される素粒子も、その本質は振動波のエネルギーから成っているという説がある。要するに三次元的に散見されるものは、すべて元を突き詰めれば振動波エネルギーで形成されている。そう考えれば、過去からの概念、転生や復活も本質から大きく外れたものではないだろう。菜の花の種を植えれば花が咲く。種子をだけを見れば、ダイコンやチンゲン菜、キャベツやブロッコリー、小松菜など同種のものは見分けがつかない。どうして、あの小さな種から遺伝子が受け継がれるのか不思議だ。愚生が属する動物では、細胞から遺伝子に組み込まれたDNAが再生される。人と犬や猫などDNA構造は大きな違いはない。ただ、地球を征服した人間が自分を特別扱いして、牛や豚を合法的に殺して食している。傍から見れば、ずいぶん勝手な人間の論理だ。そういえば、自治体で行う殺処分など以て外だろう。均一な振動波に満たされた中に動きが少しおかしな波があったとする。この動きが違う振動波は三次元的に見れば、世の中のあぶれ者や問題児だったりする。現世的な刑罰で罰を逃れても、強制的に神秘の調和の中で歪んだ振動は是正される。それでは一体どうやって、集合体となった自身の歪みを補正すればよいのだろうか。それには物事の摂理に従った「他力本願」しかない。ルカによる福音書6章38節には、「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。」と生き方を諭している。他力本願で生きるには、自ら善行を繰返すことしかない。なぜなら自分ではどうしようもないことだからだ。人の道を外れたことをすれば、必ず天罰が下る。因果応報とはよく言ったものだ。

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