文化・芸術

2017年5月23日 (火)

今年のサラリーマン川柳

2017052201002015 今年のサラリーマン川柳の一位は、「ゆとりでしょ?そう言うあなたは バブルでしょ?」だった。愚生の生まれた昭和二十年代は、団塊の世代という呼び方くらいしかなかった。そのせいか、この川柳を見てすぐにイメージがわかなかった。ここで指すバブル世代とは、おおむねバブル景気の時期に就職した世代(1986-1991)だろう。企業から引く手あまたで、就職に苦労しなかった世代だ。また、ゆとり世代とは、ゆとり教育で授業を受けた世代だろうから、年齢は今年で25歳以下の新入社員に近い人達だ。親子間くらいの年齢差があるから、世代格差による価値観は大きく違う。上手く川柳を詠むと感心させられる。愚生が早期退職した頃は、「先を読め!言った先輩リストラに」とか「久しぶりハローワークで同窓会」「社の幹部裏を返せば社の患部」などという暗い世相の川柳が選出されていた。当時は、不景気の真っただ中だったことが伺い知れる。愚生も立場上、人生の最後は美学だと思って早期退職した。しかし、退職時には年金を受給するまでの生活プランはなかった。甚だ心もとなく不安感でいっぱいだった。その後、質素倹約を基礎として、闇雲にお金儲けになることを嗅ぎまわってなんとか凌いだ。そのせいか、勤め人を辞めても何とか生きて行ける自身がついた。「鉄は早いうちに打て」とは、よく言ったものだ。愚生の周りには、今も守衛や肉体労働者として働いている知人がいる。彼らは、いったい何時になったら不安を解消して、雇い主から解放されるのだろうか。ところで、世代間ギャップを詠んだ川柳も良いが、愚生は「ありのまま スッピンみせたら 君の名は」という句の方が面白い。大学時代の写真に写っている女性の顔が、今はどうなっているかと思うと、つい口元が緩んでしまう。

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2017年4月 1日 (土)

逮捕劇は朴槿恵の自業自得

O0443033513253112979 韓国の朴槿恵前大統領が、とうとう収賄容疑などで検察当局に逮捕された。3月下旬の世論調査では、7割以上が朴槿恵の逮捕に賛成していた。民意を忖度し司法制度がなりたっていない国だから、逮捕は予想通りだ。過去にも、大統領経験者で全斗煥、盧泰愚が逮捕されている。朴槿恵逮捕容疑は、最大財閥サムスングループなどの企業が文化、スポーツの財団に行った資金供与への関与だ。事実、朴容疑者の友人、崔順実が財団を私物化し、利権を得ていた。国会で弾劾され、憲法裁判所でも罷免されていたのだから、いくら本人が容疑を全面否認したところで、黒のレッテルは決まっていた。当然、民衆に阿る検察は、証拠隠滅の恐れがあるとして逮捕状を請求し、裁判所が発付した。韓国の伝統ともいえる縁故主義、両班文化なのだろうか。権力者やその家族が、カネ絡みの醜聞にいつも巻き込まれる。日本に朝鮮が併合されるまで、李氏朝鮮には両班という貴族階級があった。彼らは、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っていた。働きもせずに、金がなくなると、使者を使って商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄する。そして、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班たちは、搾取したものを返済することなどしない。農民から田畑や家を買う時にも、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。そして、首尾よくなんらかの官職に就くと、親戚縁者やもっと遠縁の者まで扶養する文化だ。朴槿恵が官職(大統領)を得て、周りにいた友人や縁者たちが私服を肥やした。これは文化であって、朴槿恵自身が自らのためにやったことではない。だから、本人は悪い事だと思っていないから身の潔白を主張する。しかし、大統領には人事や予算の強大な権力が集中する。それを利用して、私利を得ることは犯罪だ。間接的には、朴槿恵自身も、彼女の取り巻きが受益した金品を受け取っている。日本から独立後、朝鮮という古代文化に戻ったのだから、当然発生すべき政治風土だ。愚生は、今回の朴槿恵の逮捕に同情しない。なぜならば、彼女自身は、慰安婦問題を含め、あらん限りの日本批判を繰り返した。さらに、産経新聞の加藤達也・ソウル支局長に関しても、セウォル号沈没事故の当日に、元補佐官のチョン・ユンフェと密会した可能性があるという朝鮮日報の報道を流したことを理由に逮捕した。まるで、古の両班と同じだ。権力を持つと、司法など捻じ曲げてしまう。今回の逮捕劇は、朴槿恵の自業自得だ。同情の余地などない。なぜなら、これが本来の朝鮮文化だからだ。

