旅行・地域

2017年8月13日 (日)

田舎の旧盆とはいっそう疎遠になった。

460742ff14bed054341bba7acf2621ea お盆というと、生まれ故郷の北陸の田舎にいた時までだ。迎え盆や送り盆に、御招霊(おしょうらい)といった行事があった。愚生の地域では、松明を焚いていた。お盆に先祖の霊があの世から帰ってくるときに、暗いと困るので明かりを持って迎えるという習わしだ。当然、迎え火があれば、再びあの世に帰る際の送り火もあった。ただし、迎え火は多くの人が参加したが、送り火となると愚生のような暇な子供たちだけだった。先祖の霊など今では信じない。しかし、当時は曾祖母の話を半信半疑で聞いていた。曾祖母は明治生まれの人だった。しかし、当時の日本は今と違い、朝鮮・満州・上海居留地・遼東半島なども国土一部だった。そのせいか、曾祖母は英語を習った後に上海に旅行に行ったことがある。愚生の親父も、旧制中学を卒業後、継母と折り合いが悪かったせいか、学費がかからない旅順工大の専門学校に進学した。「青年よ、大陸へ」という、政府の移民政策に煽られて大陸に行ったのだろうか。そのせいで、満州語と中国語ができたので、戦時中は軍の通訳をしていて伍長で終戦を迎えた。終戦後、親父が帰郷した時には、富山市内一面が焼け野原だった。一日中、どこをどう歩いたかも覚えていないと言っていた。戦後生まれの愚生などと違って、青春時代は死と向かい合っていたのだろう。瀬戸内寂聴などが偉そうに戦争体験を語る姿には、いったい彼女は戦時中どこにいたのかと言いたい。人殺しをした兵士は、戦争体験など語る人は少ない。親父から、愚生も戦争中の体験など聞いたことはなかった。思い出したくもないのだろう。8月15日の終戦日は暑い日だったとお袋は言っていた。そのお盆も、大学時代を遊学したせいで、高校を卒業してからはたまに帰る程度になった。そして、就職先はF社の川崎工場だった。そのせいで、新盆を祭る東京に住んだせいで、田舎の旧盆とはいっそう疎遠になった。本籍を東京に移してからは、さらに田舎が遠くなった気もする。

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2017年8月 6日 (日)

店頭に客があふれたら相場の転機

00172_1 不動産サービス大手CBREが2017年から2020年ごろまでに日本の主要8都市で、ホテル客室が2016年より約6万5千室、26%増えるとの調査をまとめた。訪日外国人の急増があっても、実はホテル客室は不足しないとの試算だ。そして、すでに供給過剰リスクも指摘されている。そういえば、新聞広告欄では、ビジネスホテルのアパグループや東横インのホテル開業情報をよく目にする。金利も安いことだし、外国人訪日客の急増に乗って、拡大路線を突き進んでいるのだろう。確かに、日本政府観光局によれば、2016年に日本を訪れた外国人は約2400万人と過去最高を更新。政府は、2020年に4千万人をめざすというから、ホテルをいくら作っても足りないと踏んでいるのだ。しかし、こうしたホテル建設の急増は、既存ホテルの稼働率の低下という現象になっている。愚生なども、国内旅行ツアーに参加すると、ビジネスホテルに泊められることがある。ビジネスホテルは、ほとんどの客室がシングルルームだ。出張で泊まる場合、社用の宿泊客は、ほとんど個室を希望する。狭いシングルを多く作った方が、ビジネスホテルにとっての収益性は高い。一方、急増している訪日外国人は、カップルやファミリー層が多い。愚生のように、鼾がよほど煩い場合を除いてシングルルームは使いにくい。そういうこともあって、古いシングルルーム主体のビジネスホテルは伸び悩んでいるようだ。確かに、ホテルでもアパートであっても、同じ値段なら新しいほうが好まれる。女房と畳は新しい方が良いという諺の意味は、男の愚生には素直に理解できる。いずれにせよ、不動産投資というものは一度投資すれば、お金に還元されるまでに長い時間がかかる。短期的な利ザヤを求めての投資は出来ない。古い温泉場に行くと、朽ち果てたホテルや旅館が放置されている風景を目にする。越後湯沢駅周辺では、多くのバブル時代に建設されたリゾートマンションが捨て値で売られている。低金利と金余りから、ホテルやアパート建設が盛んで、住宅メーカーは好決算だ。結構なことだと思うが、バブル期を経験した愚生は「店頭に客があふれたら相場の転機」という句が頭に浮ぶ。

