心と体

2018年9月19日 (水)

長く生き過ぎることも厄介なことだ。

Img1_0718_3    昨日は、親戚の葬式があった。愚生よりも、6歳も年下だと言われると、明日は我が身と言う気がする。まだ若い娘を残して死にゆく母親の気持ちとは、どういうものなのだろうか。88歳になる実母の米寿祝を行う前日に息を引き取った。14歳で若く先だった兄も、914日が命日だと言うから、なにか因縁めいたものが感じられる。ただ、順序が逆になって、一人残された老婆の気持ちは量りようもない。ところで、その葬式に参列した、坊主(浄土真宗東本願寺)と鎌倉仏教とキリスト教について、話す機会があった。会話というか、愚生がハイボールを飲みながら一方的に知見を喋りまくっていたようだ。周りからは、顰蹙を買っていたと後に愚妻から聞いた。どうも酒を飲むと、元気が出て、誰構わずに話して鬱積を発散している。他人には迷惑だろうが、愚生の健康にはすこぶる好都合だ。介護施設に入居している義母も参列していたが、本人は何でもできると思ってやりたがる。しかし、周りは傍迷惑をする。年老いてボケが入ると思うと悲しくなる。介護施設で、快適なのかと思いきや、洗濯や家事をしなくなったので、ボケが進んだと恨み言をいう。ボケが進んだから、介護施設に入ったとは思っていないようだ。愚生の実母などは、「こんな牢屋みたいなところには居られない」と怒っていると聞いている。そして、病院に入院したいと言うが、健康保険で介護などできないことが解らないようだ。老人たちは、自分が一体いくら公費を使っているか考えたこともない。そのくせ、不満ばかりが口を突く。いい加減にしろと言いたい。若くして死ぬのも辛いが、長生きして胡散臭い目で見られるのも閉口だ。死ぬことも大変だが、長く生き過ぎることも厄介なことだ。今回、何年かぶりに、実の親兄弟が住まなくなった田舎に帰った。目新しいものと言えば、朝早くホテルの部室から見た、LRTの軌道が印象的だった。

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2018年9月10日 (月)

他人のことは良く見えるようだ。

Photo 今日の大谷君の出場試合は、日本時間で午前三時からだった。愚生が応援したからといって彼が打つとは思えない。しかし、大谷君が打つと何かすっきりした気分になる。そういう訳もあって、今朝は早く起きて寝床の中から試合をテレビ観戦した。最後の打席で、何とか二塁打を打ったので溜飲が下がった。當に、一服の清涼剤だ。こう考えると、愚生のような者と彼を比較すること自体が失礼な気がする。そう言う愚生も、棺桶に足を突っ込んだような年寄りには、上から目線で生産性もないのに医療費を使い過ぎると批判的だ。人とは、自分の事は棚に上げて、他人のことは良く見えるようだ。自分の人生を振り返って見れば、走馬灯のような時期もあるが、詳細を鮮明に思い浮かべる頃もある。人生も終盤を迎える。懐古主義に浸って、40年以上も前の学友の音信を確かめるために、葉書を送っても何ら返事がない。彼らが生きていることは、風の便りで知っている。しかし、いくら彼らの心境に踏み込んで詮索してみても、見当がつかない。そうして、返事がないのは愚生が嫌われているからなのだろうかと不安を感じる。ただ、過去の記憶を辿って見ても、好き嫌いを問われるほど親しくした記憶もない。いろいろ考えて、彼らの生き様を詮索してみたところで、予想などつくはずもない。他人のことはともかく、自分の終盤だけは、刻々と近づいていることだけは確かだ。そう考えると、日々の時間の使い方が正しいのだろうかと心配になる。

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2018年8月11日 (土)

