スポーツ

2018年12月17日 (月)

「東京町田FC」を商標出願

94db04db サイバーエージェントが財政の苦しい「FC町田ゼルビア」を買収し、J1への道が開かれたとの明るい話題があった。ところが、その親会社が「東京町田FC」を商標出願していることが解かった。現在は「株式会社ゼルビア」の名称で運営されているから、商標の対象がユニフォームやサッカーボール、広告などになっていることから、チーム名も変わる可能性がある。過去の例を見ると、クラブ名に地域名を追加するときはホームタウンの広域化を図るケースがほとんどだ。今後、町田市以外にも拡げる狙いがあるのだろうか。サイバーエージェントは運営会社の80%の株式を取得した。残りの20%はFCゼルビア町田をこれまで支えてきた少数の株主が継続する。事実上、会社の経営権はサイバーエージェントとなった。記者発表会でサイバーエージェント社長の藤田晋氏は、「東京ヴェルディの株主だった当時は、筆頭株主ではなかったため、なかなか思うような経営ができなくて撤退した。今回改めて、Jリーグの成長性・将来性に非常にポテンシャルが大きいと感じた。楽天の三木谷さんが海外のスター選手(イニエスタ選手)を日本に呼ぶ流れもあるし、東京発のビッグクラブが出るんじゃないかと思っている」と期待を述べた。この発言から、東京発という言葉が気になる。町田市民にとっては、町田は東京都であることは誰でも知っている。しかし、地理に疎い人には町田市がどこにあるかなど知らない。例えば、東名インターでも「横浜・町田IC」とある。これでは、横浜市町田区と推測する人もいるだろうから紛らわしい。「町田・横浜IC」にすべきだ。町田市を題材にした三浦しおん著「まほろ駅前多田便利軒」(第135回直木三十五賞受賞作品)という小説がある。物語の舞台となっている「まほろ市」は、神奈川へ張り出した東京都南西部最大の街という設定だ。そこは著者である三浦が在住している町田市がモデルだ。小説の冒頭は、「東京都南西部最大の住宅街であり、歓楽街であり、電気街であり、書店街であり、学生街であるがゆえに、スーパーマーケットやデパート、商店街や映画館といった施設は軒並み揃っている。そのため、生涯を通して大凡のことがまほろ市内だけで済み、街から出て行く者が少なく、たとえ出て行ったとしても、また戻ってくる者が多い。」というくだりで始まる。作中に登場する「ハコキュー」は小田急、「小山内町」は小山町と言った地名や風景の多くは、町田市内に実在する地名や建造物をモデルとしている。また、愚生も事情は知らないが、町田駅に乗り入れるバスは、何故か「神奈川中央バス」だ。地理的にも、町田市は横浜市と川崎市を突き刺した位置にある。東京の3多摩地域は、廃藩置県後に一時は全域が神奈川県に移管された。しかし、多摩3郡は明治26年に東京府へ移管された経緯がある。そういう理由で、神奈川県とは非常に縁が深く、武相新聞(武蔵・相模)という地域紙まである。ただ、NHK関東地方の放送でも、東京町田市といういい方をする。町田市民でなかった藤田社長には、東京町田FCという呼び名のほうが、耳覚えが良いのかもしれない。熱狂的なサッカーファンではない愚生にとっては、どうでもよい話だ。ただ、サポーターの人たちにはゼルビアの名前が無くなるのは辛いことかもしれない。「ザスパ草津」→サズパクサツ群馬、「コンサドーレ札幌」→北海道コンサドーレ札幌、「ジェフ市原」→ジェフ千葉など、運営会社が変わらなくてもチーム名が変わった例は多い。もっと酷い例では、「横浜フリューゲルス」→F.という一文字になった例まである。そう考えれば、町田という名称が、チーム名のどこかに入っていれば文句をいう筋合いではないだろう。いずれにせよ、サイバーエージェントには早期にJ1昇格に向けた施策を練って欲しいものだ。

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2018年12月14日 (金)