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2017年7月18日 (火)

健脚でいられるものあと僅か

10630168791644622792 勤め人を辞めて年金受給者になってからは、妻と旅行に行く機会が増えた。旅行の効率を考えれば、多少わずらわしいが旅行会社の企画ツアーのほうが楽だ。旅行は現地に行くだけが目的ではない。そのため、グリーン車使用や割高でもグレードの高いホテルや食事付きの旅行にしている。そういう訳もあって、海外旅行をするよりも料金は高くつく。愚生宅は、それほど余裕があるわけではないが、いつまでも生きていられるわけではない。そう思うと、生きてこられたご褒美だと自分に言い聞かせて旅行ツアーに参加する。最初は、一泊二日くらいから始まった旅行だが、今度は五泊六日にまで伸びた。旅行もあまり長くなると、早く家に帰りたい気分になる。そういう思いもあるが、ここに来るのは最後だと言い聞かせながら旅情を感じている。仕事の出張で何回も来たところであっても、観光はしたことのない場所は多い。若い頃には、時間は無限にあると思っていた。そして、観光の機会はいつでもあると高を括くっていていた。ところで、愚生宅が特別だとは思わないが、週毎に紙爆弾のように旅行会社からツアーの宣伝雑誌が送られてくる。愚生など、ほとんどネット検索で探すため見ることはない。しかし、この広告雑誌のお金も愚生らの旅行参加費用から捻出されているのかと思うと、つくづくもったいないと思う。旅行会社には、何度も不必要な旅行雑誌まで送ってくれるなと頼むが、全く効果はない。健脚でいられるものあと僅かだと思うと、旅行前に感じる億劫な気分は失せてしまう。人生もつくづく終わりが近づいてきたとひしひしと感じる。

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2017年5月25日 (木)

将来の不確かな夢より、近場の実現益

Web_imageview3   米グーグルは前週、検索ボックスに条件を入力すれば求人情報を探せる新機能を発表した。検索ボックスに職種や通勤時間などの条件を入力するとニーズに合致した求人情報を出すサービスだ。米フェイスブックや米リンクトインといった世界大手のSNS企業などと連携し、提携先から求人情報のデータを取得し、機械学習やAIの活用で高レベルの検索を実現するという。この機能は、リクルートホールディングスが運営する求人・転職情報サイトと真っ向からぶつかるライバルとなる。株式市場では、リクルートが2012年に買収した「インディード」への影響を懸念する声が広がっている。インディードは、リクルートが収益のけん引役としている米国求人検索サイトだ。ネット上に分散されている求人情報を1つに集約するのが強みで、同事業領域で圧倒的なシェアがある。いわゆる、就職情報の価格ドットコムと呼ぶようなものだ。欧米を中心に展開し、2016年12月期の売上高は約1200億円(対前年度62%増)だ。2018年度には約2200億円の生長を見込む。リクルートにとっての虎の子事業だ。グーグルは既存の求人関連企業と連携するというが、提携先にインディードの名前はない。どうも、市場予想通りに競合相手となる可能性が強い。リクルート株は右肩上がりのチャートを描いているが、背景にあったのは、インディードなどがけん引する成長力への評価だ。そのせいだろうか、先週末にはリクルートの株価が大きく下げた。朝令暮改の愚生は、多少含み益のあった支那のSNS「微博」株を売ってGoogl株を買い足した。将来の不確かな夢より、近場の実現益を優先した。売却益で、クイーンエリザベスによる豪華な海外旅行の夢は無理でも、近場の鬼怒川温泉くらいは確実に行けそうだ。お上りさんの愚生は、質素倹約が身についているようだ。

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2017年4月 9日 (日)