身の丈にあったことで満足し、感謝する

Images 藤原道長が詠んだ有名な一句に「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という句がある。これは、朝廷内での陰湿な権力闘争の末に、道長の娘を66代天皇以降の后に着け権力を掌握した。その結果、敵のいなくなった道長が自分の気持ちをストレートに表現した句だといわれる。しかし、こういう心境に着ける人は稀だろう。ほとんどの人は、何かにつけて不満を持つ。過去の自分と比べて。あるいは羨むような知人との比較からかもしれない。いずれにしろ、感謝の気持ちがなければ人の強欲は抑えようがない。得られたものを前提に、また何かを欲すれば、何時まで経っても欲求は収まらない。帝国主義時代の領土拡張競争も同様な理屈かもしれない。与えられた物を、正しく評価できるのは、それを失った時だけかもしれない。失って初めてその価値というか、有難さが身に染みる。健康もそうだろうし、平和もそうだ。愚生の友人からも、愚痴を聞かされることがある。それは、定年を控えて、職種転換を強いられたことからの不満だった。確かに、愚痴る友人の気持ちは解る。しかし、会社にしがみ付かないで決別しさえすれば、その悩みは解消するはずだ。彼の悩みは、会社を辞めないで留まろうとするからの不満だ。愚生の母も長生きして、友人がいなくなったことを嘆く。戦前教育を受けた母は、生きたいのに若くして死んでいった人を多数知っているはずだ。両方くれと言うのは、贅沢だと窘める。そういう愚生も自己実現ができると、また次を目指す。過去を振り返って、雌伏した時と比べれば今は極楽浄土の心境かもしれない。身の丈にあったことで満足し、感謝する気持ちがなければ、修羅界や飢餓界からは永遠に逃れられない。人は、上手くいくと増長してハードルを上げてしまう。愚生も抑止が効かなければ、また元の木阿弥だということを肝に銘じて過ごしたいものだ。

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2018年7月22日 (日)

身の丈にあった振る舞いが最善

Sddefault 私立大学支援事業を巡る汚職事件に絡み、東京医科大学の裏口入学が騒がれている。今年、実施した入試の1次試験で、複数の受験生の試験結果のデータが改ざんされていた。受託収賄容疑で逮捕された同省前局長の息子を含む、複数の受験生に対する不正が確認された。昭和20年代生まれの愚生には、当時、私立医科大進学といえば、医者の子供以外は考えられない時代だった。寄付金が一番安いと言われた、昭和医大でも300万円程度だった。当時の大卒初任給は3万円くらいだった。それから換算すれば2500万円くらいになる金額だ。その時の国立大学入学金は1万2千円。そういうわけで、愚生のクラスから医学部に進んだのは、一人を除いてすべて国立大医学部だった。その私大医学部に行った友人の家は、田畑を売ってお金を捻出したと聞く。その当時でも、医者の息子以外は私立医科大に行っても算盤が合わなかった。勤務医は、大企業に勤務するサラリーマンと比べて、可処分所得や退職金、年金まで考えればそれほど高収入でもない。毎日、病人とface to faceの医師業に、それほど魅力を感じることはいないだろう。大学医学部に進学することは、国家試験の受験資格が得られるだけだ。東京医科大の問題を、そう目くじらを立てて騒ぎ立てることはない気もする。私立大学などは、昔も今も推薦入学など含めて、大量に生徒を募集する。これとて、裏口入学と紙一重で何が違うのだろうかと言いたい。今回、非難されるとすれば、裏口入学の寄付金を身銭ではなく国民の税金を元文科省官房長が使用したことだ。今回の懲戒免職で、退職金と天下り先がなくなったことは大損だ。それなら、銀行から金を借りて、寄付金に充てたほうがよかった。特捜部は、加点対象となった受験生の名前と加点される点数が記載されたメモも入手している。それが、パソコンの解析結果とも一致しているから、受託収賄罪は免れない。ところで、入学した息子はどうなるのだろうか。入学取り消しでは、あまりにも可哀そうだ。親のおせっかいで、子供には罪はない。親バカに振り回された子供は可哀そうだ。愚生の友人にも、親の希望を子供に託して、辛い思いをしている人を見る。聖書にも「あなたは顔に汗してパンを食べ、ついには地面に帰る。あなたはそこから取られたからである。あなたは塵だから塵に帰る」(創世記3:19)とある。古い昔から、言い聞かされてきた箴言だ。人生は一回きりで、やり直しは時間が許さないことが多い。晩年、それを悔いている人は多いだろうが、時すでに遅しだ。そう考えれば、身の丈にあった振る舞いが最善なのではないか。親が子供の一生を振り回すことは、控えるべきだとつくづく思う。

