旅行・地域

2018年12月24日 (月)

健康なうちに小旅行を

Pb12 アベノミクス下で、6年続いた年間株価も上昇が途切れた感がある。団塊の世代が、高齢者になったせいだろうか。投資に資金を振り向ける余裕がないのか。日経平均株価は、7年ぶりに年間で下落することが確実だ。日経平均株価というより、米国株安がそうさせたのだろう。9割方を日本個人投資家が購入したといわれる、ソフトバンク(SB)株のIPOで、株市場から2.6兆円も吸い上げられた。それを買った90万人ものSB株主は、第二のNTT株と同じになりそうだ。SB株の上場前の開示情報は、問題なかったのだろうか。ファーウェイ機器の4Gでの中継機の交換、そして5Gで新たな投資、日本政府からの4割ものスマホ料金の低減要求、第四のキャリア楽天の参入と、これからSB株が上昇するのに克服する問題が山積だ。先々月には一時、27年ぶり高値まで日経平均が上昇したが、この間も個人投資家は株を売り続け、6年間で約27兆円を売り越した。どうも投資家の高齢化で換金が多いのが原因なのだろうか。日経新聞によれば、日本の個人株主数は、実質1900万人程度とみられる。大手証券会社の推測では、この個人投資家たちの平均年齢は、「60代後半」だという。愚生が属する高齢者の範疇の真っただ中になる。一方、関西を地盤とするある中堅証券では平均年齢で70歳を超えたという。ネット証券が使えない世代を含むため、平均年齢が上昇する。今般、日本の人口の4分の1が65歳以上で、約1860兆円の家計金融資産の過半がこの層に集中しているという。そして、日本ではリスク資産の比率が最も高いのは70歳以上だという。ここ二十年も続いたデフレーションが、そうさせたのかもしれない。数年前に投資用不動産を処分した際の担当者は、入社してから不動産は下がるものだと思っていたという。彼の年齢は推定で40歳以下だろうから、大卒で入社すれば納得できる経済状況だ。野村総研の推計では、全体で約280兆円規模の家計のリスク資産の4割を70歳以上が保有するという。都内の住宅地担当の大手証券マンは、株や投信で運用していた顧客の預かり資産が一気に千万や億単位で減少する例が増えているという。相続人が相続税対策の換金で、投資資金が消えていくからだ。どうも日本国内は、確実に投資資金は先細りしているようだ。シニア層の資産を日米で比べれば、一目瞭然だ。日本では、この20年間で横ばいだ。一方、米国の同年代はほぼ同期間に3倍に増やしている。この中で、債券と株価比率を見れば、投資信託や退職口座なども中身は株が大半を占めるのだろう。米国株高という追い風は大きいが、短期の値動きに一喜一憂しない投資家が増えれば株価上昇を支える。最近の暴落で、多少含み損を抱えた愚生のポジショントーク用の弁明にも聞こえるが。確かに、若ければ下落局面では株の仕込み好機だが、老い先短いことを考えれば無理をしないのは当り前だ。高齢者には、金より健康のほうが優先する。そう思えば、健康なうちに小旅行を繰り返した方が後々後悔しないような気がする。

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2018年12月22日 (土)