Jリーグ昇格要件で競技場の基準が緩和

1497604621_photo 今回、Jリーグ昇格要件で、競技場についての基準が緩和された。スタジアム整備において一定の条件下で猶予期間が認められることになった。J1クラブライセンスのスタジアム要件を満たしていないクラブでも、新たに設けられた条件をクリアすれば、2020年にもJ1昇格が可能となる。緩和基準の主なものは、着工しており3年以内に完成可能であれば、上位ライセンス取得可能というものだ。今回の改定に至った背景の一つには「競技の公平性」だという。今季のJ2リーグでFC町田ゼルビアはシーズン4位で順位要件を満たした。しかし、J1ライセンスを取得していないため、昇格への機会が与えられなかった。同様のケースでは、2014年のJ25位だったギラヴァンツ北九州、2017年にもJ3で優勝したブラウブリッツ秋田がJ2に昇格できなかった。そのため、サッカー専用の競技場など作らずに、昇格目的で屋根のない陸上競技場を改修する自治体がほとんどだ。当り前だろう。自治体が管理する陸上競技場であれば、住民税を使っての改修だ。いい加減なサッカー協会のクラブライセンス取得のために、市民の血税を使うわけにはいかない。2010年の事件だが、日本サッカー協会は、周知期間も置かずにJのサッカー競技場の基準を変え、町田ゼルビアに施設が不備だからと昇格を認めなかった。企業経営の経験がないサッカー協会役員には、自治体もしくは運営母体が議会や株主総会を経て予算化して執行することが簡単にできると思っていたらしい。そして、2011年には、町田市が55億円もの市民税を使い競技場を整備していたが、東日本大震災の復興作業が大きく起因して改修が間に合わなくなった。当時のチェアマンは「昇格初年度のホーム開幕戦をホームで、できないのは初めて。 憤りを感じているし、何らかのことを考えます」と厳正な処分を科すと発言した。馬鹿な日本サッカー協会チェアマンの発言で、町田市は、さらに2億円もかけて臨時施設を造らされた。10試合しか行われないため、一試合に2000万円もの無駄な運営経費だ。その後、競技場を整備した途端に下部リーグに降格し、J2のために一度も使用されない無用の施設となってしまった。こういう馬鹿がいる組織は、日本サッカー協会くらいだろう。脳みそが伴わないくせに、箱モノだけを欲しがる連中には閉口させられる。愚生も町田陸上競技場を見る機会があった。個々に分離された席が1万席もあり立派な設備が整っている。ただ、観客収容人数が1万人ということが、J1昇格の足かせだ。一方、栃木グリーンスタジアムは、宇都宮市の郊外にあるアクセスが不便なサッカー場だ。これは、J1基準を満たすというが、観客席には10人くらいは座れる長椅子が並べられているだけだ。そして、ゴール裏が立見席とかで合計15千人を収容だという。笑わせるなと言いたい。いったい、何がJ1基準なのだ。これが基準なら、芝生にしてすべて立見席でもよいはずだ。

