旅行・地域

2018年12月17日 (月)

「東京町田FC」を商標出願

94db04db サイバーエージェントが財政の苦しい「FC町田ゼルビア」を買収し、J1への道が開かれとの明るい話題があった。ところが、その親会社が「東京町田FC」を商標出願していることが解かった。現在は「株式会社ゼルビア」の名称で運営されているから、商標の対象がユニフォームやサッカーボール、広告などになっていることから、チーム名も変わる可能性がある。過去の例を見ると、クラブ名に地域名を追加するときはホームタウンの広域化を図るケースがほとんどだ。今後、町田市以外にも拡げる狙いがあるのだろうか。サイバーエージェントは運営会社の80%の株式を取得した。残りの20%はFCゼルビア町田をこれまで支えてきた少数の株主が継続する。事実上、会社の経営権はサイバーエージェントとなった。記者発表会でサイバーエージェント社長の藤田晋氏は、「東京ヴェルディの株主だった当時は、筆頭株主ではなかったため、なかなか思うような経営ができなくて撤退した。今回改めて、Jリーグの成長性・将来性に非常にポテンシャルが大きいと感じた。楽天の三木谷さんが海外のスター選手(イニエスタ選手)を日本に呼ぶ流れもあるし、東京発のビッグクラブが出るんじゃないかと思っている」と期待を述べた。この発言から、東京発という言葉が気になる。町田市民にとっては、町田は東京都であることは誰でも知っている。しかし、地理に疎い人には町田市がどこにあるかなど知らない。例えば、東名インターでも「横浜・町田IC」とある。これでは、横浜市町田区と推測する人もいるだろうから紛らわしい。「町田・横浜IC」にすべきだ。町田市を題材にした三浦しおん著「まほろ駅前多田便利軒」(第135回直木三十五賞受賞作品)という小説がある。物語の舞台となっている「まほろ市」は、神奈川へ張り出した東京都南西部最大の街という設定だ。そこは著者である三浦が在住している町田市がモデルだ。小説の冒頭は、「東京都南西部最大の住宅街であり、歓楽街であり、電気街であり、書店街であり、学生街であるがゆえに、スーパーマーケットやデパート、商店街や映画館といった施設は軒並み揃っている。そのため、生涯を通して大凡のことがまほろ市内だけで済み、街から出て行く者が少なく、たとえ出て行ったとしても、また戻ってくる者が多い。」というくだりで始まる。作中に登場する「ハコキュー」は小田急、「小山内町」は小山町と言った地名や風景の多くは、町田市内に実在する地名や建造物をモデルとしている。また、愚生も事情は知らないが、町田駅に乗り入れるバスは、何故か「神奈川中央バス」だ。地理的にも、町田市は横浜市と川崎市を突き刺した位置にある。東京の3多摩地域は、廃藩置県後に一時は全域が神奈川県に移管された。しかし、多摩3郡は明治26年に東京府へ移管された経緯がある。そういう理由で、神奈川県とは非常に縁が深く、武相新聞(武蔵・相模)という地域紙まである。ただ、NHK関東地方の放送でも、東京町田市といういい方をする。町田市民でなかった藤田社長には、東京町田FCという呼び名のほうが、耳覚えが良いのかもしれない。熱狂的なサッカーファンではない愚生にとっては、どうでもよい話だ。ただ、サポーターの人たちにはゼルビアの名前が無くなるのは辛いことかもしれない。「ザスパ草津」→サズパクサツ群馬、「コンサドーレ札幌」→北海道コンサドーレ札幌、「ジェフ市原」→ジェフ千葉など、運営会社が変わらなくてもチーム名が変わった例は多い。もっと酷い例では、「横浜フリューゲルス」→F.という一文字になった例まである。そう考えれば、町田という名称が、チーム名のどこかに入っていれば文句をいう筋合いではないだろう。いずれにせよ、サイバーエージェントには早期にJ1昇格に向けた施策を練って欲しいものだ。

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2018年11月19日 (月)