大した人物だと脱帽させられる

Mackasanova 21日の米株式相場は、またも大幅続落。S&P500種株価指数は週間ベースでは2011年8月以来の大幅下落。ハイテク売りが膨らんだことで、ナスダック総合指数は弱気相場に入った。国債は上昇、10年債利回り2.79%に低下。株価指数と個別株がそれぞれ先物とオプション取引の最終日を迎える四半期ごとの「クアドルプルウィッチング」に当たったことから、この日は出来高が膨らみ、株安に拍車を掛けた。ダウ工業株30種平均は414.23ドル(1.8%)安の22445.37ドル、ナスダック総合指数は3%低下した。クリスマス休暇時期なのに、いったい誰が取引をするかと思ったが、四半期ごとの「クアドルプルウィッチング」の商いだった。いずれにせよ、株価下落で愚生は不愉快千万な気分だ。調整相場は相当長く続く気がする。相場は循環するから、いずれは朝が来るだろう。鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥だ。資産株として持っているから売買はしないと、自分に言い聞かせて慰めるしかない。ところで、一昨日、誕生日に食べるケンタッキー・フライド・チキンを買いに行った。昼飯の後という時間でもあったのだろうか、ドライブスルーには待ちがなく愚生がすくに注文ができた。あまり流行っていないようだから、この店もいつまで続くのか不安になる。確かに、ケンタッキー・フライド・チキンは、脂っこく肥満のもとになりやすいから若い人には不人気なのだろうか。一方、マクドナルドで夕食なんて―と思う。しかし、日本マクドナルドの常識を覆し、マック復活劇をけん引しているのが「夜マック」だそうだ。マクドナルドは1日を4つの時間帯にわけて集客や売れ行きを把握している。朝5時~10時半の「ブレックファースト」、10時半~午後2時の「ランチ」、午後2時~5時の「スナック」、そして午後5時~深夜の「ディナー」という具合だ。どこの店でも来客と売り上げで圧倒的なのが「ランチ」時間だ。ところが、一番少ない時間帯の「ディナー帯」が伸び率でトップになったという。考案された「夜マック」は、午後5時以降、100円を追加すればハンバーガーのパティ(肉)が2倍になるという商品だ。これ1個で満足感があり、十分夕食になるという。マクドナルドといえば、支那工場でのプラスチック混入事件で、サラ・カサノバ社長が謝罪している姿を覚えている。決算も赤字で、当時は大変な時期だった。マクドナルドは、どちらかと言えばランチの花形として定着してきた。愚生なども、出張時に、ワンコインマックをよく注文した。時間がない人には便利な昼食だ。私事だが、愚生は朝食や夕食といった他の時間帯にマックを食べた記憶はない。そういえば、カサノバ社長の前は、アップル日本法人からマクドナルド社長に転じた原田泳幸氏だった。同じマックと言っても、ずいぶん違う商品だ。原田氏はフランチャイズに切り替え直営店や小規模店を廃して損益を改善した。要するにある程度売れば、本体へのリスクは少なく赤字が出にくい。この手法なら、愚生でも考案できると思った。しかし、2012年12月期に既存店売上高が前年比マイナスになった。そして、カサノバ社長にバトンを渡し退任した。この後を引き継いだカサノバ氏は大変だと他人事ながら思った。しかし、やはりマック生え抜きのプロ中のプロなのだろう。日本マクドナルドを世界ナンバーワン支店に押し上げ、日本マクドナルドなしでは存続しえないくらいの企業業績にした。素直に大した人物だと脱帽させられる。

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2018年12月17日 (月)

「東京町田FC」を商標出願

94db04db サイバーエージェントが財政の苦しい「FC町田ゼルビア」を買収し、J1への道が開かれたとの明るい話題があった。ところが、その親会社が「東京町田FC」を商標出願していることが解かった。現在は「株式会社ゼルビア」の名称で運営されているから、商標の対象がユニフォームやサッカーボール、広告などになっていることから、チーム名も変わる可能性がある。過去の例を見ると、クラブ名に地域名を追加するときはホームタウンの広域化を図るケースがほとんどだ。今後、町田市以外にも拡げる狙いがあるのだろうか。サイバーエージェントは運営会社の80%の株式を取得した。残りの20%はFCゼルビア町田をこれまで支えてきた少数の株主が継続する。事実上、会社の経営権はサイバーエージェントとなった。記者発表会でサイバーエージェント社長の藤田晋氏は、「東京ヴェルディの株主だった当時は、筆頭株主ではなかったため、なかなか思うような経営ができなくて撤退した。今回改めて、Jリーグの成長性・将来性に非常にポテンシャルが大きいと感じた。楽天の三木谷さんが海外のスター選手(イニエスタ選手)を日本に呼ぶ流れもあるし、東京発のビッグクラブが出るんじゃないかと思っている」と期待を述べた。この発言から、東京発という言葉が気になる。町田市民にとっては、町田は東京都であることは誰でも知っている。しかし、地理に疎い人には町田市がどこにあるかなど知らない。例えば、東名インターでも「横浜・町田IC」とある。これでは、横浜市町田区と推測する人もいるだろうから紛らわしい。「町田・横浜IC」にすべきだ。町田市を題材にした三浦しおん著「まほろ駅前多田便利軒」(第135回直木三十五賞受賞作品)という小説がある。物語の舞台となっている「まほろ市」は、神奈川へ張り出した東京都南西部最大の街という設定だ。そこは著者である三浦が在住している町田市がモデルだ。小説の冒頭は、「東京都南西部最大の住宅街であり、歓楽街であり、電気街であり、書店街であり、学生街であるがゆえに、スーパーマーケットやデパート、商店街や映画館といった施設は軒並み揃っている。そのため、生涯を通して大凡のことがまほろ市内だけで済み、街から出て行く者が少なく、たとえ出て行ったとしても、また戻ってくる者が多い。」というくだりで始まる。作中に登場する「ハコキュー」は小田急、「小山内町」は小山町と言った地名や風景の多くは、町田市内に実在する地名や建造物をモデルとしている。また、愚生も事情は知らないが、町田駅に乗り入れるバスは、何故か「神奈川中央バス」だ。地理的にも、町田市は横浜市と川崎市を突き刺した位置にある。東京の3多摩地域は、廃藩置県後に一時は全域が神奈川県に移管された。しかし、多摩3郡は明治26年に東京府へ移管された経緯がある。そういう理由で、神奈川県とは非常に縁が深く、武相新聞(武蔵・相模)という地域紙まである。ただ、NHK関東地方の放送でも、東京町田市といういい方をする。町田市民でなかった藤田社長には、東京町田FCという呼び名のほうが、耳覚えが良いのかもしれない。熱狂的なサッカーファンではない愚生にとっては、どうでもよい話だ。ただ、サポーターの人たちにはゼルビアの名前が無くなるのは辛いことかもしれない。「ザスパ草津」→サズパクサツ群馬、「コンサドーレ札幌」→北海道コンサドーレ札幌、「ジェフ市原」→ジェフ千葉など、運営会社が変わらなくてもチーム名が変わった例は多い。もっと酷い例では、「横浜フリューゲルス」→F.という一文字になった例まである。そう考えれば、町田という名称が、チーム名のどこかに入っていれば文句をいう筋合いではないだろう。いずれにせよ、サイバーエージェントには早期にJ1昇格に向けた施策を練って欲しいものだ。