町田ゼルビアの集客数は以下。

年度 試合数  総合来場   平均

2016年 21     107,591      5,123

2017年 21       85,177 4,056

2018年 21 103,215 4,915

2017年入場料収入 94百万円

琉球などもっと酷い。

2017年琉球年間入場者数は、僅か40,132

2017年琉球入場料収入も500万円
琉球の入場料単価は124円にしかならない。無料券を、大量にばらまいているのだろう。欧州リーグでは、5000人ぐらいのスタジアムもある。J基準は厳し過ぎる。真面目な新興クラブはバカを見る。町田市はもう50億円もかけてスタジアムの改修を始めた。今回、町田ゼルビアはJ1の道を断たれたが、柏レイソルなど基準を満たさないのにJ1に留まっていた。柏レイソルがJ2に落たため、急に緩和したのではないかと穿った見方もしたくなる。基準を満たさない柏や大宮だけを特別待遇とはおかしい。柏と大宮のJ1ライセンスは取り消すべきだ。法律でも何でもない身内ルールを盾にして、日本サッカー協会は自治体を恫喝して公金で整備を要求する。いい加減にしろと言いたい。青森には、もっと酷い仕打ちをした。J1規格で一度了承したのに、工事発注間際に屋根規定が変わったからJ3規格しか下りないと言い出す。青森は、県民の理解が得られないと、やむなく工事をそのまま発注した。少子高齢化でどこも金はない。自治体の負担をもっと軽減すべきだ。彼らは自分たちの懐が痛まないからと、平気で無茶な基準を自治体に押し付ける。長野なども、スタジアム基準がクリアできなかったときは強かった。しかし、スタジアムが出来たらチームが弱体化して、専用スタジアムが宝の持ち腐れとなった。そもそも、地方は過疎化で15千人もJリーグの試合を見に来ることはない。その地域にあった身の丈のスタジアム基準でなければ意味がない。例えば、人口50万人以下の都市ならば1万人の収容。30万人なら7千人とか。FCゼルビアは、1977年に少年サッカーチームから始まった東京・町田発のクラブだ。全国大会での小学生の活躍を受けてジュニアユース(U15)、ユース(U18)を結成後、1989年にトップチームが結成された。Jリーグクラブの中でも珍しい、大企業ではなく地域の市民が作り上げたサッカークラブだ。日本サッカー協会は、こういう本来の地域密着型のチームに難癖をつける。一方、日立やNTTをバックにした柏や大宮には基準未達でJ1ライセンスを与える。無能でいい加減な村社会の日本サッカー協会では困る。セルジオ越後など、もっとサッカーそのものに精通している人材が求められる。箱(スタジアム)などは、どうでもよい話だろう。

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2018年12月 6日 (木)

貴ノ岩は初場所で引退は免れない

18498 大相撲のモンゴル出身の貴ノ岩(千賀ノ浦部室)が、冬巡業先で付け人に暴行していたことが明らかになった。日本相撲協会は、本人から事情聴取した上で公表した。貴ノ岩も認めているというから事実だ。昨年10月に元横綱日馬富士から暴行被害を受けた貴ノ岩が一転して暴行の加害者とは、いったいどういうことなのだろう。愚生には、日本相撲協会というところは無法地帯としか思えない。協会によると、暴行理由は、忘れ物をした付け人が言い訳をしたことに腹を立てたという。口で言えばすむものを、貴ノ岩は平手と拳で4、5度殴ったという。付け人は大きな外傷はないが、ほおが腫れており病院で診察を受けた。思い起こせば、貴ノ岩への暴行で元横綱日馬富士が傷害事件で起訴された。そして、横綱は引責によって現役を引退した。旧貴乃花部屋の所属力士による暴行事件は、今回だけでない。当時師匠だった元貴乃花親方は、いったいどういう指導を弟子にしていたのか目を疑う。貴ノ岩への暴行事件で、あれだけ大騒ぎをして横綱を引退に追いこんだ。一方で今年3月の春場所中に、当時貴乃花部屋に所属していた十両貴公俊が、支度部屋で付け人の序二段力士に暴行事件を起こした。日本相撲協会は、つい10月に「暴力決別宣言」を出したばかりだ。暴行被害を受けた貴ノ岩が弱者である付け人に手を出した事実は非情に重い。複数場所の出場停止では済まされない問題だ。懲戒解雇以外の処分とすれば、大砂嵐が無免許で追突事故を起こした。その場合は、無期限自宅謹慎処分を受け引退した。いずれにせよ初場所で引退は免れないだろう。そうでなければ、他の処分を受けた力士との処罰の軽重が合わない。

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2018年11月 4日 (日)

