心と体

2017年5月20日 (土)

自分の身の丈に合う生活

Moto_jisshushitsu 人が老後をどう過ごすかは、人生において重要なことだと思う。小さい頃から、学校に行かされテストに追いまくられた。大学に入って、親から離れてやっと自身の自由が満喫できた。一方で、親から離れた見返りに将来への不安が横切った。生まれ故郷を離れ、地縁も血縁もない場所に居を構えたから、自由の代償は大きかった。友人作りも一からやり直しだったが、愚生の過去を知られない分だけ、しがらみに囚われなかった。その四年間も過ぎ、就職・結婚・勤め人を終え老後に入った。特許関連の会社のお祝いで、勤め人時代の先輩が、自分は356連休だと寂しそうに語ったのを聞いた。学生時代や勤め人時代には、休日が本当に嬉しかった。その休日が毎日与えられると、逆に自分の居場所を見つけられない人もいるようだ。愚生も勤め人時代のトラウマからか、緊張感のない日々は苦痛を覚える。何かに取り組む自分を見つけなければと問い直す。ただ、共感しあえない相手との付き合いは、勤め人時代も含めて苦痛の種だ。いまさら、教会や町内会の集まりなどには入りたくない。そう思うと、自然とパソコンの前に座り、自分一人のバーチャルな世界で過ごす。もちろん、バーチャルと言っても、ブログの世界だけで、株の売買などは現実そのものだ。時間がある分だけ、ニューヨーク市場の海外取引も可能になった。いまさら、お金儲けであくせくはしたくはない。しかし、やるからにはギャンブルと同じで勝ちたいと思う。儲けたら旅行に行こうと言いながら、結果はいつも貯えを取り崩して行くことになる。貧乏は貝を分けると書く。計画性を持って、身の丈に合った生活をすれば、平和な日本では普通に過ごすことができる。散見すれば、無理をして窮屈な老後生活を送っている人もいる。自分の見栄や誇りを持つことは大切だ。しかし、終焉が近い老人のことなど周囲の人は興味を持たない。自分に言い聞かせてきたことを息子にもよくいう。人より良い生活をしようなどと思わないで、自分の身の丈に合う生活をしろと。

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2017年5月13日 (土)

親思うこころにまさる親ごころ

Dsc03840 歳を取ると新聞やスマホを読むにも、遠近両用の眼鏡を外すことが多い。何のための老眼鏡かと言いたい。一方、見えなくてもよいものまで見えてくる。それは、年寄りの心理というか、普段気づかなかった相手の潜在的に持っていた価値観だ。この場合、向こうに悪意がないだけ、よけいにがっかりさせられる。そして、今まで自分の取ってきた気づかいが空しくなる。解りづらい表現で書き綴ったが、自分の親兄弟に対しての率直な心境だ。相手の考え方が変わったわけではないから、良し悪しではない。愚生の認識が誤っていたということだ。親だから、兄弟だからと、ある一線に対しても、好意的な見方をして相手の真意を見誤っていた。戦前教育を受けた母だったが、一人娘で小さい頃から我慢するということがなく育った。だから、長幼の序などという古いしきたりなど気にせずに、遠慮なくはっきり物を言った。死んだ後の親父のことでも、感情の抑制が効かないのか罵詈雑言を他人の前で平気で吐いた。ただ、先祖や血筋ということに関してだけは、戦前教育が焼き付いているようだ。そのせいか、愚痴は言うくせに、長男の酷い仕打ちにも忍耐強く庇っていた。そういう母心を知ると、嫉妬はなく純粋に可哀想な気がした。しかし、いくら母の頼みだと言っても、愚生の子々孫々にまで及ぶ事は断るしかない。たとえ母にとって、唯一存在感を示すことであっても。そう考えると、死刑を前にして吉田松陰が故郷の両親に送った歌「親思うこころにまさる親ごころ 今日の音づれ何と聞くらん」。引用違いかもしれないが、愚生が母を思う気持ち以上に、愚生の子に対する気持ちは強いようだ。母が愚兄をより強く思うのは母の自由。だからと言って、それで愚生が不利益を被ることは容認しがたい。自由主義経済の自己責任は、自分自身で果たすべきだ。逆の立場だったら、どうするかと考えれば分かりそうなものだ。愚生は自分の子に対するほどの慈愛は、母には持っていないようだ。自己嫌悪というまでには至らないが、いままでの事が何か空しい気がしてならない。