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2018年11月19日 (月)

古都の歴史の重みを痛感させられる。

  • Dsc02462_4 秋も深まり、古都でも紅葉狩りの季節となった。愚生も、紅葉を楽しむため、久しぶりに京都や奈良の神社仏閣をまわった。京都はともかく、滋賀の湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済時)や、奈良の郊外の長谷寺などは、天台宗や真言宗という密教だ。総本山がある比叡山や高野山と同様な山奥に建立されている。健脚でない愚生にとっては、少し辛い観光であった。赤く染まった紅葉は、絵画を見ているようで美しい。そして、日本には見るべき絶景が多いと感心させられる。京都や奈良など、何度行ってもその観光資源の奥深さに驚かされるばかりだ。京都の東福寺や嵐山、南禅寺など、外国人旅行客も含めて混雑を極めている。日光や箱根の紅葉が終わった後は、古都に流れてくるのだろうか。愚生の体力不足から、足が痛くなった。そのため、嵐山で生まれて初めて人力車に乗った。乗車賃がすこぶる高いことを除けば、快適な乗り物だった。ただ、車夫は大学を出て一年だというから、就職試験が希望通りでなかったのだろうか。いつまでも、歩合制の体力頼みの仕事は辛いだろうと同情した。ここ数年で、足早に日本の名所を観光したが、やはり奈良・京都は歴史の匂いが染みついている。これまで奈良の郊外にまで、足を延ばすことはなかった。明日香村にある談山寺は藤原鎌足を祭る。大化の改新で、以後の日本の政治に大きな影響を与えた中大兄皇子や中臣の鎌足らの密談場所だと言われる。つくづく、古都の歴史の重みを痛感させられる。ところで、帰った後は撮りためた写真の整理に追われる。同窓会の写真であれば、セキュリティ付きのウェブサイトにアップロードして終わりだ。しかし、介護施設に居る母や義母に見せるとなると写真にしなければならない。インクジェットプリンターの色合いの調整など、面倒なことが多い。ヨドバシドットコムでは、L伴400枚でキャノン光沢用紙であれば1800円、一方、富士フィルムは1100円で販売されていた。日本では、まだまだデフレが進行しているように思う。カメラや複写機需要も減り続けて、キャノンも富士フィルムも業績は良くない。この先のビジネス展開は、両社とも容易でないだろう。

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2018年11月11日 (日)