勝った時だけのにわかホークスファンだが

Img_0 昨晩、日本シリーズ第6戦(広島0-2ソフトバンク)ソフトバンク4勝1敗1分で勝って、日本シリーズを制した。ホークスファンの愚生の目には、ソフトバンクの強さばかりが強調されるシリーズだった。特に、セ・パ両リーグのレベルの違いを痛感させられた。パでダントツに強かった西武、3位の日本ハムが出場しても広島に勝ったような気がする。それに比べてセ・リーグは2位のヤクルトこそ終盤に貯金をつくったが、3位の巨人は負け越している借金チームだ。広島はそんな弱い相手としか戦ってこなかったから、その差が大きかったのだろう。「井の中の蛙、大海を知らず」とはよく言ったものだ。広島の敗戦というが、セ・リーグ5球団にも責任はある。交流戦でもそうだが、どうしてセ・パにこれほど実力差がついたのだろうか。はやり、DH制度が大きいような気がする。それと、パ・リーグは不人気球団が多かったため、今は大企業だが、当時は伸び盛りだった新興企業の買収が多かった。古いところでは、ロッテ、日ハムだ。そしてオリックス、ソフトバンク、楽天。道楽で野球をしていた西武鉄道以外は、すべて商業ベースで宣伝効果を期待して買収している。古い南海ファンだった愚生も、こうして胸を張って恩恵を受けるのはありがたい。ホークスは、日本シリーズ制覇は 9回ある。振りかえれば、南海時代の杉浦投手(最多の38勝)がいた1959年、スタンカ投手(2試合完封)で勝った1964年だ。南海は、その後貧困に喘いで、福岡に移動する前年の1988年まで日本一はない。リーグ優勝も1973年が最後だ。その後、ダイエーになって王監督で、1999年、2003年。ソフトバンクになって、2011年、2014年 - 2015年、2017年 - 2018年と5回日本一になった。工藤監督は、4年指揮をとって3回優勝監督だから、たいしたものだ。残りの1回も2位だ。金満チームとはいうが、ドラフト制度があるから金だけでは勝てない。その証拠に、貧乏球団の広島がセ・リーグ3連覇を果たしている。愚生は、今日も日本シリーズを見る予定だったが、広島が弱すぎて当てが外れた。今シリーズの第2、3戦目で、工藤監督の投手交代が遅いと、酒を飲んでさんざん悪口を言ったことを申し訳なく思う。いずれにしても、ホークスファンとしては、優勝はうれしい。愚生場合は、勝った時だけのにわかホークスファンだが・・・。話は変わるが、サッカーの川崎フロンターレもJ1を連覇しそうだ。ソープランドで有名な川崎市をフランチャイズにするプロスポーツチームは少ない。ただ、フロンターレだけは富士通の本社(登記上)が川崎市中原区の南武線・武蔵中原駅前にあるせいで、去ることはないだろう。

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2018年10月28日 (日)

愚生をホークスファンと呼ぶのはいささか問題

4525_n 米大リーグのワールドシリーズ第3戦が、ドジャースvsレッドソックスで行われた。結果は、過去最長となる延長十八回、7時間20分にわたる大激戦の末、3-2でドジャースが勝利した。これで、ドジャースの対戦成績は1勝2敗となった。日本と違いメジャーリーグには、引き分けというルールがない。そのため、決着がつくまで延々と試合をする。午後5時10分にプレーボールがかかり、終了は午前0時30分。両軍で18人の投手が登板し、計46人が出場した。愚生も延長戦に入ってから、テレビで試合を見た。すぐ終わるのかと思っていたが、なかなか点が入らない。結局、ドジャースの前田健太が投げた十五回から彼が投げ終えるまで見た。その後、彼が降板したので、安心してベッドに入って、ながら族で野球中継を聞いた。別段、広島ファンでもない愚生は、前田健太が好きというわけではない。また、ナショナリストというわけでもない。ただ、前田がMLBで頑張っているから応援するのだろう。はっきり言って、大谷君を応援するのとは格段の差がある。試合の勝敗には興味はなかったが、前田が好投したので良かった。夜には、日本シリーズの第1戦が、広島で開幕された。広島vsソフトバンクだ。こちらは、ホークスファンの愚生は、しっかりとソフトバンクを応援した。この試合は、延長十二回の末2-2で引き分けた。MLBと同様に総力戦で、日本シリーズ史上最多タイの両軍計44人が出場した。広島は8投手、ソフトバンクも7投手の継投で乗り切った。飲酒しながらのテレビ観戦のため、4時間38分の大激戦の途中で寝てしまった。はっきり言って、どちらが勝とうが愚生にとって関係はない。勝負より、眠さが勝ったようだ。このような輩を、ホークスファンと呼ぶのはいささか問題があるかもしれない。広島が日本一になれば、34年ぶりというから、江夏豊が広島でクローザーをしていたころだ。西本監督が率いる近鉄バファローズを4勝3敗で下した。第7戦では、江夏がノーアウト満塁という絶体絶命の場面を無失点で切り抜け日本一に導いた。大したものだと感心した。ただし、無死満塁にしたのも、江夏自身だったと思う。広島が勝ったというより、西本監督の勝負運のなさで、近鉄が自滅したというほうが正しい。あの時以来、広島が日本一になっていないようだ。ところで、テレビのゲストは松坂大輔だった。以前の松坂と違い、すいぶん慎重な言い回しをするようになった。MLBに行って苦労をし、帰ってからソフトバンクに入団してもケガで投げられなかった。はた目からは、給料泥棒と呼ばれてもおかしくはない。そういう苦労と負い目で、ずいぶんと成長したのだろう。「艱難は忍耐を宿す」というが、正にその通りだ。成長しないイチローには、松坂の爪の垢を煎じて飲めと言いたくなる。