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2017年2月14日 (火)

サラリーマン川柳の秀作には頭が下がる。

Lif1702130036p1 今年のサラリーマン川柳の中に「効率化提案するため、日々残業」という句があった。昨今の風潮として、電通や三菱電機での自殺や退職強要からか時短が奨励されている。川柳は、時の話題にのったものが多い。愚生の頃には、「久しぶりハローワークで同窓会」とか、「先を読め!言った先輩リストラに 」などという川柳が選ばれた。うまい句だと、つくづく感心したものだ。今回の電通事件などは、一般的な労働時間の短縮問題で片付くとは思えない。広告業界はよく知らないが、時間をかけたからといって成果が上がるものではない。広告業のコピーライターのイメージは、「クライアントからある商品の広告を依頼される。例えば依頼先の電通マンが、うーんと言いながら少し考えた後、おもむろに1枚の紙を取り出し、サラサラっとキャッチフレーズを書いてみせる。それをクライアントに渡して、はい、数十万円。」という世界だろう。才能かどうかは知らないが、職種にあった感性がなければ務まらない。サラリーマン川柳のように、うんーと皆をうならせる句は、時間をかけたからといってできるものではない。作詞や作曲と同じで閃きだろう。そう考えると、広告業界で時短を勧めたからといって作業効率は上がらない。自らが職種に不適合だったことを認識して転職すべきだった。いくら勉強が得意だったとしても、手先が器用でなければ外科医はできない。腹腔鏡手術で何人も殺めた医師は、手術が下手だったというから精神科医にでもなるべきだった。受験で求められた能力と実社会で必要な能力は大きく違う。やはり、好きこそものの上手なれというように、自分の職業は本人が好きでなければ務まらない。そう思いながら、愚生の生きざまを振り返れば、悲しいかな食うために自分をF社という劣悪な環境に合わせてきたような気がする。本質を突いたサラリーマン川柳の秀作には頭が下がる。

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2017年2月 6日 (月)

石原慎太郎に600億円請求して正義を

Plt1412160053p3   昨日、千代田区長選の小池百合子知事と自民都連の代理戦争が終わった。結果は、小池知事に大差で軍配が上がった。愚生の記憶でも、自民党が下野した平成21年夏の都議選で、自民党は大敗した。今回の結果を見れば、夏の都議選は小池知事陣営の圧勝が予想される。愚生のような無党派は、無責任な投票態度だ。巷の風に流されて投票する。今度は、都民ファーストが推す候補にいれようと思う。都議など当選しなければ意味がない。当然、現職、元、新人候補も、都民ファースト陣営に群がってくるだろう。そして、石原親子には、鉄槌を撃ち込まなければならない。そもそも、親の七光りで国会議員に当選した長男、三男は次期総選挙で絶対に落選させることだ。そして、石原慎太郎が無名画家、石原延啓を深く関与させた若手芸術家育成名目の「トーキョーワンダーサイト」を即刻止めるべきだ。この事業では、息子、石原延啓にワンダーサイト事業の「能オペラ」調査費用として、ドイツ・フランスを訪れた計55万円をはじめ、巨額なお金を横流している。依頼理由は、自分息子は立派な芸術家で、余人をもって代え難かったと言い放つ。知事の立場で、無名画家の息子を公務に使うなど、とんでもない話だ。そもそも、都立文化施設への都費支出が大幅カットだ。それなのに、オウム真理教幹部だったという噂まである息子が関わる「ワンダーサイト」事業は4億7152万円と巨額な支出だ。石原親子とは、東京都民の税金を食い物にしてきたのかと言いたい。おまけに、次男のタレント石原良純まで、コメンテーターとして親父の負の遺産を無視して都政を語っている。石原親子には、いい加減にしろと言いたい。小池知事は、石原慎太郎に600億円請求して破産させ、正義を貫いて頂きたい。