貫一お宮の像という観光資源

Si_80022137_30799 一昨日は、同窓会で熱海に泊まった。同窓会といっても、酒を酌み交わすだけだ。ほとんど観光などはしない。ただ、内陸県から来た友人は、海が珍しいとみえて気に入っているようだ。その他に、熱海には見るべき資源があるのだろうか?見渡しても外人のインバウンド客はいない。むしろ、愚生より年上とみられる棺桶に足を突っ込んだような老人客が多い。近くにあって老若男女問わずに雑踏に塗れる箱根とずいぶん人気が違うと感じた。愚生自身も、家族連れで熱海に行ったことはない。宿泊費が安く、交通の便が良いことだけが利点だ。ところで、熱海の海岸には、1986年に設置された「許しを乞うお宮を貫一が下駄で蹴り飛ばす金色夜叉」の銅像がある。年寄りならば、みんな皆知っているだろう。読売新聞に明治30年-明治35年まで連載された尾崎紅葉が書いた小説の一場面だ。「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせる」というお馴染みの臭いセリフを思い出す。ただ、時代が変わって現代では、「貫一お宮の像は、女性への暴力を容認していると誤解を招くのでは」といった意見が数多く寄せられているという。そうした中に、「こんな像があったら、恥ずかしくて熱海へ外国人客を連れて行けない」という内容まであるという。しかし、撤去するとなれば別の大きな問題もある。女性の人権を守れと言いながら、表現や言論の自由を弾圧しているとも言える。一高の学生だった貫一が下宿屋の娘のお宮を蹴るシーンは、愚生の大学時代でも考えられない蛮行だ。そういうわけで、銅像はインバウンド客の観光資源にはなっていないようだ。というか、それほどまでに熱海には観光場所がないのだろう。何か、廃れた水上温泉や鬼怒川温泉と通じるものがある。農業人口が減って、温泉湯治という客が少なくなったのだろう。毎回、幹事をしている愚生には、つまらない小さな集まりでも、それなりに手はかかる。少しは、こちらの気持ちを斟酌してもらいたいと思うが、言っても無駄だろうと諦めている。愚生が担わなければ会は潰れてしまうと思うと、ボランティアのつもりになってするしかない。そう思うと、つくづくスーパーボランティアと呼ばれる尾畠春夫(おばた はるお)さんに頭が下がる。定年後は「自分は学歴も何もないけど世間に恩返しがしたい」とインタビューに答える尾畠さんをみると、本当にいい人だな~というのが伝わってくる。邪な愚生には、とても真似ができないと感心する。

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2018年7月11日 (水)

観光拠点から取り残された感がある

Dsc01573 昨晩、東北旅行から帰った。福島県の保原町に関連企業があったせいで、仕事で東北へ行くことは珍しくなかった。また、入社時の研修工場が会津工場と何かと縁がある地域だ。ただ、観光旅行となると四十数年ぶりだった。出張で行くのと観光では、目的が違うため全く初めての場所という感じだった。高村光太郎の十和田湖畔にある休屋の御前ヶ浜に建つ「おとめ像」も印象深かった。昭和二十八年に建立というから、当時は最近の作品という感覚だった。しかし、それから四十数年経った今は、著名な作家の遺産として残されている気がした。ただ、湖畔には多くの閉鎖された茶屋があり、観光拠点から取り残された感がある。愚生の目には、寂れた水上温泉の様と同様に映った。当時の愚生は、若気の至りか、盲蛇に怖じずという気概で方々を旅行した記憶がある。今となっては、懐かしい記憶だが、当時を思い浮かべると青臭い感傷に浸ってしまう。平泉の中尊寺も、前回訪れたという記憶以外は一切覚えていなかった。ただ、当時はなかった松尾芭蕉の「五月雨の降り残してや光堂 」という真新しい碑があった。ここで芭蕉が詠んだように、金色堂は数百年を経た今も光り輝いていた。金光堂は、さや堂という覆いに守られている。そのため、当時は外からはよく見えなかったはずだ。暗さの中で、光堂が輝いているというのはフィクションだったのかもしれない。東北には、観光資源はあるのだろうが、愚生の目には外国人の姿も疎らで、インバウンド客の恩恵は少ないように見えた。ところで、今回の東北旅行で印象的だったのは、青森・秋田・岩手・山形では、賃貸アパート建設は目立たなかった。過疎に悩むこの地域の人には、辣腕でならしたハウスメーカーの営業も歯が立たなかったのだろうか。ハウスメーカーを責める前に、キャシューフローを自分で厳格に計算すれば、騙されるはずなどない。やはり、騙される人は、欲の皮が突っ張っているのに違いない。「騙されるベくして騙された」とは、言い過ぎなのだろうか。