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2018年10月22日 (月)

「南海カラー」のくすんだ緑色

Sutanka ホークス(現ソフトバンク)で投手として活躍した「ジョー・スタンカ」が、米テキサス州の自宅で死去した。87歳だ。熱烈な南海ファンだった愚生は、今でもスタンカ-野村克也のバッテリーを覚えている。1964年には26勝を挙げ、阪神との日本シリーズでは3完封を挙げ、MVPに輝いた。身長196センチの大男で、通算7年で100勝72敗の成績を残した。当時のホークスといえば、現在はソフトバンク・ホークスとしてパシフィック・リーグを代表する超人気球団だが、かつては大阪に本拠地を構える南海という球団だった。晩年の南海ホークスは、「弱小の貧乏球団」という印象だ。他の球団の戦力外になった選手を寄せ集めて、野村再生工場と呼ばれた野村監督の下のチームだった。現在のソフトバンク・ホークスと真逆だが、愚生が応援し始めた昭和30年代はそれほど酷くはなかったのだが・・。南海と言えば有名な事件がある。1957年(昭和32年)のオフ、南海ホークスは二人の超大物新人の獲得に動いた。その二人とは、東京六大学のスーパースター、立教大学の長嶋茂雄と杉浦忠だ。当時の南海ホークスには、立大出身の大沢昌芳(後に大沢親分と呼ばれた)がいて、二人の後輩を熱心に南海入団を誘っていた。東京六大学の本塁打記録を持つ長嶋、絶対的エースだった杉浦を同時に獲得する腹積もりだった。先に勧誘されたのは長嶋の方で、長嶋は杉浦に、「一緒に南海へ行こうよ。南海の本拠地は大阪のド真中の難波にある大阪球場で、とても都会的なチームだ」と誘ったという。しかし、長嶋の親が遠い関西に息子をやるのに反対で、巨人入団を強く勧めたため、長嶋は土壇場で翻意した。長嶋の南海入団が反故となり、心配した当時の鶴岡監督が杉浦に「お前も巨人に行くのか?」と聞いたところ、杉浦は、「僕が約束を破るような人間だと思いますか?」と答えたという。ドラフト制度のない時代ならではのエピソードだ。こういった長嶋茂雄に不都合私事は、今でも新聞やニュースで取り上げない。ドラフト制度になってからも、巨人と言えば、エガワルと揶揄された「江川の空白の一日」、投げる不動産の「桑田真澄の早大偽装受験」と黒い噂ばかりだ。その杉浦は、1959年(昭和34年)、エースとなり38勝という大活躍により、南海ホークスはパ・リーグを制覇した。そして、日本シリーズではセ・リーグの覇者である巨人と対戦した。日本シリーズでは杉浦が4連投で4連勝、4勝0敗のストレートで憎い巨人を圧倒した。今から思えば、愚生が応援を始めた頃の南海ホークスは、黄金期の末期だった。ところで、水島新司の漫画「あぶさん」のモデルは、弱くなってからの南海ホークスだ。あるカップルが、相談をしようと店を探していた。だが、大阪ミナミの街はどの店も満員で、落ち着いて話せる場所がない。そこで男の方が、大阪球場なら誰もいないだろう、と。思惑通り、大阪球場のスタンドは閑散としていた。人で溢れている大阪ミナミの繁華街。唯一の近くで空いているのは南海ホークスの本拠地。大阪球場だと言われるくらい不人気球団に成り下がっていた。愚生が北陸の田舎で、野球帽子を作るにも、店員に南海ロゴマークを詳しく説明して作っても貰った。店員から「巨人のマークに似ているね」と言われたが、いったいどこが似ているのだと腹の中で思った。巨人か、阪神ファンになっていれば、こんな苦労はしなかったのにと後悔した。その「あぶさん」が連載を開始した1973年(昭和48年)に、南海ホークスはパ・リーグ制覇を成し遂げた。当時、大学生だった愚生は、近くの「平和」食堂で、かつ丼を食いながら、阪急とのプレーオフをラジオ放送で応援した。翌日、スポーツ紙をたくさん買い込んだ記憶がある。貧乏球団の優勝は、今後二度とないと思ったからだ。そしてそれが、南海ホークスとして最後のリーグ優勝だった。日本シリーズでは実力通り、巨人に1勝-4敗で敗れた。その時のバッテリーは、阪神で「ベンチがアホやから野球がでけへん」と暴言を吐いて辞めた江本孟紀と野村克也だった。愚生も1977年(昭和52年)のオフに、選手兼監督だった野村克也が解任されると、それ以降は徐々に南海から離れていった。そして、球団結成から50年目を迎えた1998年(昭和63年)の秋に、南海ホークスはダイエーに売却された。その後は、ホークスの好で細々と応援している。昨日は、ホークスvsライオズのクライマックスシリーズだった。両方とも好きな球団だが、熱烈な西武ファンの吉永小百合が赤色に染まったせいで、どちらかと言えば今はホークスのほうが好きだ。一方、球団が福岡に移動した大阪球場は、その後しばらく住宅展示場となり、現在は解体されて大型商業施設の「なんばパークス」に生まれ変わった。「なんばパークス」には南海ホークスのギャラリーがあり、かつての大阪球場があった場所には、ピッチャー・マウンドとホームプレートが模られている。しかし、当時、愛人だったサッチー(後の夫人)の公私混同の暴挙で、球団を追われた野村克也のものは何一つない。寂しい限りだ。野村克也は、くすんだ緑色が大嫌いだという。しかし、南海ファンだった愚生は真逆だ。愚生は、Tシャツも、チノパンもダウンコートもすべて「南海カラー」のくすんだ緑色だ。今でも、南海との確執は、愚痴っぽい野村克也が悪いと思う。