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2017年3月20日 (月)

つくづく、晩節には美学が必要

Img   今日は、お彼岸だ。日本では宗教的行事として、年に2度春分の日と秋分の日を中心に彼岸会を行う場合が多い。ただし、旧暦を用いたる地域などもあり場所により異なる。 お彼岸といえば悟りの世界だ。戦前教育を受けた年配者は、年々、彼岸(極楽浄土)に行って少なくなってしまった。まして、愚生のようにキリスト教に改宗した者にとっては、春分の日という祝日以外に意味はない。母が地元を離れ、介護施設に入ったこともあって、父の墓参りに行く機会もすっかり減った。さらに、愚兄が実家を更地にしたことで、田舎に帰っても行く場所もない。本籍まで東京に移した愚生にとって、生まれ育った土地へ思いは歳を重ねるごとに減っていく。ところで、この時期になると、いつも大学時代の卒業式や入学、F社への入社のことを思い出す。当時を思い出せば、頭の中は将来への不安でいっぱいだった。それまでを振り返れば、自分の能力に確固たる自信を持てなかった。そう思いつつ、今更後には引けないことも承知していた。ひかれた線路に沿って前に進むしかなかった。一部の特別な人を除けば、人生の中で成功や失敗、そして幸運や不遇に出くわす。中には、山高ければ谷深という人もあるだろう。そして、全員行きつくところは彼岸だ。持ち物が多い人に限って、此岸(しがん)にしがみつくかもしれない。晩節に大言壮語の仮面が暴かれ、小心者の本性を曝した石原慎太郎のような恥知らずな輩もいる。つくづく、晩節には美学が必要だと思う。愚生が勤め人を早期退職したのも、後味の悪い人生という思いを残したくなかったからだ。

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2017年3月 8日 (水)

当時の青臭く甘酸っぱい気分

Images 愚生は、小規模な集まりの同窓会事務局をしている。そのため、連絡が途絶えている友人に、当時の帰省先へ葉書を出すことがある。相手が誰だろうと、返事が来ると懐かしい。大学時代から還暦過ぎた今まで、約40年以上ものギャップがあるせいだろうか。インターネット社会の現在に、葉書を通信手段に使うことに疑問はある。コンピューター企業で勤務した愚生にとっては、今の若者と同じくらいネット社会は身近なものだ。しかし、ご近所や友人の中には、スマホではなく携帯電話を使う人も多い。愚生くらいの年齢の人達の多くは、携帯メールも使わない。全てにおいての真理だろうが、必然性がないものは使われない。日本に英語が普及しないのは、話さなくても困らないからだ。コンピューターが情報端末として導入されていない小規模な会社や、子供がいない家庭ではネット社会との接点は少ない。そう考えながら、連絡がつかない友人に思いを馳せると、当時の青臭く甘酸っぱい気分になる。学友とは、健康や老後への不安の話しも多い。将来の年金枯渇にも話しが向く。若い頃は、その時点の不満しか目に入らず、先々のことは思慮していなかった。自分の仕事に納得がいかず、途中でキャリアを一から作り直した人。最初の住宅購入で、人生の大半を住宅ローンと付き合う羽目になった人。振り返れば、愚生の時代は土地バブルが崩壊して土地神話の終焉を経験した。還暦を過ぎた自分を見れば、先々に新しい光など見いだせない。島倉千代子の「人生いろいろ」という歌がある。人それぞれ、いろんな思いを抱えて終着駅に飛び込んできた。中には、まだ終着駅ではないと言い張る人もいるだろう。しかし、時が受け入れざるをえなくする。

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2017年2月26日 (日)