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2018年5月 2日 (水)

平家物語の冒頭を思い出す。

20180425oytni50046l  北陸新幹線や上越新幹線が開通する前は、愚生の田舎に帰るには信越線か上越線で、新潟県を通る必要があった。小千谷市は、東京(高崎)から下れば、上越線の水上と長岡の間に位置する。その小千谷といえば、錦鯉や小千谷縮で知られている地域だ。錦鯉は県内の約45%を生産する。その錦鯉は、全国的に知られ、国内はもちろん海外でも高い評価を得ている。錦鯉は雪国の清らかな水と、伝統の技法で育てられた独特な色調を持つ流麗な体形から、別名「泳ぐ宝石」とも呼ばれる。この小千谷市は、JR上越新幹線の沿線だが市内に駅はない。市域のほとんどの区間が魚沼トンネル、妙見トンネルで通過しており、浦柄地区に数百メートルだけ地上区間がある。だから、上越新幹線の車窓から小千谷市内の風景を見ることはできない。その新幹線を利用する場合は、越後湯沢駅、浦佐駅、長岡駅のいずれかで乗り換える必要がある。ところで、長岡を地盤とする田中角栄宅には、一匹数百万円の錦鯉が泳いでいた。錦鯉を産業とする地元選挙区の業者からのご祝儀品だったのだろうか。隣県の愚生の地域でも、近くに錦鯉の養魚場があった。田中角栄宅の鯉とは比較にならないが、当時のお金で1匹1万~3万円もする高価な贈答品だった。親父が身の丈に合わない道楽で造った庭にも、錦鯉が何十匹も放たれていた。そのせいで、田舎に帰ると自宅の池にネットが張ってあった。大鷺が食料として、池の鯉を攫っていくからだという。俯瞰するという単語をよく使うが、鳥の目とはずいぶん遠くまで正確に見えるものだと感心させられた。その金をかけて造った庭園も、愚兄が相続してからは維持管理ができなくなった。今は借金が詰まった賃貸アパートに変わってしまった。放たれた錦鯉も金持ち宅で優雅に泳いでいる時は良いのだろう。しかし、身の丈に合わない相続人に代替わりすれば、そく落命と思うと哀れを感じる。適当ではないが平家物語の冒頭を思い出す。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」晩節を迎えた愚生の心境と、何か通じるものがある。

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2018年3月12日 (月)

石垣島住民が現実的な判断

Island_img01 沖縄県石垣市長選で政府が支援した現職の中山義隆氏が3選を果たしたことで、自衛隊配備計画は進む。石垣島は国内外からの観光客でにぎわう。一方、同じ石垣市にある尖閣諸島周辺の海空域では中国の公船や軍用機による挑発行為が繰り返されている。政府が南西諸島防衛の一環として石垣島中心部に地対艦・地対空ミサイル部隊など陸自隊員500~600人の配備計画を進めている。これは対中国に対して、抑止力を強化するためだ。愚生は先月八重山諸島に旅行で行った。八重山諸島に旅行して思ったことは、こんなきれいな海があるのかという驚きだった。八重山諸島は、石垣島を含めて観光資源が満載だ。そして、島民は中距離ジェット機が乗り入れ可能になったことにより、多くの観光客が訪れるメリットを享受している。島民からすれば、現実的な防衛政策を受け入れ、経済発展を目指す道を選択するのは当然だろう。反基地で市民感情をあおる翁長知事の手法に限界も見え始めている。石垣島に自衛隊が駐屯すれば、基地や自衛隊が島にお金を落とす。その一方で、中国に対する抑止力で島の安全性が増すだろうから、島民のみならず観光客にとってもありがたい。島民が現実的な判断をするなら、政府与党系の市長を選出することは理にかなっている。これで名護市長選に引き続き、反基地派の候補が連続で敗れた。名護市では稲嶺進前市長が米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対していたせいで、国から米軍再編交付金が支給されず経済振興は大きく遅れた。送迎バスの運転手で、基地反対派の女性と話す機会があった。彼女は沖縄に配備されている軍用機の本土移転や安倍首相が基地を抱える山口県選出の国会議員だということも知らなかった。どうも、沖縄には正しい情報が伝わっていないような気がする。ところで、亜熱帯の八重山諸島に行って感じたことは、つくづく日本は広いと思った。

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2018年2月28日 (水)