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2018年6月11日 (月)

足るを知る者は富む

Img_0  東京地方も梅雨に入った。愚生宅の外壁塗装も先週土曜日に終わったため、キリが良かった。梅雨前には終わらせたいと思って、昨年からペンキ屋さんと打ち合わせていたことが功を奏した。備えあれば患いなしという格言がある。ここで使うことが適当かどうかは知らないが、つくづくそう思う。そして、ワールドカップが今週から始まる。日本代表が善戦することはないという前触れだ。愚生も、はっきり言って期待していない。期待の星、大谷君もDL入りというから今年前半の試合には出られないようだ。今週からのイベントはたくさんあっても、愚生が喜べるようなものは少ない。昨日箱根から帰ったばかくりだが、特にすることもないので、来月に行く東北旅行の下調べでも使用かと思う。この歳になると、何時まで足腰が立つかわからない。愚生のカミさんも、一昨年に長期入院をした。その時は、もうこれで夫婦そろっての旅行などはできないと思った。運よく健康が戻ったので、旅行は行けるときに、どんどんするべきだと痛感する。OB会で、退職後に非正規雇用として働いている学友は、モチベーションを持ってする仕事ではないと嘆く。ただ、年金が満額出るまでの繋ぎだという。愚生は、早期退職をして自由業として生きてきた。確かに、自由業というと聞こえが良いかもしれないが、働いても賃金が保証されるわけではない。儲からない時は、辛いこともある。しかし、雇われていないという心の自由が、多くのリスクを相殺してくれる。一度、独立してしまうと勤め人に戻る気にはなれない。長いサラリーマン生活で、心安らかに会社生活をしたことはなかった。生活保障はあっても、窮屈な閉塞感で締め付けられる気分は、もうこりごりだ。そう考えれば、今の生活に感謝しなければならない。人は、自分が手にしているものを嘆き、自分に無い物を渇望する。そう考えれば、「知足者富」老子が説くように、「満足することを知っている者は、心豊かに生きる」という箴言に耳を傾けたくなる。

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2017年11月17日 (金)