興味本位で他人の人生を眺めて

201406020908415e0 人の人生とは、奇怪なことが多い。特に、勤め人などを辞めて時間が出来てくると、他人のことにまで目が行く。勤め人をしていると、会社の業績、上司・同僚・下役さんなど、人間関係に煩わされことが多い。自分の事が精いっぱいで、とても他人の生きざまなどに入り込む余裕はない。愚生は、勤め人時代に管理職試験を運よく通ったせいでマネージメントに携わることが長かった。そのせいだろうか、他人の人生観や価値観を近くで垣間見た。そして、自分とのかい離を認識し、自己の価値観を部下の中に極力紛れ込まさないように注意した。人の幸不幸や優劣、人生観など、切り口が違えば何が良いかなど怪しい。人はそれぞれ、自分の人生に合わせて価値観を作り直し、そして妥協して生きていく。絶対的な物差しなどあるはずはない。愚生が宗教に凝った時などは、宇宙には水素とヘリウム元素しか存在しなかった。超新星の爆発で炭素や酸素などを含んだ塵やガスができた。そして、その残骸が惑星の材料となり、地球が生まれた。その地球から生まれたものが私たちだ。人を構成するものは、宇宙の塵だから創世記3章19節にあるように「塵にすぎないお前は塵に返る。」と都合よく解釈した。こう考えれば、人の人生など取るに足らないものだから、日常のことに煩わされなくなる。しかし、負け犬の遠吠えと聞こえなくはない。いずれにせよ、人生で「もし」という選択があった時に、妥協しないで生きた人も少なくはない。それと同時に、結果がでなかった人もかなりの数だろう。しかし、彼らの多くは、一度の人生だから、悔いがないようにしたと弁明する。ただ、この歳になって、興味本位で他人の人生を眺めて愚生は思う。「悔いがない」という美辞麗句で、自己の客観的評価の誤りを、結果が伴わない原因と考えていないのではないか。身の丈に合った選択をすれば、それほど悩むことはなかった人生だろうに。余計なお世話だが、そう思われる人も多いのは事実だ。

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2017年1月12日 (木)

問題は、三菱電機の企業体質

070331144610 厚生労働省神奈川労働局は、三菱電機と元上司一人を違法な長時間労で書類送検した。電通の高橋まつりさんの場合は、愚生が働いた業界と大きく違うためコメントはしなかった。しかし、今回の三菱電機は、全く同様な職場環境だったので何が問題なのかよくわかる。今回訴えた男性は、博士課程を出て、三菱電機に入社した。平成25年4月に入社後、先進的な研究の発表を促されていたのと同時に、製品のトラブル対応を求められ、26年1月から業務が膨大になった。翌月は2日しか休みがなく、食事がのどを通らなくなり、手が震えるようになった。残業時間は月160時間に上ったが、会社への申告は「59時間」しか認められなかった。この辺が、愚生が勤務したF社と大きく違う。博士課程を出た人材とはいえ、入社二年ではフレックス勤務は認められないから、残業がつくようだ。ただし、一般的な大手企業は、タイムカードで出勤・退勤を記録して、自動的に残業時間を計算する。つまり、自己申請などというサービス残業は発生しない。今回の場合も、拘束時間が160時間であれば、残業が160時間でなければならない。上司一人が書類送検と言うが、会社ぐるみの違法行為だ。直属の上司である課長や室長の問題ではない。配属先の情報技術総合研究所では、休職している人は多いというから、職場環境が発病の原因だ。三菱電機の直属の上司にしても、「お前の研究者生命を終わらせるのは簡単だ」「言われたことしかできないのか。じゃあ、おまえは俺が死ねと言ったら死ぬのか」などと言って、不眠を訴えても仕事は減らなかった。平成26年4月に鬱病になり、薬を飲みながら仕事をしていたが、同年6月には医師から勤務停止を求められた。これは明らかに三菱電機の企業体質問題だ。医師の所見が出ているのに、仕事を減らしたり職場を変えたりしないことは、課長というか、人事権のある組織長の問題だ。課長も問題だが、部長はもっと問題だろう。書類送検する人物が間違っている。博士課程を出ているからといって、入社二年目の新人を脅して仕事をさせようという上司は、管理職として失格だ。しっかりとした管理職試験もせずに、部下の管理を任せる企業の問題だ。愚生の経験でも、鬱病が多発する部署は、仕事内容や残業時間ではなく、上司の言動や職場の雰囲気だった。愚生は、F社で多くの批判を浴びた管理職の一人だったが、若い人には煽てて仕事をやらせるようにしていた。脅しても委縮するだけで、仕事の効率は上がらない。今回、男性は「高橋まつりさんと自分は紙一重だったと思う。」と言っているが、これは違うと思う。三菱電機に限らず、このような事例は生き馬の目を抜くような競争の激しい電機労連では、一般的なことだと思う。男性自身が、仕事に向いていなかった気もする。改善すべきは、三菱電機で行われている給料を減らすための、明らかに違法な残業時間の自己申告制だ。あとは、脅して働かせる馬鹿な上司だ。自分の不安を、部下を脅して煽るようなケツの穴の小さい人物を管理職に登用するからだ。愚生のことを持ち出して自慢するわけではないが、部長職くらいの職責になると、必ず部門に一人や二人の鬱病患者を抱える。直属の課長は、本人がやる気がないと言う。そして、人事部の管理部門からは、勤怠が悪いとクレームがつく。愚生は、可愛そうなのでフレックス勤務にして、彼のために好きな時に出社できるように変えてやった。人事部から、さんざん非難されたので、「部下が自殺した場合、人事・勤労部が責任を取ってくれるのか」「医者が所見を述べていることを守らないのは、労働基準法に違反する。」「人事・勤労部は漢字を知っているのか。勤労とは、労働に精を出すと書く。病気の者に、無理に仕事をさせれば、さらに悪くなる。」といって黙らした。そのせいか、愚生は事務管理部門からはすこぶる評判が悪かった気がする。勤め人など、所詮、労働と対価だ。会社は、従業員が病気になっても守ってくれない。組織の長となる上司がその役を担わなければ、部下はついてこない。こんなことは、当たり前だろうと言ってやりたい。

