心と体

2017年3月20日 (月)

つくづく、晩節には美学が必要

Img   今日は、お彼岸だ。日本では宗教的行事として、年に2度春分の日と秋分の日を中心に彼岸会を行う場合が多い。ただし、旧暦を用いたる地域などもあり場所により異なる。 お彼岸といえば悟りの世界だ。戦前教育を受けた年配者は、年々、彼岸(極楽浄土)に行って少なくなってしまった。まして、愚生のようにキリスト教に改宗した者にとっては、春分の日という祝日以外に意味はない。母が地元を離れ、介護施設に入ったこともあって、父の墓参りに行く機会もすっかり減った。さらに、愚兄が実家を更地にしたことで、田舎に帰っても行く場所もない。本籍まで東京に移した愚生にとって、生まれ育った土地へ思いは歳を重ねるごとに減っていく。ところで、この時期になると、いつも大学時代の卒業式や入学、F社への入社のことを思い出す。当時を思い出せば、頭の中は将来への不安でいっぱいだった。それまでを振り返れば、自分の能力に確固たる自信を持てなかった。そう思いつつ、今更後には引けないことも承知していた。ひかれた線路に沿って前に進むしかなかった。一部の特別な人を除けば、人生の中で成功や失敗、そして幸運や不遇に出くわす。中には、山高ければ谷深という人もあるだろう。そして、全員行きつくところは彼岸だ。持ち物が多い人に限って、此岸(しがん)にしがみつくかもしれない。晩節に大言壮語の仮面が暴かれ、小心者の本性を曝した石原慎太郎のような恥知らずな輩もいる。つくづく、晩節には美学が必要だと思う。愚生が勤め人を早期退職したのも、後味の悪い人生という思いを残したくなかったからだ。

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2017年3月 8日 (水)

当時の青臭く甘酸っぱい気分

Images 愚生は、小規模な集まりの同窓会事務局をしている。そのため、連絡が途絶えている友人に、当時の帰省先へ葉書を出すことがある。相手が誰だろうと、返事が来ると懐かしい。大学時代から還暦過ぎた今まで、約40年以上ものギャップがあるせいだろうか。インターネット社会の現在に、葉書を通信手段に使うことに疑問はある。コンピューター企業で勤務した愚生にとっては、今の若者と同じくらいネット社会は身近なものだ。しかし、ご近所や友人の中には、スマホではなく携帯電話を使う人も多い。愚生くらいの年齢の人達の多くは、携帯メールも使わない。全てにおいての真理だろうが、必然性がないものは使われない。日本に英語が普及しないのは、話さなくても困らないからだ。コンピューターが情報端末として導入されていない小規模な会社や、子供がいない家庭ではネット社会との接点は少ない。そう考えながら、連絡がつかない友人に思いを馳せると、当時の青臭く甘酸っぱい気分になる。学友とは、健康や老後への不安の話しも多い。将来の年金枯渇にも話しが向く。若い頃は、その時点の不満しか目に入らず、先々のことは思慮していなかった。自分の仕事に納得がいかず、途中でキャリアを一から作り直した人。最初の住宅購入で、人生の大半を住宅ローンと付き合う羽目になった人。振り返れば、愚生の時代は土地バブルが崩壊して土地神話の終焉を経験した。還暦を過ぎた自分を見れば、先々に新しい光など見いだせない。島倉千代子の「人生いろいろ」という歌がある。人それぞれ、いろんな思いを抱えて終着駅に飛び込んできた。中には、まだ終着駅ではないと言い張る人もいるだろう。しかし、時が受け入れざるをえなくする。

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2017年2月26日 (日)