昭和天皇が秋芳洞をアキヨシドウと呼んだ

38k04_1 山口県中央部に広がるカルスト台地は、昭和30年11月1日に秋吉台国定公園(あきよしだいこくていこうえん)の指定を受けた。愚生が小学校の頃だろうか、切手収集が趣味だった。当時、非常に切手人気が盛んだった。東京オリンピックの記念切手など、学校を遅刻してまで、郵便局に並んで買い求めた。「趣味の記念切手」という雑誌には、古い切手の目安となる時価が載っていた。見返り美人は、4000円、ビードロは500円という具合だ。愚生が最初にシリーズで集めた切手は、日本の国定公園だった。その中でも、最初に購入した切手は、1959年3月16日に発行された秋吉台の秋吉洞とカルスト高原だ。そういう訳で、秋吉台には思い入れが強く、小さい頃から行ってみたいと思っていた。その秋吉台には、国定公園指定地域内に秋芳洞など約200もの鍾乳洞がある。先日の山陰・山陽旅行で、秋吉台へ行く機会があった。秋吉台は、アキヨシダイと読む。一方、秋吉台は、秋芳町(しゅうほうちょう)にある。昭和天皇(当時、皇太子)が秋吉台に観光に来て、鍾乳洞に名前を付けた。その時に、天皇が秋芳洞をアキヨシドウと呼んだ。天皇が一旦、アキヨシドウと呼んだからには誰も正すことができない。それ以来秋芳洞は、アキヨシドウという名になった。そして、秋芳町秋吉地区一帯にある台地は、秋吉台(あきよしだい)。町の名前は、秋芳町(しゅうほうちょう)。洞窟は、秋芳洞(あきよしどう)と呼ぶ。ところで、子供心に昭和天皇の日本語は、発音が少しおかしと思っていた。当時は「やんごとなき人たち」の日本語発音は、愚生の感覚など及ばないと思っていた。しかし、その後、歳を重ねるうちに昭和天皇の御頭の方が足らないのではとの疑念を持っている。秋吉台の10円切手には、今も時価170円とか80円という値がついている。小さい頃は、持っている切手の時価を合わせて、小金持ちだと喜んでいた。しかし、大人になって、切手の売り値と買い値の値段乖離は、10倍以上もあるという現実を知った。秋吉台記念切手など、それ以上の乖離で、額面の30%でしか古物商で買い取ってくれない。馬鹿々々しいと思い、見返り美人以外の切手は、通信用の切手として額面で使った。旅行で憧れの秋吉台に行ってきたが、思い入れが強かっただけに、心に映った印象は薄かった。

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2017年4月 8日 (土)

人生残りは20年しかない

Dsc03666 旅先にいると新聞を読む機会が減ってくる。目先のことに優先順位がいって、社会情勢など、どうでもよくなるからだ。森友学園や豊洲移転問題、都議選など、愚生にはどうでもよい話だ。暇を持て余しているから、新聞記事やワイドショーを憤りを感じながら熱くなっていた。振り返って見れば、勤め人時代は昇進、昇給や組織の移動などの方が、愚生には重要だった。だれが首相だろうが、愚生の利害関係のある事に比べれば、取るに足らない。こう考えると、人はずいぶん自己中心的な生き物だと感心する。愚生の友人の年賀j状には、人生を八十数年とすれば、残りは20年しかないと書かれていた。友人は結婚した直後に、これは失敗だったと愚痴っていた。直ぐに離婚するのかと思っていた。しかし、腐れ縁で夫婦生活が今も続いているようだ。結婚式や新婚旅行の費用だけでも、大変な出費だったはずだ。もう一度やり直すには、大変な労力が必要だ。多少の憤りを飲み込んで、離婚を諦めたのだろう。他人事とは言え、現実的な生き方だ。やり直したからと言って、他にもっと良い話があるとは限らない。このように、人は妥協や打算的な選択で一生を終えるのだろう。中には自分の生きざまに満足せずに、キャリアを一からやり直した人もいる。愚生には、厚生年金、退職金、収入の機会損失など、人生設計に大きなハンディキャップを負うことが気になる。一度の人生だからと枕詞をつければ、その人にとって間違いなく正しい選択だろう。若い頃の記憶を辿りながら、他人のことだからと、それ以上の詮索はしない。しかし、そう思いながらも、音信不通になっていると、今はどうしているのかと気になる人もいる。

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2017年4月 7日 (金)