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2018年10月 5日 (金)

モンゴルに帰って二度と日本に来るな

6view 三寒四温という言い方がある。本来は、冬季に寒い日が3日ほど続くと、そのあと4日ほど温暖な日が続く。そして、また寒くなるというように7日周期で寒暖が繰り返される現象を指す。愚生の記憶では、朝鮮半島や中国北東部の典型的な気候だと習った記憶がある。日本では冬の気候の特徴として使われたが、最近は春先に使われることも多いという。昨今の複雑な気候を呼ぶなら、三寒四温というほど寒くはないから、それをもじって「三温四暑」というべきだろうか。今年は、やたらと台風が多い。それも、強烈な暴風雨を伴うから、各地の被害は甚大だ。そして、台風通過後の天気は残暑というくらいの暑さが続く。毎日、家でぶらぶらしているのであれば、さほどの影響はない。しかし、小旅行をしようと思うと、いったい何を持っていこうかと迷ってしまう。夏服の他に、秋服も持っていくとすれば、持ち物が倍になってしまう。困ったものだ。ところで、日馬富士が慰謝料を30万円しか貴ノ岩に払わないというから呆れた。少なくとも、医療費はかかった全額支払うべきだ。そして、本来得られるべきであるにもかかわらず、日馬富士の暴行で得られなくなった逸失利益も満額支払うべきだ。それを拒むとは、日馬富士は自分の犯罪を全く反省していないことになる。ならば、刑事罰をもっと重くすべきだった。本人がどう思おうと、日本で傷害事件を起こし、前科一犯であることは事実だ。モンゴル人同士だと言っても、日本国内で起こした事件だ。それであるなら、相応な示談金を支払うべきだ。嫌ならモンゴルに帰って二度と日本に来るなと言いたい。日馬富士の事件で、貴乃花部屋が潰れた。どれだけ他人に迷惑をかけているか、一度考えて見ろと言いたい。愚生が思うに、腹黒い黒幕が陰に隠れて、炙り出てこないことが問題を長引かせている。さらに、若い頃に娘の家庭教師にちょっかいを出した池坊何某という婆さんにも閉口する。

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2018年10月 4日 (木)

アフリカ系の人物として描けば人種差別?