興味本位で他人の人生を眺めて

201406020908415e0 人の人生とは、奇怪なことが多い。特に、勤め人などを辞めて時間が出来てくると、他人のことにまで目が行く。勤め人をしていると、会社の業績、上司・同僚・下役さんなど、人間関係に煩わされことが多い。自分の事が精いっぱいで、とても他人の生きざまなどに入り込む余裕はない。愚生は、勤め人時代に管理職試験を運よく通ったせいでマネージメントに携わることが長かった。そのせいだろうか、他人の人生観や価値観を近くで垣間見た。そして、自分とのかい離を認識し、自己の価値観を部下の中に極力紛れ込まさないように注意した。人の幸不幸や優劣、人生観など、切り口が違えば何が良いかなど怪しい。人はそれぞれ、自分の人生に合わせて価値観を作り直し、そして妥協して生きていく。絶対的な物差しなどあるはずはない。愚生が宗教に凝った時などは、宇宙には水素とヘリウム元素しか存在しなかった。超新星の爆発で炭素や酸素などを含んだ塵やガスができた。そして、その残骸が惑星の材料となり、地球が生まれた。その地球から生まれたものが私たちだ。人を構成するものは、宇宙の塵だから創世記3章19節にあるように「塵にすぎないお前は塵に返る。」と都合よく解釈した。こう考えれば、人の人生など取るに足らないものだから、日常のことに煩わされなくなる。しかし、負け犬の遠吠えと聞こえなくはない。いずれにせよ、人生で「もし」という選択があった時に、妥協しないで生きた人も少なくはない。それと同時に、結果がでなかった人もかなりの数だろう。しかし、彼らの多くは、一度の人生だから、悔いがないようにしたと弁明する。ただ、この歳になって、興味本位で他人の人生を眺めて愚生は思う。「悔いがない」という美辞麗句で、自己の客観的評価の誤りを、結果が伴わない原因と考えていないのではないか。身の丈に合った選択をすれば、それほど悩むことはなかった人生だろうに。余計なお世話だが、そう思われる人も多いのは事実だ。

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2017年1月12日 (木)

問題は、三菱電機の企業体質

070331144610 厚生労働省神奈川労働局は、三菱電機と元上司一人を違法な長時間労で書類送検した。電通の高橋まつりさんの場合は、愚生が働いた業界と大きく違うためコメントはしなかった。しかし、今回の三菱電機は、全く同様な職場環境だったので何が問題なのかよくわかる。今回訴えた男性は、博士課程を出て、三菱電機に入社した。平成25年4月に入社後、先進的な研究の発表を促されていたのと同時に、製品のトラブル対応を求められ、26年1月から業務が膨大になった。翌月は2日しか休みがなく、食事がのどを通らなくなり、手が震えるようになった。残業時間は月160時間に上ったが、会社への申告は「59時間」しか認められなかった。この辺が、愚生が勤務したF社と大きく違う。博士課程を出た人材とはいえ、入社二年ではフレックス勤務は認められないから、残業がつくようだ。ただし、一般的な大手企業は、タイムカードで出勤・退勤を記録して、自動的に残業時間を計算する。つまり、自己申請などというサービス残業は発生しない。今回の場合も、拘束時間が160時間であれば、残業が160時間でなければならない。上司一人が書類送検と言うが、会社ぐるみの違法行為だ。直属の上司である課長や室長の問題ではない。配属先の情報技術総合研究所では、休職している人は多いというから、職場環境が発病の原因だ。三菱電機の直属の上司にしても、「お前の研究者生命を終わらせるのは簡単だ」「言われたことしかできないのか。じゃあ、おまえは俺が死ねと言ったら死ぬのか」などと言って、不眠を訴えても仕事は減らなかった。平成26年4月に鬱病になり、薬を飲みながら仕事をしていたが、同年6月には医師から勤務停止を求められた。これは明らかに三菱電機の企業体質問題だ。医師の所見が出ているのに、仕事を減らしたり職場を変えたりしないことは、課長というか、人事権のある組織長の問題だ。課長も問題だが、部長はもっと問題だろう。書類送検する人物が間違っている。博士課程を出ているからといって、入社二年目の新人を脅して仕事をさせようという上司は、管理職として失格だ。しっかりとした管理職試験もせずに、部下の管理を任せる企業の問題だ。愚生の経験でも、鬱病が多発する部署は、仕事内容や残業時間ではなく、上司の言動や職場の雰囲気だった。愚生は、F社で多くの批判を浴びた管理職の一人だったが、若い人には煽てて仕事をやらせるようにしていた。脅しても委縮するだけで、仕事の効率は上がらない。今回、男性は「高橋まつりさんと自分は紙一重だったと思う。」と言っているが、これは違うと思う。三菱電機に限らず、このような事例は生き馬の目を抜くような競争の激しい電機労連では、一般的なことだと思う。男性自身が、仕事に向いていなかった気もする。改善すべきは、三菱電機で行われている給料を減らすための、明らかに違法な残業時間の自己申告制だ。あとは、脅して働かせる馬鹿な上司だ。自分の不安を、部下を脅して煽るようなケツの穴の小さい人物を管理職に登用するからだ。愚生のことを持ち出して自慢するわけではないが、部長職くらいの職責になると、必ず部門に一人や二人の鬱病患者を抱える。直属の課長は、本人がやる気がないと言う。そして、人事部の管理部門からは、勤怠が悪いとクレームがつく。愚生は、可愛そうなのでフレックス勤務にして、彼のために好きな時に出社できるように変えてやった。人事部から、さんざん非難されたので、「部下が自殺した場合、人事・勤労部が責任を取ってくれるのか」「医者が所見を述べていることを守らないのは、労働基準法に違反する。」「人事・勤労部は漢字を知っているのか。勤労とは、労働に精を出すと書く。病気の者に、無理に仕事をさせれば、さらに悪くなる。」といって黙らした。そのせいか、愚生は事務管理部門からはすこぶる評判が悪かった気がする。勤め人など、所詮、労働と対価だ。会社は、従業員が病気になっても守ってくれない。組織の長となる上司がその役を担わなければ、部下はついてこない。こんなことは、当たり前だろうと言ってやりたい。