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2017年1月28日 (土)

朴槿恵大統領の裸婦画

201701240908581   国会に朴槿恵大統領の裸婦画が展示された。出展された絵画は、19世紀のフランスの画家、エドゥアール・マネの代表作「オランピア」をパロディーにしたものだ。ベッドの上でポーズを取る印象的な裸婦画に、朴氏の顔がはめ込まれている。朴槿恵の模写ではなく、裸婦画像と朴大統領の顔を合成したものだ。セウォル号の沈没時に朴大統領が眠っていたかのように描写した作品だ。また、裸体の上には父親の朴正熙元大統領の顔やTHAADと書かれたミサイル、朴大統領が飼っていた珍島犬2匹が描かれている。そばでは、朴大統領の友人、崔順実被告が注射器の花束を持っている。表現の自由というが、これは明らかに風刺を装った人格攻撃だ。しかし、これまで朴槿恵自身も、国家権力を使い同様なことを行ったという反論もある。展示したのは最大野党「共に民主党」の国会議員だと言うから呆れる。朴槿恵の裸体画など観賞価値があるとは思えない。百歩譲っても、ただの悪趣味としか言いようがない。韓国内からも、近代化されていない証拠、暴走したら止まらない国との批判もある。愚生に言わせれば、今ごろそれに気が付いたのかと言いたい。日韓合意やウィーン条約に反し、売春婦像を釜山の日本総領事館前に設置した国だ。それにしても、今回の件には驚かされる。職務停止中とは言っても、朴槿恵は、現在も韓国の国家元首だ。日本をはじめとする先進国で同様の事案が発生したら、党首辞任や議員辞職に直結しかねない。お粗末としか言いようがない、低俗な民度の国だ。政治家、裁判所、国民と、どれをとっても韓国は近代国家とは言い難い。こういう韓国と付き合うには、どうしたらよいだろうか。介護慣れした老人と同様に、さまざまな要求を全部聞いてやれば、彼ら自身の立場を見失う。甘やかした側にも責任はあるが、対応するとすれば放っておくしかない。多少、冷たくされることで、自分の立ち位置を理解し目が覚めるのではないか。話は戻るが、安倍晋三首相が一時帰国させた駐韓大使を「無期限待機」と判断したのは正しい。

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2016年4月20日 (水)

補身湯を韓国の食文化として

I320 韓国では、日本酒などの試飲イベントは盛況を博し、日本製ビールの輸入は急増している。日本酒は「サケ」と呼ばれ、2014年の日本酒の輸入量は3322トンで、2005年と比べ、6倍増にもなっている。日本産のビールも好調で、昨年、韓国が輸入したビールのうち、アサヒやサッポロ、キリンなど日本産が全体の27%を占めた。ドイツやオランダ、ベルギーからのビール輸入量を凌ぎ、前年比約45%増の4万6244トンで、約10年間に30倍増。日本酒以上に韓国社会に浸透している。日本酒や日本産ビールの人気を後押ししているのが、空前の「イジャカヤ」と呼ばれる日本様式の店舗が人気だという。愚生が韓国に行った時代とかなり変わってきたようだ。一方、日本産の酒人気の傍ら、韓国産の焼酎やマッコリの日本への輸出は激減だ。マッコリなど2014年の日本への輸出額は、2011年の5分の1以下にになった。はっきり言って、愚生が韓国に行った時に呑んだマッコリは、酸味が強く不味いと思った。韓国では、水割りで酒を飲まないため、焼酎の眞露かスコッチくらいしか飲む気になれなかった。(友人の朴さんの話しでは、朴正煕時代に戒厳令が引かれていたため、帰宅時間が早かったためストレートでしか飲まないと言う。)なぜ、日本酒が韓国で受け入れられるかと言えば、韓国の酒が不味いことと、日本酒が美味いことだ。(その美味い日本酒の中でも、口の肥えた愚生如きは、加賀鳶しか飲まない。)いくら韓国政府が、韓国の食文化を世界に広げようにも、不味い料理や酒では無理だ。その証拠に、中華料理は世界中どこでも食べられる。韓国料理で頭に浮かぶものは、キムチやカルビークッパ、焼き肉、ビビンバ、参鶏湯、補身湯などだ。この中で、一番伝統的で韓国らしい食べ物は、やはり補身湯だろう。韓国をよく理解してもらうには、補身湯を世界中に普及させ、韓国の食文化を外国人に伝えることだ。