20180912s00028000141000p_thum 某スポーツ新聞電子版に、全米オープンテニス女子決勝で、大坂なおみに敗戦したセリーナ・ウィリアムズの風刺画の記事があった。セリーナ・ウィリアムズが主審の判定に激しく抗議して罰金を科された。作者のマーク・ナイトは、その抗議する様を風刺し、コート上で子供のように地団駄を踏むウィリアムズを描いた。この風刺画が、人種差別的だと批判を浴びた。問題は、分厚い唇などアフリカ系の人物を描く際には、タブーとされる表現方法で描かれているためだという。愚生のように、米国社会の人種差別問題に疎い者にはよく理解ができない。しかし、愚生が出張で行った1980年代頃のカリフォルニアでは、口には出さないが明らかに有色人に対する偏見はあった。愚生も長期に出張する時は、宿泊費が安いモーテルに泊まった。昼飯は現地の駐在員などと食いに行った。しかし、夜や休日となると、一人で食べることになる。別に、愚生自身が白人コンプレックスを持つと言うわけではない。しかし、日本食や朝鮮食といったアジア系の食堂の方が落ち着いた。また、米国に行く飛行機の中で、偶然となりだった某社の駐在員に中西部の米国事情を聞くことがあった。その地域は米国の田舎で、日本人を見る機会が少ないという。そのため、彼を遥々遠方から見に来る人までいると言っていたのには笑った。彼らにとっては、日本人は見世物だったのだろう。一方、愚生の居たシリコンバレーの中心サンノゼは、米国の中でも進歩的な地域だった。世界中からコンピューターエンジニアが集まっていた。そういう地域であっても、キリスト教会は人種毎に集まっていた。愚生が通った日系メソジスト教会は、日系人ばかりの集まりだった。勿論、日系人と言っても米国人だ。一世や二世なら日本語は話せる。しかし、三世以降となると、顔は日本人だが、中身は米国人で日本語は話せない。それでも、日系人という枠に縛られるため、彼らはどうしてアイデンティティを保つのかと思った。同様に、コーリアンはコーリアンの教会を建てて、自分達のコミュニティを形成していた。こうなると、日本でいう宗教的なクリスチャンとは違い、米国では一つの同胞の集まる社交場になっていた。白人社会と黒人社会の場合は、奴隷制度という過去の歴史もあり、もっと深刻なギャップがあるのだろう。そう考えると、風刺画の作者マーク・ナイトが、いくら人種とは無関係だと反論しても、差別を感じた側は納得しないだろう。ただ、愚生もテレビニュースでウィリアムズの抗議場面を見たが、ゴリラが怖い形相で食って掛かっているようで、気持ちの良い場面ではなかった。あの悪態の源は、親のしつけの問題や自身の驕りからくるのだろうか。愚生は作者の「人々はウィリアムズをアフリカ系の人物として描いたから自分を人種差別主義者だと言う。風刺画が誤った見方をされたことについては申し訳なく思うが、自分はただウィリアムズの悪態を描いただけ。人種とは全く関係ない」という言葉を信じたい。日本社会でも、どうしてもマイノリティーは不利な立場だ。ただ、米国と違うことは、嫌なら母国に帰れば良い。日本に住み着いたからと言って、国籍も変えずに参政権をよこせと言うのは筋が違う話だ。

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2018年10月 3日 (水)

