ペット

2020年3月 2日 (月)

何か寂しい気がするが

Image0
愚生の住む〇〇団地は、昭和40年前後に分譲された。それは、サラリーマン向けの土地付きの小さな建売り住宅だった。東京郊外の南に位置するM市は、当時はタヌキやキツネが出没するような所だったに違いない。その地に移り住んだ人たちは、地方からのお上りさんが多かった。30代半ばから40台の世代が、分譲された小さな住宅を購入した。今を昭和で数えれば、昭和95年だから55年も前になる。初めて住んだ世代は、85歳から90歳くらいになる。そういう訳もあって、最近はやたらとあちこちで葬式が多い。昨年は、愚生宅の裏の家で、今年はお隣がご不幸だった。85歳、94歳というご高齢だから、いずれも天寿だろう。そして、まだまだ予備軍と言うと失礼だが、後に続く人々が多く住んでいる。最寄り駅や市役所から徒歩圏と利便性が良いせいで、臨終まで住む人が多いようだ。平均的なサラリーマン層が多く、子育てをして、住宅ローンを返した後に、他に移り住む余力がなかったのだろう。そういうわけで、土地バブル期に移り住んだ愚生などは、30年経ても未だに最近来た人といわれることがある。平成の初期だから、古い原住民より四半世紀後の移住だ。そういう愚生も、年を経て子供たちが巣立ってしまうと、老夫婦と老猫一匹になった。何か寂しい気もするが、愚生の両親も同じ気持ちで歩んできたのだろう。ところで、猫と言う種族は、よく自分の環境を見ている。子供たちがいなくなると、徐々に態度が大きくなってきた。老猫は、こちらの言うことがほとんど解るようで「お休み」と言えば、「ニャゴ」と偉そうに返事をする。本人は知らないだろうが、彼の爺婆はチャンピオン猫だった。そのため、愚生と違ってやんごとなき血統の身だ。親の欲目かもしれないが、その辺の野良猫と違い何か風格が備わっている。お互い年老いてきたから、次に飼うペットはないだろう。田舎育ちだった愚生は、小さい頃から犬や猫、鳩、ニワトリ、カナリア、セキセイインコ、亀、鯉、金魚など多くの生き物を飼ってきた。このように人生を振り返るようでは、今流行の武漢ウイルスに付け込まれてしまう気もする。

| | コメント (0)

2019年10月 7日 (月)

歳を重ねると考えることが小さくなる

13_20191007080001  昨日、カミさんが田舎から返ってきた。愚生は、酒を飲んでいたせいもあって就寝中だった。愚生宅の「番猫」のりりさんは、小さな声で10回も「ニャー」と泣いて抗議したという。さぞ心細かったのだろう。朝起きて愚生がダイニングテーブルに行くと、仁王立ちのりりさんは、まず自分の餌をくれと顔で促した。よほど愚生のことが信用ならないので、餌を与えるのを忘れるのではないかと心配していたようだ。高貴な血筋のりりさんは、餌を入れたからと言ってすぐに食べるわけではない。それで納得して、あとは猫食いというか、気まぐれに腹のすいた時に食べる。生まれたときから餌に飢えたことがないせいか、ガツガツ食べるという事がない。生誕60日で、ペットショップから愚生宅に下野した。そのため、自分が猫だということを誰からも教えなられていない。そのせいか、序列についても遠慮するとかということはない。家も自分の物だと思っているから、爪で引っ掻いて傷つけるということはない。動物病院に愚生が子供抱きして行くと、血筋の良いせいか、若いおばさんから「イケメン」だと褒められる。愚生の事ではないが、何か自分ことのように嬉しくなる。爺さんも婆さん猫も、チャンピオン・キャッツとあって血筋の良さが顔に出るのだろう。つくづく、ペットショップに払った金が惜しいとは思わない。やはり、イニシャルコストは大切だと思う。見目麗しくもない野良猫に、可愛いと言って話しかける友人には同情したくなる。味噌も糞も一緒にしないで、日本語を正確に使用してもらいたいという気分になる。ところで、今日は歯医者の検診の日だ。若くてきれいな検査技師に当たれば、朝から運が向いてくるだろう。歳を重ねると、考えることが本当に小さくなる。愚生の脳も委縮してきているのだろうか。

| | コメント (0)

2017年1月 4日 (水)

愚生が誇ることではないが・・

32000001_11b  愚生の家には、10年間半くらい住んでいる猫(ロシアンブルー)がいる。第18回FIFAワールドカップは、2006年6月9日からドイツで開催された。開催日に来たため、その日を忘れることはない。誕生から60日くらい経って、半額セールになった時に来宅した。もちろん、本人はそんなことは知る由もないため、遠慮など微塵も見せない。生まれてから、ゲージ育ちのため、飢えた経験はない。上げ膳据え膳の、室内一頭飼いの暮らしだ。そうゆう訳もあって、自分自身が猫だという認識はないようだ。愚生の欲目だが、スターウォーズのマスターヨダにそっくりの顔をしている。思慮深い顔なので、猫が何を考えているかは、表情でだいたい読み取れる。二週間くらい前に、10年間くらい使用したキャットタワーが古くなったので、クリスマスプレゼントのつもりで買い替えてやった。余程それが気に入ったのか、それ以来、昼、夜、寝る時も、キャットタワーから離れることがない。一頭飼いのため、自分の縄張り意識をしっかりと持ち、自分のペースで生活している。そのせいか、愚生の部屋は自分の縄張りでないことを十分知っている。愚生がいない時に、かみさんの後についてしか入らない。一方、キャットタワーは完全に自分のものだと思っている。二番目に高い留まり場に寝ていると、愚生の目線より低くなる。上から目線で眺めていると、何を思ったのか一番高い留まり場に移動した。そして、せいいっぱい顔を天井に向けながら愚生を上から見下ろす。自分の縄張りに近づかれたのが嫌だったのだろうか。どうも、自分の方が愚生より上位者だと威嚇しているようだ。血統書には、祖母猫や祖父猫は、チャンピオンキャツとある。事実かどうかは別として、飼い主と違いオスだが見目麗しい姿をしている。別段、愚生が誇ることではないことはわかっている。しかし、みっともない野良猫をあばたもえくぼだと言いながら飼う友人に、血は争えないと上から目線で言うのは愉しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月 4日 (土)

家のロシアンブルー

Image_2 毎年、正月に家族そろって記念撮影をする。正月といっても、いつも普段着姿のため他人には見分けがつかない。家に居るロシアンブルーも、家族の重要な一員だ。誰かに抱きかかえられて写真に入る。しかし、その猫さんは、抱っこが嫌いなため長い時間の撮影は難しい。マスターヨダのように表情がすこぶる豊かなため、機嫌の悪いときは堕天使のような顔になる。ご機嫌をとって何枚か撮影しないといい写真にならない。カメラは、小生の道楽で、一眼35ミリ撮像素子を備えるため、誰が撮ってもすばらしい写真が取れる。生まれてすぐに親から離され、ペットショップの小さなガラス張りのゲージで育ち、生後60日くらいで家に来た。本人は、一匹室内飼いのため、猫という自覚は、全くない。大人ばかりの家で、可愛がられているせいもあって、威風堂々としている。そして、買って来た恩義のある小生以外には、抱っこを簡単にさせてくれない。そういうわけで、いつも撮った写真の小生が猫の可愛い顔に隠れてしまう。不満はない。還暦過ぎた加齢臭の伴う顔より、高貴な血統を持つロシアンブルーのお陰で、写真全体が美しくなるからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)