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2016年12月31日 (土)

長生きには、いったい何文の得

C_1497_14_20070817_075439_03_v 今日は大晦日、一年の終わりのだ。一年を振り返って見て、何が愚生にとって大きなことだっただろうか。スポーツでは、リオ・オリンピックの活躍、作新学園の甲子園優勝、日本ハムの日本一といろいろある。しかし、どれも愚生の贔屓チームではないため、それほどの感激はない。他人には、つまらない事だろうが、愚生にとっては妻の長期入院だ。平生当たり前だと思っている健康が、いかに大切かをつくづく思い知らされた。健康に限らず、人は失くして初めて気づく事が多い。元気印のような友人が、頭が痛いと言いながら、病院にも行かずに脳溢血で死んでしまった。無病息災というが、実際は一病息災のほうが健康には良いのかもしれない。長生きを望む人は多い。しかし、長生きをしたからどうなのかと問われると、答えに窮する人も多いだろう。多くの高齢者が、良かったと思える人生を歩んだかと言えばすべてがそうとも思えない。愚生の母も、年明けた三月に卒寿となる。会えば、自分は長く生き過ぎたと愚痴を溢す。その一方で、インフルエンザの予防注射などには、怠りがない。愚生が小さい頃は、還暦や米寿などはよく耳にした。しかし、白寿、紀寿、茶寿、皇寿、大還暦、天寿という語彙は聞き覚えがなかった。昨今、社会保障費の増大が若者の将来を危うくすると叫ばれる。早起きは三文の徳と昔から言われているが、長生きには、いったい何文の得があるのだろうか。そう問いたくもなる。

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2016年12月30日 (金)

生まれ育った土地を離れる辛さ

E5af8ce5b1b1e381a8e3818de3819fe382a  昨日は、大学時代の別口の忘年会だった。自分が幹事ではないため、待つのも嫌だった。そこで、10分近く遅れ気味に行った。しかし、愚生以外は全て定刻に来たようで飲み会が始まっていた。勤め人を辞めたせいもあって、飲み会がめっきり減ってしまった。愚生の体には良いことだが、たまにアルコールを飲むと心身ともにこたえてしまう。弱くなったというか、正常になったのだろう。薬漬けにはなっているが、大病は患っていないため感謝しなければならない。年末年始と言うと、愚生のような田舎出身者にとっては、子供を連れで大移動の時期でもあった。今は、田舎の実家もなくなってしまったためその用もない。寂しい気もするが、介護施設に入っているという安心感の方が先に立つ。これまで、いくら帰省費用を使ったのかと計算してみると、田舎で新築一戸建が建つくらいの金額だ。東京生まれで、親の土地を受け継いだ人と比べずいぶん無駄な出費だ。ただ、田舎を持っているため方言や地方の文化にも親しい。そう考えると、田舎生まれも全てが悪いわけではない。約40年ぶりにあった学友は、理由があって、還暦を過ぎてから生まれ育った土地を離れて、東北地方に移り住んだ。愚生が慣れたかと聞くと、何度も泣いたという応えだった。若い時に見知らぬ土地に移り住むのと違い、還暦過ぎてからでは辛さが身に染みるようだ。若い時は、若さで順応したが、年老いてからでは身が持たない。そう思うと、長野の介護施設にいる母が、本人の希望とはいえ不憫に思える。

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2016年11月16日 (水)

完全雇用が保証のサラリーマンは気楽?