島根県は見どころが多い地域だと改めて認識

Dsc03788 昨日、中国五県の旅行から帰ってきた。仕事や学生時代に行った場所もある。しかし、記憶を辿っても当時のことを全く覚えていない。そのためか、初めて行ったのと同じような新鮮味があった。特に、ペンネームとして拝借している石見地方は、愚生には特別な思いがあった。石見銀山付近のバス停には、石見交通とある。石見交通は、島根県西部(石見地方)を中心に路線バスを運行する会社だ。愚生の片思いだろうが、親近感と少しばかりの恥らいを感じた。ところで、島根県は出雲大社のある出雲地方と世界遺産に登録された銀山があった石見地方からなる。出雲の大国主神は、古事記によれば国譲りの神だ。「我が住処を、皇孫の住処の様に太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と述べて、国を譲ったという。不思議なことに、出雲大社は西を向いて造られている。実際は、神話のような平和な国譲りが行われたのではなく、大国主神は戦って敗け自殺したか、あるいは処刑された。そして、その怨霊を鎮めるために造られたという説もある。昔のことであっても、何か理由はあるのだろうが、今となっては分からない。また、出雲大社の説明員の話しでは、能の発祥は出雲大社の巫女が京都で舞ったのが始まりだと言っていた。一方、能の源流は当時大陸から渡ってきた散楽と言われる。散楽が日本風に猿楽と呼ばれるようになり、のちの狂言へと発展した。観阿弥や息子の世阿弥などは、幕府お抱えの身分だったようだ。能役者たちは江戸幕府や大名に能の担い手として厚い保護を受けていた。そのせいもあってか、明治維新により武士が没落して禄がもらえなくなると、能役者たちは失職した。小さい頃、曽祖母から愚生の先祖も、それが原因で能役者を廃業したと聞かされた。実際のところ、真偽など不明だ。どうであったとしても、愚生の食い扶持が増えるわけではないので関係はない。ただ、少なからず縁だけはあるような気がする。その他、島根県には日本庭園ランキングで、初回の2003年から2016年まで、14年連続で庭園日本一に選出されている足立美術館。天守が国宝に指定された松江城もあり、見どころが多い県だと改めて認識させられた。ただ、質素倹約を旨とする愚生には、もう一度行く機会はないような気がする。

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2017年3月10日 (金)

石原慎太郎は「傲慢症候群」の典型だ

3982  精神科医が石原慎太郎元都知事の3月3日の会見を見て、精神状態を分析した記事が載っていた。特権意識が強く、自分勝手で「傲慢症候群」の典型だ。権力の座に長くいるとなる人格障害の一種だという。「傲慢症候群」とは障害者なのだろうか。昔は聞いたことのない病名だ。「話を聞かない」「自らを誇示する」「人を威嚇する」「横暴になる」「同意ばかり求める」などの特徴があるという。確かに、全て石原慎太郎に当てはまる。大言壮語するわりに、実は小心者のようだ。傲慢症候群という言葉は初めて聞いたが、勤め人時代を振り返えれば、こういう手合いの上司は多かった。そして、決まって批判的な者は切り捨てたり、排除したりして、イエスマンばかりを自分の周りに集める。しかし、弱肉強食の民間企業では、このような組織の長を頂く部門は、適者生存の論理に従い衰退していった。自然淘汰が常の自由主義経済なら何ら問題はない。時の経過と伴に正常化される。しかし、衆愚政治の極みとなる政治家ではそうはいかない。舌先三寸で愚者を丸め込むから、石原慎太郎のように16年も東京都知事に就いていた。週一回しか登庁しなくても、都民を騙して当選してしまう。長い間それが続くと、増長が激しくなる。その結果、民衆の反感や敵意を買っていて、自らが自滅しようとしていることも感じないようだ。小池東京都知事は、都議会のドンを引退に追い込んだ。そして、都議選も圧勝が確実だ。厚化粧の大年増と非難した命乞いの老醜、石原慎太郎も真綿で締めるように追い詰められて、晩節を汚している。次は、国政選挙に打って出る。東京都選出の国会議員は、青ざめているだろう。付和雷同の愚生は、節操もなく、全て「都民ファーストの会」と投票場で書くつもりだ。

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2017年2月11日 (土)