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2016年3月11日 (金)

マンガ専攻教授に、ちばてつやが就任

5137arfvzhl 今朝、文星芸術大は、デジタル技術を活用した新たな漫画の表現方法を研究開発する「ちばてつや・文星MANGAイノベーション研究所」を開設するとのニュースが流れた。同大学のマンガ専攻教授に、漫画家のちばてつやが就任し、研究に取り組むという。愚生の知っているちばてつやの漫画は、「紫電改のタカ」だ。当時、プラ模型に凝っていたせいで、日本海軍航空隊の名機紫電改は知っていた。あとは、テレビアニメにもなった「ハリスの旋風」「あしたのジョー」なども覚えている。主人公の国松は、暴れん坊だが、強きをくじき弱きを助けるというガキ大将だった。愚生と正反対で、堂々とした生き方に憧れたものだった。ちばてつやの漫画には、すべて人としてのあるべき生きざまが描かれている。手塚治虫は、「自分がストーリー漫画を描き始めて以降、ほんとに新しいものを加えたのは、ちばてつやだけだ」と語ったことからも漫画史に残る偉人なのだろう。ところで、文星芸術大という大学名は初めて聞いた。付属高校に文星芸術大学附属高等学校とある。この前身の旧校名は宇都宮学園高等学校とあるから、高校野球で有名な宇学のことだ。当時、上野監督という年老いた監督の采配で、甲子園を沸かしたことを思い出す。前身校のイメージ払しょくは理解できるが、過去の伝統や偉業、知名度を全く引き継がない改名だ。愚生なら「宇都宮芸術(学園)大学」とかにするのだが・・。文星の由来とは、中国天文学でいう文昌星という星座のことで、学ぶ若者が学問、文学への情熱を高めるという。しかし、そこまでくどく説明されても、どんなイメージも全く沸かない。

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2015年4月21日 (火)

朴槿恵大統領は息を吐くように嘘をつく

Images 自殺した成完鍾前会長(韓国)が、李完九首相に現金を渡したとの疑惑をめぐり、首相が辞意を表明した。この李首相は、旅客船セウォル号沈没事故後、政府の対応の不手際などから辞任した鄭首相の後任として1月に選出されたばかりだ。朴大統領が2013年2月就任して以来、これで何人目の首相なのだろうか?先日、この李完九首相は、日本の教科書に「任那日本府」を記載するとはけしからんと非難し、半島人の願望を日本の歴史教科書に記述しろと発言した愚人だ。古来の歴史書も読まずに、論理性もなく感情的に発言をすることに韓国文化との違いを感じた。その李完九首相も、韓国の慣習ともいえる金品の授受で辞任に追い込まれた。韓国社会では、贈り物に見せかけた賄賂を受けても、「これは贈り物から問題ない」と平然と受け取るそうだ。韓国の李明博前大統領は大統領府で開催されたある会議で「この政権は資金提供を受けず選挙を戦って誕生した。道徳的には完璧な政権だ」と鼠顔で発言したが、これは物笑いのネタになった。なぜなら、直後に実兄など、李大統領の側近の立場にある人物が次々と身柄を拘束された。今の朴槿恵政権もさほどの違いはないだろう。朴大統領やその周辺の人物たちも、機会があるたびに「この政権はこれまでで最も清潔な政府だ」「われわれがポケットマネーを全て出し合って選挙を戦った」と、自分たちだけは清廉潔白であるかのように語っていた。今回も朴槿恵大統領は、「不正腐敗に責任のある人間は誰も許されないし、国民はそのような人間を許さないだろう」と発言するが、まるでひとごとのようだ。韓国では嘘が許されない裁判における偽証罪が日本の700倍というから、普段の生活や交渉にはさらに多数の嘘がある。朴槿恵大統領の息を吐くように嘘をつくことも韓国文化なのだろう。