日馬富士は永久追放、白鵬・鶴竜は引退勧告

As20140404004167_comm 今朝のテレビニュースで、モンゴル人力士の口裏合わせが散見される。白鵬は、日馬富士はビール瓶で貴ノ岩を殴ってはいない。ビール瓶を持っていたが滑って落ちたという。馬鹿も休みやすみいえと言いたい。ビール瓶で殴ったその瓶が、勢いのあまり手から滑り落ちたのだ。いずれにしろ、医師の診断書は「脳振とう、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」と深刻な症状だ。理由はなんであろうと、相手を殴って重傷を負わせれば傷害罪だ。相撲界というところは非常識極まる。元時津風(双ツ竜)親方など、リンチで弟子を殺しておいて、指導だと言い放っていた。その証拠に、貴ノ岩の兄ルブサン・アディヤさんがテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」の取材に応じて真相を話した。日馬富士から暴行されたことを貴ノ岩から知らされたのは「29日から30日あたり」とし、「自分に落ち度、非がないのに暴行を受けたと声を震わせながら話した」と証言している。そして、関係者によると白鵬が止めに入ったという証言もあるが「横綱白鵬が同席していたけが止めなかった。なぜ同席していたのに止めなかったのか」、ルブサン・アディヤ氏は「悔しく思っている」と吐露した。これでは、白鵬は共同実行の意思の形成過程に参加したことになる。実際に白鵬は、傷害に参加しなかったが共同正犯だ。日馬富士と同様に、白鵬も即刻休場扱いとすべきではないか。日馬富士は傷害罪。白鵬、鶴竜は共同正犯であれば、心技体の横綱に相応しくない。当面、相応しくないモンゴル人横綱は休場させるべきだ。今回の事件で、立川志らく氏は「貴乃花親方を非難するような声も出ているけど」とした上で「弟子って思うから、ちょっと分かりづらいけど、自分の息子がビール瓶でぶん殴られてケガさせられたら、当然、訴えますよね」という。協会に相談せずに被害届を鳥取県警に出したことは「相撲界の隠蔽体質が分かっているから、話しをしたらつぶされてしまうんじゃないか。貴乃花親方は相撲界を変えるために、日馬富士を辞めさせてでも、そういう覚悟で」と親方の思惑を推測する。さらに志らく氏は、今回の貴乃花親方の行動を「警察沙汰にして日馬富士辞めてもらって、そんでもって何とか変えるんだという、そういう狙い」と繰り返す。愚生も全く同感だ。相撲協会に言えば、理事長預かりとなり身動きが取れなくなる。今回の傷害事件は、日本の刑法によって裁かれるもので、相撲協会が云々言う話ではない。白鵬が今回の口裏合わせを主導しているなら由々しき問題だ。そもそも、休場する鶴竜が酒を飲んでいるなど日本の相撲を舐めきっているからだ。貴乃花親方の母でタレントの藤田紀子さんは、16日放送のフジテレビ系「バイキング」に生出演し、大相撲の日馬富士が暴行した事件について「また起こったかと思いました」と言及した。そして、貴乃花親方は鳥取県警に被害届を提出したが、協会のヒアリングで「分からない」と答えたことに藤田は「分かっていても言えないということだと思います」と推測した。さらに「届けを出しているから司法にお任せします。今、余計なことをしゃべると両方にとってよくないという判断があったと思います」と貴乃花の腹の内を推測する。貴乃花親方が貴ノ岩の休場に伴う診断書を場所前ではなく2日目に提出したことは「私には分からない裏の何かがあったのかと思います」とし、殴打事件の後も貴ノ岩は巡業に出たが「頭で当たってはないと思います」とコメントした。その上で「モンゴルの仲間達と会って、お酒の出来事がありました。力士は親方を怖がっています。モンゴルの同朋の横綱のことは言えない。それで事情を聴くのは遅れたんだと思います」と貴ノ岩から親方の報告が遅れたのではと見通した。また、酒席に白鵬、鶴竜、照ノ富士ら横綱・大関が同席していたことにも触れ「下の格の力士ではない。横綱、大関がいながら、力づくでもどうして止められなかったのか不思議。力では負けるわけがないのですから」と疑問の声を上げた。貴ノ岩の生活態度への注意がトラブルの発端とされているが「一人の横綱が怒って注意をしているのだから、他の横綱、大関は口出ししまいと思ったかもしれませんが、状況によっては止めるのも親切。そうすればここまで大きくはなっていなかったかもしれない」との考えも示した。相撲部屋の女将さんの意見だから、説得力がある。相撲界は、愚生の住む世界とは違うのだろう。しかし、ここは日本だ。モンゴルではないし、強ければ暴力が免罪されるわけではない。日馬富士や白鵬、鶴竜も相撲は良く知っていても日本の慣習には疎い。白鵬が口裏合わせをするのは、傷害事件での共同実行の意思とも受け取られる。横綱は心技体というが、モンゴル人三横綱とも相応しくない。相撲協会は、刑事事件の日馬富士は永久追放、白鵬・鶴竜には早く引退勧告を出して収めるべきだ。

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2017年8月 5日 (土)