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2016年12月31日 (土)

長生きには、いったい何文の得

C_1497_14_20070817_075439_03_v 今日は大晦日、一年の終わりのだ。一年を振り返って見て、何が愚生にとって大きなことだっただろうか。スポーツでは、リオ・オリンピックの活躍、作新学園の甲子園優勝、日本ハムの日本一といろいろある。しかし、どれも愚生の贔屓チームではないため、それほどの感激はない。他人には、つまらない事だろうが、愚生にとっては妻の長期入院だ。平生当たり前だと思っている健康が、いかに大切かをつくづく思い知らされた。健康に限らず、人は失くして初めて気づく事が多い。元気印のような友人が、頭が痛いと言いながら、病院にも行かずに脳溢血で死んでしまった。無病息災というが、実際は一病息災のほうが健康には良いのかもしれない。長生きを望む人は多い。しかし、長生きをしたからどうなのかと問われると、答えに窮する人も多いだろう。多くの高齢者が、良かったと思える人生を歩んだかと言えばすべてがそうとも思えない。愚生の母も、年明けた三月に卒寿となる。会えば、自分は長く生き過ぎたと愚痴を溢す。その一方で、インフルエンザの予防注射などには、怠りがない。愚生が小さい頃は、還暦や米寿などはよく耳にした。しかし、白寿、紀寿、茶寿、皇寿、大還暦、天寿という語彙は聞き覚えがなかった。昨今、社会保障費の増大が若者の将来を危うくすると叫ばれる。早起きは三文の徳と昔から言われているが、長生きには、いったい何文の得があるのだろうか。そう問いたくもなる。

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2016年12月30日 (金)

生まれ育った土地を離れる辛さ

E5af8ce5b1b1e381a8e3818de3819fe382a  昨日は、大学時代の別口の忘年会だった。自分が幹事ではないため、待つのも嫌だった。そこで、10分近く遅れ気味に行った。しかし、愚生以外は全て定刻に来たようで飲み会が始まっていた。勤め人を辞めたせいもあって、飲み会がめっきり減ってしまった。愚生の体には良いことだが、たまにアルコールを飲むと心身ともにこたえてしまう。弱くなったというか、正常になったのだろう。薬漬けにはなっているが、大病は患っていないため感謝しなければならない。年末年始と言うと、愚生のような田舎出身者にとっては、子供を連れで大移動の時期でもあった。今は、田舎の実家もなくなってしまったためその用もない。寂しい気もするが、介護施設に入っているという安心感の方が先に立つ。これまで、いくら帰省費用を使ったのかと計算してみると、田舎で新築一戸建が建つくらいの金額だ。東京生まれで、親の土地を受け継いだ人と比べずいぶん無駄な出費だ。ただ、田舎を持っているため方言や地方の文化にも親しい。そう考えると、田舎生まれも全てが悪いわけではない。約40年ぶりにあった学友は、理由があって、還暦を過ぎてから生まれ育った土地を離れて、東北地方に移り住んだ。愚生が慣れたかと聞くと、何度も泣いたという応えだった。若い時に見知らぬ土地に移り住むのと違い、還暦過ぎてからでは辛さが身に染みるようだ。若い時は、若さで順応したが、年老いてからでは身が持たない。そう思うと、長野の介護施設にいる母が、本人の希望とはいえ不憫に思える。

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2016年11月16日 (水)

完全雇用が保証のサラリーマンは気楽?