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2014年10月16日 (木)

恥も外聞もないのが朝鮮文化

F2d75f33s 日本の安倍晋三首相と加藤達也・産経新聞前ソウル支局長の面をかぶった2人が、朴槿恵大統領と韓国国民に謝罪するパフォーマンスが、ソウル市で行われた。それを撮った動画がyoutubeにあった。南鮮人の馬鹿さ加減もここまでくると、可笑しくて呆れてしまった。こんな連中に名誉棄損、国際法、三権分立など説いてみても、「犬に論語」だろう。いい歳をした大人が半狂乱になって取り乱している姿を見ると、とても恥という概念があるように思えない。欧米のキリスト教は、人には原罪があるという思想だ。ユダヤ教を祖とする、キリスト教、イスラム教も同様に、行動規範は宗教の戒律であり、それに反すると罪悪感を持つ。多神教の日本は、宗教の神や仏に対する意識はそれほど強くないが、世間の目を気にする。大陸と閉ざされた島国に共生するため、多くの人が協力しあって生活する。聖徳太子の憲法十七條(いつくしきのりとをあまりななをち)に、【一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。】とあるように、怖いのは他人の目であり、恥をかきたくないという日本人の行動を規定する「恥の文化」だ。西暦604年にすでに書面で制定されている。ところで、朝鮮は「恨(ハン)の文化」と言われる。「恨」とは、単なる恨みや辛みだけでなく、無念さや悲哀や無常観、あこがれや妬みなど、様々な感情をあらわすものらしい。激しく激昂して極端な恥ずかしい行動をとったりするのは、このせいかもしれない。恥も外聞もないのが朝鮮文化と言ってしまえばそれまでだが、朴槿恵大統領の名誉を云々するなら、安倍首相の名誉も重んじなければ、とうてい国際社会には受け入れられない。そして、朝鮮人とは恥ずかしい蛮族だと世界中から嫌われる。

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2014年9月14日 (日)

芸術家という人たちの価値観

Photo 今朝、NHK番組「小さな旅」で藤野町の芸術家村を紹介していた。神奈川県と山梨県の県境にある旧藤野町のことだ。町役場が中心となって、各種芸術の振興に力を入れ、多くの芸術家を在住させた。「芸術の町」を標榜した町には、あちこちに地元アーチストによる野外彫刻が展示されている。一般の人が宿泊しながらプチ芸術体験できるような、「神奈川県立藤野芸術の家」もあり、陶芸,木工,ガラス細工のような工芸から、音楽、演劇なども楽しめる。愚生の家からも車で容易に行ける距離にあるようだ。ところで、番組の中で紹介された、そこに住む芸術家たちの顔は生きいきとしていた。愚生のような凡人と違い、つくづくと芸術家という人たちの価値観を認識させられた。藤野町は、2007年に相模原市と合併して、相模原市緑区となり政令指定都市の一部となった。「緑のアトリエ」を目指した藤野町が、玩物喪志した相模原市役所の行政下に編入されて惜しい気がする。なぜなら、隣接するM市に住む愚生は、自治会関係で相模原市役所職員と話をする機会が多い。彼らは、工程が遅れた原因を自分の怠惰や職務能力の不足と認めず、市条例などの理由を持ち出し、言い訳をすることを繰り返している。このような拱手傍観の組織に取り込まれてしまうと、芸術村を立ち上げた旧藤野町の役場職員の働きは期待できないだろう。市町村合併は、少子高齢化の日本において重要なことだと思う。しかし、組織があまりにも大きくなると危機感が薄れ、地域の特色も薄くしてしまう。

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