喜怒哀楽の感情は受ける側の微分値

Mohai__j_n_hoopers_barber_shop__a ブログを書こうと、パソコン前のバーバーチェアのような椅子に座っていると、睡魔が襲ってきた。別段、何かしなければならないことはない。猫のトイレの砂も取り替えたしと思いながら、小一時間ばかり寝てしまった。受験生時代に、眠いのを我慢していた頃を思い出せば、つい藤原道長が読んだ「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることも なしと思へば」という詩が頭に浮かぶ。この詩の解釈はいろいろあるようだ。とりあえず「月の満ち欠けさえも自分に掛かれば意のままになる。」という驕った説にしよう。当時、権力者の頂点に立つ道長は、紫式部をはじめ当時の一流の女性たちにモテたであろう。そして、光源氏のモデルだったとも言われている。詩を詠んだのは、酒席での座興のアドリブだったといわれている。そうであれば、推敲しつくした詩ではなく、深い意味はないのかもしれない。愚生のような凡人には、縁のない境地だったことに違いはない。ただ、人生において、喜怒哀楽の感情は受ける側の微分値だと考えれば、何かあるかもしれない。道長の何万分の一でも良いから、詩のような境地があっただろうか。そう思いなおして、愚生の人生を思いめぐらせば、短い期間だったが一度や二度はあったような気もする。小職の愚生が、思いもよらず大成功したときなどが、それかもしれない。また、スケールは違うが、望んでいたポストに就いた時かもしれない。人生で日の当たった時を思い出すと、何かホットして安心する。ただ、今の愚生にとっての道長の心境は、寝過ごしたとしても何も困らないことくらいだ。簡単に得られる欲求で満足できる愚生は、幸せ者かもしれない。そう思うと、稲田朋美や豊田真由子の恥を恥とも感じない感受性に同情する。

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2017年8月 1日 (火)

8月になると何かもの物悲しい

1208zama2181 今日から8月。学生時代は、8月になると何かもの物悲しい気分だった。夏休みもあと一月、お盆を過ぎれば残りの休みを指折り数えていた。ただし、遊学をしていた大学時代だけは、自由奔放に遊び廻れたため例外だ。母親が帰省しろと煩く言うので、数日間は郷里の実家に戻った。しかし、その間も閉塞感で苦痛だった。そのせいか、大学時代の夏休みがそれ程ありがたいとは思わなかった。しかし、学生の特権というか、アルバイト先で稼いだお金で、時間が許す限り旅行などをした。その間も、いつも将来に対する漠然とした不安が、自分の心の中にあった。工学部の学生だった愚生は、企業への就職ということが、常に頭から離れなかった。大学時代に享楽に耽って、働き始めるスタート台に立てない人もいる。将来の目的をはっきり持ってないと「学生の本分は勉強」という事を忘れてしまう。学部を8年間もかけて卒業して、如何わしいアルバイト先の業界に入ったという人もいた。それなら、大学の学位など取る必要はない。また、入学した解放感から、授業をサボりほうけて、卒業見込みが立たずに退学した人もいる。いずれにせよ、その人にとって何が良いか判らないことも多いから、それも人生なのだろう。皇室に入った雅子妃などを見ていて、つくづく何のためのキャリアだったのかと同情する。愚生の勤め人時代、芥川龍之介の短編小説「蜘蛛の糸」に出てくるカンダタが蜘蛛の糸をよじ登るような世界だった。しかし、傍から見れば、平々凡々の人生に見えたかもしれない。ところで、愚生の頃は、企業の青田刈りが禁止の時代だった。そして、オイルショックで就職の氷河時代だ。4年生時の8月とは、就職試験開始の直前の頃だ。当時はクーラーもない時代だった。暑さ凌ぎに、夜から朝にかけての長い時間、就職試験問題を解いた記憶がある。今から思いだせば、若い頃はいつも何らかの葛藤があった。それなりに大変だった気もする。一方、賞味期限が切れかかった今は、抑圧から完全に解放された。というより、叶わない欲望を捨てたというほうが正しい。あと、何年生きられるのだろう。夏休みの残り日数を数えるのとは別の意味で物悲しい。

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2017年5月20日 (土)