申し訳ないが、西岡に次はない

Ws000860 今朝のスポーツ電子版で、阪神の西岡剛内野手が、球団から戦力外通告を受けたとあった。そして、西岡自身がインスタグラムに「阪神タイガースファン、関係者の皆様へ」と別れの挨拶を載せた。内容は、女々しい長文だったが、阪神から「10月1日に戦力外通告を受けた。」ということ。そして、「また来年もプロ野球選手として甲子園の土を踏める事を一つの目標として頑張ります。」とあった。要するに、引退はしないで次の就職先球団を探すと言うことだ。彼には申し訳ないが、次はないと思う。ロッテ時代から、涌井投手(現ロッテ)との女遊びは有名だった。結婚してMLBに行っても、奥さんが妊娠で日本に帰国中に知り合いの女性を米国に呼び寄せた。そして、それが発覚して離婚となった。プロ野球選手でありながら、あるまじき不真面目な生活態度だった。才能があっても、切磋琢磨して競い合うプロ野球は厳しい。MLBに行った選手で、こんな不真面目な選手は、これまでいなかった。AAAが長かったため自ら三年契約を放棄して、金も取らずに二年で日本に戻ってきた。現役時代の働き盛りに、いったい野球とどういう向き合い方をしていたのだろうか。34歳になって、いまさら言っても始まらない。多少とも人生に対する美学があるなら引退すべきだ。そう言えば、先日、貴乃花も引退した。これまで、自分が騒げば一代親方の「北の湖親方」や「大鵬親方」が間に入って助けてくれた。入門時には、叔父さんの二子山理事長もいた。彼らの威光があって、我儘を通しても道理が引っ込んだ。自分が尊敬されて、周りが引いたのではなかった。愚生などでも、F社を退職してそれを痛感した。周囲はこれまで、愚生に対してではなく、名刺に対して一目置いてくれたのだと解った。貴乃花も、我儘で振り上げたこぶしを下すことができなくなって引退する羽目になった。景子夫人とも別居というから、いずれ離婚だろう。支えてきた彼女の苦労も、水の泡にしてしまった。貴乃花は相撲取りとしては、自分自身を研鑽して素晴らしい。しかし、一般社会に適応することはできなかったようだ。ただ、西岡剛の場合はそう言う次元ではない。彼の場合は、身から出た錆としか言いようがない。

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2018年10月 1日 (月)

持っている人は違うと感心

81727 今朝、朝飯を食べながらテレビのチャンネルを回すと、エンゼルスvsアスレチックスとの最終戦が放映されていた。9回裏2-4でエンゼルスが負けていた。バッターの打順は大谷君からだった。試合は負けだろうが、最終戦の最後に一本ヒットを打って、スッキリ終わって頂きたいと思った。そうすると、期待通りに大谷君にヒットが生まれ、続く打者の連打で逆転サヨナラ勝利となった。やはり、持っている人は違うと感心した。愚生が2324歳だった時と比べると、雲泥の差がある。彼はスポーツマンとしても立派だが、人格も感心する。なかなかこういう好人物はいない。親の育て方も立派なのだろう。一方、未だに諦めが悪く、チームにしがみ付いているメジャーリーグを引退した日本人野球選手もいる。一こと言うにしても、批判的だったりして好きになれない。身内や仲間内でも嫌われているようだ。他人の目も少しは気にしたらと助言したくなる。歳を重ねても人格が欠片も形成されていない。こういう自分勝手な選手は、早々に記憶から拭い去られるだろう。野球では、勝利に貢献する打点やOPS(勝利に貢献する長打力)が重要視される。単打の積み重ねによる打率などは評価されない。ファーボールを含む出塁率の内数としては見られるが・・。そう考えれば、日本のマスメディアの報道の観点も、ホームランバッターとしての大谷君が活躍してから変わってきた。まあ、野球は色々と問題はあっても健全なスポーツだ。ところで、日本の大相撲も今期での引退者が多い。殴った日馬富士と殴られた弟子の貴乃花親方なども引退する。双方相打ちで辞めることになったが、お互い納得はいかないようだ。本気で殴り合わなければ、二入りとも今も相撲界に居ただろう。野球界と違って相撲界は、日本相撲協会も殴った横綱も、そして被害者側の親方も問題だ。誰か一人でも、真面というか一般常識があれば、こういう不幸な事態にはならなかった。身から出た錆と言えば、それまでだ。しかし、相撲協会理事長の八角親方が責任も取らずに居座る姿勢には、やはり程度が悪いというか、責任の所在が曖昧だとしかしか言いようがない。公益法人であるから、内閣府が厳しく指導し正すべきだ。

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