20141021170454  勤め人を辞めて、もう7年も経つ。就職をしてから、会社を辞めるまで、毎日通勤した。労働者とは、どの部分とは特定しないが、労力を売って対価を稼ぐ資本を持たない階層だ。そういう意味では、資本家以外はサラリーマン社長も含めてすべて労働者に該当する。植木等の「サラリーマンどんと節」の一節に、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という歌詞がある。作詞は、青島幸男だ。国会議員や都知事時代には、ろくでもない奴だと思っていたが、作詞の才能には感心する。歌を聞けば共感する内容も多い。自由業の青島幸男には、会社がつぶれない限り完全雇用が保証されているサラリーマンは、気楽な稼業に見えたのだろう。愚生も会社を早期退職し、自分で稼ぐとなると、そのことは痛感させられた。サラリーマンをやっていて、働きに比べて給料が安いという不満は常にある。民間企業なら赤字が出れば、管理職の給与カットもある。しかし、月々働いても給与がマイナスになるということはない。そう考えると、気楽な稼業のような気もする。そして、歌詞にあるように、立場を利用して私的な呑み代やタクシー料金を会社に払わせたことも多かった。ただ、競輪競馬、パチンコ、マージャンという非生産的な娯楽は好きではなかった。そのせいで、住宅ローン以外の借金はなかった。ところで、大企業に勤務した愚生でも、零細企業の経営者や自営業の厳しさは容易でないことを知っている。そう考えると、もう一度人生をやり直せと言われれば、虫のいい話だが、潤沢に資本がある環境で雇う側で臨みたい。
作曲:萩原哲晶
作詞:青島幸男
サラリーマンは
気楽な稼業と きたもんだ
・・・・
二日酔いでも 寝ぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せば
どうにか格好が つくものさ
・・・
酒を呑んでも デイトをしても
三度に一度は おやじのツケさ
遠慮するなよ グッとあけろ
ツケのきく店 また探そ アッソレ
・・・・
社長や部長にゃ なれそうもねえが
停年なんてのァ 未だ先のこと
競輪競馬に パチンコ マージャン
負けりゃやけ酒 又借金 アッソレ
・・・・

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2016年10月28日 (金)

「女心と秋の空」

E7a78be381aee7a9bae381a8e382b3e382b  「女心と秋の空」という故事がある。意味は、変わりやすい秋の空模様のように、女性の気持ちは移り気だということらしい。愚生の母は、いわゆる戦前教育を受けた一人娘の跡取り娘だった。お嬢様育ちで、小さい頃から遊び相手にと母のために女中を雇っていたという。戦時中でもコメや砂糖もあったから、不自由はなかった。そして、家でぶらぶらしていると、女子挺身勤労令によって工場などでの勤労労働につかされるため、縁故採用で銀行に勤務したと話す。小さい頃から、不自由なく育ったせいだろう。母は、我慢をするということができない性格だ。親父が人と話をしていても、関係なく割り込んでくる。電話で話をしていても、平気で他人の批判をする。愚生も聞いていてハラハラさせられることが多かった。祖父母や親父が死んだ後、周りで母を守ってくれる人がいなくなり辛いことが多かったようだ。自己中心的な物の見方が強いため、愚生が遠路遥々慰問に行っても自分に会いたいから来たと思うらしい。そして、また愚痴を言いに来ても良いなどと、頓珍漢なコメントをする。ご近所さんが来ても、寂しいから自分に会いに来たと思うらしい。そして、母は自分の思い通りに行かずに感情が崩れると、相手が傷つくような言葉を選んで罵詈雑言を放つ。先日、長野の介護施設まで会いに行ったが、愚兄や邪な兄嫁が何を吹き込んだかしらないが、不愉快千万な対応だった。いったい、愚生の何が悪いのかと問うと、そうではないという。つくづく「女心と秋の空」という故事が頭をよぎった。母の頭から、疑念が消えるまで待つしかないという心境だ。そのせいか、気が重い毎日が続く。毎日、何があっても泰然自若でぐっすり眠れる人を見ると羨ましい。

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2016年10月16日 (日)