20141021170454  勤め人を辞めて、もう7年も経つ。就職をしてから、会社を辞めるまで、毎日通勤した。労働者とは、どの部分とは特定しないが、労力を売って対価を稼ぐ資本を持たない階層だ。そういう意味では、資本家以外はサラリーマン社長も含めてすべて労働者に該当する。植木等の「サラリーマンどんと節」の一節に、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という歌詞がある。作詞は、青島幸男だ。国会議員や都知事時代には、ろくでもない奴だと思っていたが、作詞の才能には感心する。歌を聞けば共感する内容も多い。自由業の青島幸男には、会社がつぶれない限り完全雇用が保証されているサラリーマンは、気楽な稼業に見えたのだろう。愚生も会社を早期退職し、自分で稼ぐとなると、そのことは痛感させられた。サラリーマンをやっていて、働きに比べて給料が安いという不満は常にある。民間企業なら赤字が出れば、管理職の給与カットもある。しかし、月々働いても給与がマイナスになるということはない。そう考えると、気楽な稼業のような気もする。そして、歌詞にあるように、立場を利用して私的な呑み代やタクシー料金を会社に払わせたことも多かった。ただ、競輪競馬、パチンコ、マージャンという非生産的な娯楽は好きではなかった。そのせいで、住宅ローン以外の借金はなかった。ところで、大企業に勤務した愚生でも、零細企業の経営者や自営業の厳しさは容易でないことを知っている。そう考えると、もう一度人生をやり直せと言われれば、虫のいい話だが、潤沢に資本がある環境で雇う側で臨みたい。
作曲:萩原哲晶
作詞:青島幸男
サラリーマンは
気楽な稼業と きたもんだ
・・・・
二日酔いでも 寝ぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せば
どうにか格好が つくものさ
・・・
酒を呑んでも デイトをしても
三度に一度は おやじのツケさ
遠慮するなよ グッとあけろ
ツケのきく店 また探そ アッソレ
・・・・
社長や部長にゃ なれそうもねえが
停年なんてのァ 未だ先のこと
競輪競馬に パチンコ マージャン
負けりゃやけ酒 又借金 アッソレ
・・・・

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2016年10月28日 (金)

「女心と秋の空」

E7a78be381aee7a9bae381a8e382b3e382b  「女心と秋の空」という故事がある。意味は、変わりやすい秋の空模様のように、女性の気持ちは移り気だということらしい。愚生の母は、いわゆる戦前教育を受けた一人娘の跡取り娘だった。お嬢様育ちで、小さい頃から遊び相手にと母のために女中を雇っていたという。戦時中でもコメや砂糖もあったから、不自由はなかった。そして、家でぶらぶらしていると、女子挺身勤労令によって工場などでの勤労労働につかされるため、縁故採用で銀行に勤務したと話す。小さい頃から、不自由なく育ったせいだろう。母は、我慢をするということができない性格だ。親父が人と話をしていても、関係なく割り込んでくる。電話で話をしていても、平気で他人の批判をする。愚生も聞いていてハラハラさせられることが多かった。祖父母や親父が死んだ後、周りで母を守ってくれる人がいなくなり辛いことが多かったようだ。自己中心的な物の見方が強いため、愚生が遠路遥々慰問に行っても自分に会いたいから来たと思うらしい。そして、また愚痴を言いに来ても良いなどと、頓珍漢なコメントをする。ご近所さんが来ても、寂しいから自分に会いに来たと思うらしい。そして、母は自分の思い通りに行かずに感情が崩れると、相手が傷つくような言葉を選んで罵詈雑言を放つ。先日、長野の介護施設まで会いに行ったが、愚兄や邪な兄嫁が何を吹き込んだかしらないが、不愉快千万な対応だった。いったい、愚生の何が悪いのかと問うと、そうではないという。つくづく「女心と秋の空」という故事が頭をよぎった。母の頭から、疑念が消えるまで待つしかないという心境だ。そのせいか、気が重い毎日が続く。毎日、何があっても泰然自若でぐっすり眠れる人を見ると羨ましい。

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