八重山諸島は愚生には感動の旅だった

00410   昨日、沖縄県の八重山諸島観光から帰ってきた。石垣島は、八重山諸島の政治・経済・教育・交通などの中心地で、県庁所在地である那覇市との距離は南西に410km。沖縄県内では沖縄本島、西表島に次いで3番目に広い島である。そして、石垣島の人口は約4万7千人と多くの人が住んで居る。地理的には日本のほとんどの地域よりも台湾に近く、わずか270kmしか離れていない。愚生の知識の欠落で、沖縄本島とこうも遠いとは思わなかった。鹿児島と石垣島の中間地点に沖縄本島がある。愚生の知人から、八重山諸島への観光は面白くなかったと聞いていた。しかし、愚生には感動の旅行だった。こんなきれいな海が日本にあるのかと思うくらいの素晴さだった。はっきり言って、日本国というよりは外国の感じがした。日本の諸島と違い漁船を見ることがほとんどなかった。そして、生臭い漁港の匂いも、魚に群がる鳥たちもいなかった。石垣島に比べ国有地が9割を占める西表島は、マングローブ林が広かった原生林が川沿いに続く。一方、石垣島に近い竹富島の人口は360人前後で、島に住む島民同志は全て顔見知りだという。この島では警察官もいない。島で見かける人は、ほとんど愚生のような観光客だ。愚生の感覚で言えば、石垣島の街は、日本の辺々に位置する小都市よりも遥かに都会に見えた。一方、人口2500人しかいない西表島やさらに少ない竹富島などは、秘境と呼べるような亜熱帯のリゾート地だ。実際に島に住むとなれば、容易ではないのだろうが。沖縄と一口に言っても、八重山諸島は別の文化圏のような気がした。ところで、この島の三大有名人とは、ボクシングの元チャンピオン具志堅用高、ビギン、そして、夏川りみだそうだ。街の中心街から少し郊外に向かう場所に、夏川りみの実家がある。三階建ての鉄筋造りの大邸宅で一階は家業の八重山そば屋さんとのことだった。ガイドの話しでは、涙そうそう御殿と呼ばれている。また、ビギンの歌などにも何か異国風の沖縄の音階が匂う。そう思って、カミさんにきくと、沖縄の音階には「レとラ」がないそうだ。勿論、ビギンの「島人ぬ宝」の歌はレもラも使われているが、イントロや間奏、最後の歌詞の「教科書に・・・」に続く音律は琉球音階になっているそうだ。そのせいで、本土生まれの愚生には異国風に聞こえるのだろう。最後に、八重山には他にも愚生を歓待してくれた動物がいた。それはリス猿だった。

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2018年2月25日 (日)

知らない所へ行ってみたいという願望

Dsc_00851 今日から八重諸島に旅行する。沖縄県出身者から、沖縄旅行の良い季節は二月だと聞いたからだ。勤め人時代には、外国だが近くにある台北(台湾)へは何度も出張した。しかし、すぐそこにある沖縄となると行く機会はなかった。今は、シルバーライフで時間を持て余している。ただ、いつまでも足腰の立つわけではないから、健脚の内に妻と行くことにした。愚生の勤め人時代は、出張は多かった。しかし、コンピューター関連の仕事だったため、その地域に自社のシステムが稼働していれば用事がある。そうでなければ、商談でもなければ行く機会はなかった。そのせいもあって、観光地に行く機会は極めて少なかった。愚生の友人には、八重山諸島を訪ねて「イリオモテヤマネコ」を見るのかと聞かれたが、そういう目的でもない。猫なら愚生宅にいる偉そうなロシアンブルーの「リリ様」で十分だ。老化現象が始まると、残された時間も限りがあると痛感する。この歳になると若い頃と違って、終末を常に意識するようになってきた。元気で行けるうちに、自分の知らない所へ行ってみたいという願望なのだろうか。愚生の生まれ育った北陸地方とも、徐々に縁が無くなってきた。田舎に行く機会があるすれば、親戚の葬祭くらいだ。ところで、愚生の見慣れた立山連峰の雪景色は、他県の人には素晴らしい景観のようだ。勿論、北アルプス連山の圧倒するような景観は愚生も大好きだ。しかし、それよりも子供心に眺めた朝日に映える立山連峰には別の共感を持つ。険しい冬山を仰ぎ見れば、新雪を踏んで小学校に通った頃が懐かしくよみがえるからだ。

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