電通の事件は会社ぐるみの殺人だ。

 Icon175x175 電通に勤めていた入社二年目の女子社員が過労を苦に自殺した。これに対し、武蔵野大学の教授が「残業100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」などとインターネット上に投稿していたことが批判を呼んだ。この長谷川秀夫教授という人は、企業の実態など知らないのだろう。経歴を見れば、東芝やコーエー、ニトリの財務部や執行部員を経て武蔵野大学の教授に着任している。企画や開発、営業などの直接部門の経験はない。間接部門である財務畑しか歩いていない。愚生の記憶でも、歳を重たり、肩書きが付くと、調子に乗って暴言を吐いたのだろう。厚生労働省が過労死リスクの高まる「過労死ライン」として示している時間は、残業80時間だ。しかし、実際に仕事が苦痛で過労死に結びつくかは、時間そのものより環境も大きく影響する。今回の女子社員は、精神的に追い詰められて自殺した。心臓まひや脳卒中という外的要因ではない。自殺直前の2カ月に、友人や母親らにメッセージには、「遺書メールに誰を入れるか考えていた」「休日返上で作った資料をボロクソに言われた。もう体も心もズタズタだ」「眠りたい以外の感情を失った」「生きているために働いているのか、働くために生きているのか分からなくなってからが人生」「土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」「毎日次の日が来るのが怖くてねられない」と苦しみがつづられている。そして、社員寮の4階から投身自殺をした。愚生が思うに、人事管理をすべき上司は、一体何をしていたのかと言いたい。新聞によれば、上司から「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「女子力がない」と言われるなどと暴言を浴びせられている。そして、お前の残業時間は、無駄だという発言もあった。電通では、職場の上司に立つ人に、その肩書きに見合った教育を施しているのかと問いたい。その部署の仕事がうまく捗らないからといって、部下の個人攻撃をすることはパワハラだ。この上司は馬鹿としか言いようがないが、そういう社風を放置している社長も糞だ。電通の社員手帳に掲げられている社訓というものがあるらしい。その一つが以下の訓示だ。
「取り組んだら『放すな』、殺されても放すな、目的完遂までは。」
馬鹿なことを社訓に掲げている。時代錯誤も、いい加減にしろと言いたい。そもそも、死んでしまえば終わりだ。馬鹿も休みやすみ言え。電通の社長は、自らの責任を明らかにすべきだ。愚生の勤務したF通は、管理職試験は厳しくヤクザな会社だった。しかし、管理職としての人事教育は厳しくさせられた。今回の電通の事件は、自殺ではない会社ぐるみの殺人だ。

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2016年9月24日 (土)

大手三社のシェアが減るとは思えない

Iphone5sbig1_2 総務省の指導で、携帯大手が他社から乗り換えた新規契約者の端末代を実質0円とする大幅な値引きが減った。一方、携帯電話の販売代理店は、客のスマホの購買意欲が落ち、販売台数が激減したという。これに対応するため、大手各社は中古スマホの買い取り価格を上げて割引を行っている。どうも、いたちごっこになっているようだ。そこで総務省は、今度は回線貸出料を下げて、格安スマホ業者やMVNO事業者を支援するという。貸出料が下がれば、格安スマホ事業者の負担が減って経営基盤が強化でき、利用者が支払う通信料金が安くなる効果も見込めるからだ。愚生などは、数年前にauがiphoneに参入した時に、二年縛りでただ同然の価格でスマホを手にした。その後、二年経ち、ほっておけば通信料金は大幅に上がることを知った。いろいろ調べてみた結果、安くするには他社に乗り換えるしかないことが分かった。しかし、家電話の回線までauから他社に変えるのは面倒だし、こんなことはいつまでも続けていられないと思った。結局、高くてもsim freeのiphoneをアップルから直接購入して、MVNO業者と契約した。中古スマホを売却したため、実質5万7千円で購入できた。24月で割ればスマホの価格は2,375円/月くらいだ。家でwifi接続が多い愚生には、3G/月で十分なため、1600円/月(税抜き)のMVNO業者と契約した。かみさんのガラケーも、1700円/月支払っていたため、zenphone maxを二万円二千円で購入して、愚生の契約でsimを一枚追加したため、1,100円/月(税抜き)ですんだ。また、家電話もauからso-netEUROにしたため、1000円/月安くなった。ただし、愚生の家には、これまでの経緯でNTT,KDDI,so-netと三本の光ケーブルが引かれている。まったく、無駄なことだと思いつつも、事業者競争の激しさを思い知った。総務省の言うように、自分の使用形態に合わせて、MVNO業者を利用すればかなり安くできる。ただし、自分でsimを調達して挿入した場合、問題が起きればある程度は自分で検証しなければならない。通信機器に疎い人にはおっくうなことだ。こう考えると、回線貸出料が下がったからといって、すぐに大手三社のシェアが減るとは思えない。どんな形態でMVNO業者を利用しようが、大手三社の独占状態の通信網を使うしかないからだ。

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