自分の身の丈に合う生活

Moto_jisshushitsu 人が老後をどう過ごすかは、人生において重要なことだと思う。小さい頃から、学校に行かされテストに追いまくられた。大学に入って、親から離れてやっと自身の自由が満喫できた。一方で、親から離れた見返りに将来への不安が横切った。生まれ故郷を離れ、地縁も血縁もない場所に居を構えたから、自由の代償は大きかった。友人作りも一からやり直しだったが、愚生の過去を知られない分だけ、しがらみに囚われなかった。その四年間も過ぎ、就職・結婚・勤め人を終え老後に入った。特許関連の会社のお祝いで、勤め人時代の先輩が、自分は356連休だと寂しそうに語ったのを聞いた。学生時代や勤め人時代には、休日が本当に嬉しかった。その休日が毎日与えられると、逆に自分の居場所を見つけられない人もいるようだ。愚生も勤め人時代のトラウマからか、緊張感のない日々は苦痛を覚える。何かに取り組む自分を見つけなければと問い直す。ただ、共感しあえない相手との付き合いは、勤め人時代も含めて苦痛の種だ。いまさら、教会や町内会の集まりなどには入りたくない。そう思うと、自然とパソコンの前に座り、自分一人のバーチャルな世界で過ごす。もちろん、バーチャルと言っても、ブログの世界だけで、株の売買などは現実そのものだ。時間がある分だけ、ニューヨーク市場の海外取引も可能になった。いまさら、お金儲けであくせくはしたくはない。しかし、やるからにはギャンブルと同じで勝ちたいと思う。儲けたら旅行に行こうと言いながら、結果はいつも貯えを取り崩して行くことになる。貧乏は貝を分けると書く。計画性を持って、身の丈に合った生活をすれば、平和な日本では普通に過ごすことができる。散見すれば、無理をして窮屈な老後生活を送っている人もいる。自分の見栄や誇りを持つことは大切だ。しかし、終焉が近い老人のことなど周囲の人は興味を持たない。自分に言い聞かせてきたことを息子にもよくいう。人より良い生活をしようなどと思わないで、自分の身の丈に合う生活をしろと。

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2017年5月13日 (土)

親思うこころにまさる親ごころ

Dsc03840 歳を取ると新聞やスマホを読むにも、遠近両用の眼鏡を外すことが多い。何のための老眼鏡かと言いたい。一方、見えなくてもよいものまで見えてくる。それは、年寄りの心理というか、普段気づかなかった相手の潜在的に持っていた価値観だ。この場合、向こうに悪意がないだけ、よけいにがっかりさせられる。そして、今まで自分の取ってきた気づかいが空しくなる。解りづらい表現で書き綴ったが、自分の親兄弟に対しての率直な心境だ。相手の考え方が変わったわけではないから、良し悪しではない。愚生の認識が誤っていたということだ。親だから、兄弟だからと、ある一線に対しても、好意的な見方をして相手の真意を見誤っていた。戦前教育を受けた母だったが、一人娘で小さい頃から我慢するということがなく育った。だから、長幼の序などという古いしきたりなど気にせずに、遠慮なくはっきり物を言った。死んだ後の親父のことでも、感情の抑制が効かないのか罵詈雑言を他人の前で平気で吐いた。ただ、先祖や血筋ということに関してだけは、戦前教育が焼き付いているようだ。そのせいか、愚痴は言うくせに、長男の酷い仕打ちにも忍耐強く庇っていた。そういう母心を知ると、嫉妬はなく純粋に可哀想な気がした。しかし、いくら母の頼みだと言っても、愚生の子々孫々にまで及ぶ事は断るしかない。たとえ母にとって、唯一存在感を示すことであっても。そう考えると、死刑を前にして吉田松陰が故郷の両親に送った歌「親思うこころにまさる親ごころ 今日の音づれ何と聞くらん」。引用違いかもしれないが、愚生が母を思う気持ち以上に、愚生の子に対する気持ちは強いようだ。母が愚兄をより強く思うのは母の自由。だからと言って、それで愚生が不利益を被ることは容認しがたい。自由主義経済の自己責任は、自分自身で果たすべきだ。逆の立場だったら、どうするかと考えれば分かりそうなものだ。愚生は自分の子に対するほどの慈愛は、母には持っていないようだ。自己嫌悪というまでには至らないが、いままでの事が何か空しい気がしてならない。

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