思い出を車窓から見られる旅行ツアー

Ss0089 旅行会社というと、一昔前ならJTB(日本交通公社)が時刻表を販売していた関係でよく知られていた。一人旅が好きな愚生も、新婚旅行だけは交通公社の旅行パックで行った。ボストンバッグの運搬や観光スケジュールの調整を考えれば、そのほうが効率的だと思ったからだ。ただ、愚生の場合は、海外出張に行く場合も一人で行くことが多かった。特に海外出張では、文化や言葉が違うため、自分の面倒を見るので精一杯だ。その上「おし」で「つんぼ」で「いざり」の同僚や上司の面倒まで見ていられない。手がかかるくせに、海外出張に行きたがる先輩には、何時も腹立たしい気持ちだった。ところが、退職後のシルバーライフになると一人旅というわけにはいかない。常にかみさんが付いてくる。断る理由を考えるのは大変なため、夫婦で旅行することになる。そうなると、一人身の気楽な旅行でないなら、旅行ツアーのほうが安くて便利だ。毎年一回くらいは、帰省を除いても必ず旅行している。今年も、クラブツーリズムという会社のパック商品を考えていた。3月に行く予定で、早々に山陰・山陽地方の7日間ツアーを予約した。ところが、ひと月前に旅行中止のお知らせが来た。そして、代替え案として4月下旬のツアーが提示されていた。しかし、かみさんは、3月行く気だったため、冬物の靴や服を既に買い込んでいた。日頃、クラブツーリズムは、紙爆弾のように旅行案内を送ってくる。そのくせ、今になってツアー中止、そして、代替えは時期が違うというのでは困る。他社に比べ割高だが、ホテルや食事が良いためよく参加していた。さんざん文句を旅行会社の担当者には言った。しかし、彼らが旅行企画や中止を決定したわけではないだろうから、申しわけないとは思った。ただ、久しぶりに思いっきり苦情を言ったので、すっきりした気分にはなった。しょうがないので、気を取り直していろいろ捜してみた。愚生は、勤め人時代に30年近くも新幹線で明石へ頻繁に出張した。その思い出を車窓から見られる旅行ツアーは、クラブツーリズムにしかなかった。結局、新幹線グリーン車使用の4月初頭に催行される山陰・山陽5日間ツアーを予約した。最近の旅行代金は、ヨーロッパへ10日間程度行くより高い。しかし、愚生は海外旅行が嫌いだ。なぜなら、日本より不味食事をわざわざ言葉も通じない所に行って食べる気がしないからだ。

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2017年1月 5日 (木)

身の丈にあった都市計画

Images 最近、高齢者移動の足となる路面電車やLRT(次世代型路面電車)がもてはやされている。愚生の育った富山市では、100年くらい前から路面電車はあった。少なくても、還暦を過ぎてしまった愚生の生れた以前からあったことは事実だ。街並みは、路面電車やLRTが富山駅を中心に結ばれている路面電車の終点は、(富山)大学前で、富山大学、富山商業、富山工業の最寄り駅だ。一方の終点、南富山には富山高校があり、途中の堀川小泉には富山女子高校(現、いずみ高校)の最寄り駅となっている。そして、沿線にオフィスビルやホテルが近接している。さらに、富山駅から北にLRTが、途中、富山北部高校を経て工場地帯、岩瀬浜がある富山港に伸びる。ほとんどの都市機能が、路面電車とLRTでアクセスできる。また、雪国であるため自動用の広い道路も融雪装置が施されて、路面電車の路線道路と100メートルほど離れて並行している。高齢化社会に配慮した都市づくりだ。地下鉄やモノレールは、都市機能としては効率的だが、バリアフリー化が必要な年寄りが住む街には適さない。渋谷を見れば一目瞭然だ。東横線は地下四階。田園都市線は、地下三階くらいだろうか。井之頭線や銀座線は地上二階だ。地下山の手と呼ばれる大江戸線は、地下三階程度の深い地中を走る。どの駅も、アップダウンなしでの乗り換えはできない。大都会で階段を使わない移動は容易ではない。そういうこともあって、少子高齢化の昨今、LRTの必要性が叫ばれるのだろう。地方拠点都市でも、LRTが検討されている。元旦の新聞に、宇都宮市が計画中のLRTの運営に、栃木県も参画する方針が報じられていた。宇都宮市が計画するLRTは、JR宇都宮駅から東に路線を敷設し、ホンダなどの企業が集まる芳賀町の工業団地につなぐ。宇都宮市や芳賀町が線路を整備し、両市町や企業が出資する第三セクターが運営を担う「上下分離方式」を採用する。ただ、交通事業者との調整や用地買収がこれからだというから、開通がいつか見通せない。愚生の個人的な見解だが、富山市のように都市計画で高校、大学、オフィスビル、そして街並みが碁盤の目のように整備されていない宇都宮市で、LRTの運用は容易でない。マイカーに押されて、市内バス路線も縮小する中、たとえLRTを建設したとしても、乗降客や街並みが追随するか疑問だ。選挙目的の、かけ声倒れに終わらないだろうか。袋小路が多い市内の道路整備など、身の丈にあった都市計画が必用ではないだろか。

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