古都の歴史の重みを痛感させられる。

  • Dsc02462_4 秋も深まり、古都でも紅葉狩りの季節となった。愚生も、紅葉を楽しむため、久しぶりに京都や奈良の神社仏閣をまわった。京都はともかく、滋賀の湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済時)や、奈良の郊外の長谷寺などは、天台宗や真言宗という密教だ。総本山がある比叡山や高野山と同様な山奥に建立されている。健脚でない愚生にとっては、少し辛い観光であった。赤く染まった紅葉は、絵画を見ているようで美しい。そして、日本には見るべき絶景が多いと感心させられる。京都や奈良など、何度行ってもその観光資源の奥深さに驚かされるばかりだ。京都の東福寺や嵐山、南禅寺など、外国人旅行客も含めて混雑を極めている。日光や箱根の紅葉が終わった後は、古都に流れてくるのだろうか。愚生の体力不足から、足が痛くなった。そのため、嵐山で生まれて初めて人力車に乗った。乗車賃がすこぶる高いことを除けば、快適な乗り物だった。ただ、車夫は大学を出て一年だというから、就職試験が希望通りでなかったのだろうか。いつまでも、歩合制の体力頼みの仕事は辛いだろうと同情した。ここ数年で、足早に日本の名所を観光したが、やはり奈良・京都は歴史の匂いが染みついている。これまで奈良の郊外にまで、足を延ばすことはなかった。明日香村にある談山寺は藤原鎌足を祭る。大化の改新で、以後の日本の政治に大きな影響を与えた中大兄皇子や中臣の鎌足らの密談場所だと言われる。つくづく、古都の歴史の重みを痛感させられる。ところで、帰った後は撮りためた写真の整理に追われる。同窓会の写真であれば、セキュリティ付きのウェブサイトにアップロードして終わりだ。しかし、介護施設に居る母や義母に見せるとなると写真にしなければならない。インクジェットプリンターの色合いの調整など、面倒なことが多い。ヨドバシドットコムでは、L伴400枚でキャノン光沢用紙であれば1800円、一方、富士フィルムは1100円で販売されていた。日本では、まだまだデフレが進行しているように思う。カメラや複写機需要も減り続けて、キャノンも富士フィルムも業績は良くない。この先のビジネス展開は、両社とも容易でないだろう。

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2018年11月11日 (日)

貫一お宮の像という観光資源

Si_80022137_30799 一昨日は、同窓会で熱海に泊まった。同窓会といっても、酒を酌み交わすだけだ。ほとんど観光などはしない。ただ、内陸県から来た友人は、海が珍しいとみえて気に入っているようだ。その他に、熱海には見るべき資源があるのだろうか?見渡しても外人のインバウンド客はいない。むしろ、愚生より年上とみられる棺桶に足を突っ込んだような老人客が多い。近くにあって老若男女問わずに雑踏に塗れる箱根とずいぶん人気が違うと感じた。愚生自身も、家族連れで熱海に行ったことはない。宿泊費が安く、交通の便が良いことだけが利点だ。ところで、熱海の海岸には、1986年に設置された「許しを乞うお宮を貫一が下駄で蹴り飛ばす金色夜叉」の銅像がある。年寄りならば、みんな皆知っているだろう。読売新聞に明治30年-明治35年まで連載された尾崎紅葉が書いた小説の一場面だ。「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせる」というお馴染みの臭いセリフを思い出す。ただ、時代が変わって現代では、「貫一お宮の像は、女性への暴力を容認していると誤解を招くのでは」といった意見が数多く寄せられているという。そうした中に、「こんな像があったら、恥ずかしくて熱海へ外国人客を連れて行けない」という内容まであるという。しかし、撤去するとなれば別の大きな問題もある。女性の人権を守れと言いながら、表現や言論の自由を弾圧しているとも言える。一高の学生だった貫一が下宿屋の娘のお宮を蹴るシーンは、愚生の大学時代でも考えられない蛮行だ。そういうわけで、銅像はインバウンド客の観光資源にはなっていないようだ。というか、それほどまでに熱海には観光場所がないのだろう。何か、廃れた水上温泉や鬼怒川温泉と通じるものがある。農業人口が減って、温泉湯治という客が少なくなったのだろう。毎回、幹事をしている愚生には、つまらない小さな集まりでも、それなりに手はかかる。少しは、こちらの気持ちを斟酌してもらいたいと思うが、言っても無駄だろうと諦めている。愚生が担わなければ会は潰れてしまうと思うと、ボランティアのつもりになってするしかない。そう思うと、つくづくスーパーボランティアと呼ばれる尾畠春夫(おばた はるお)さんに頭が下がる。定年後は「自分は学歴も何もないけど世間に恩返しがしたい」とインタビューに答える尾畠さんをみると、本当にいい人だな~というのが伝わってくる。邪な愚生には、とても真似ができないと感心する。

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2018年7月11日 (水)

観光拠点から取り残された感がある

Dsc01573 昨晩、東北旅行から帰った。福島県の保原町に関連企業があったせいで、仕事で東北へ行くことは珍しくなかった。また、入社時の研修工場が会津工場と何かと縁がある地域だ。ただ、観光旅行となると四十数年ぶりだった。出張で行くのと観光では、目的が違うため全く初めての場所という感じだった。高村光太郎の十和田湖畔にある休屋の御前ヶ浜に建つ「おとめ像」も印象深かった。昭和二十八年に建立というから、当時は最近の作品という感覚だった。しかし、それから四十数年経った今は、著名な作家の遺産として残されている気がした。ただ、湖畔には多くの閉鎖された茶屋があり、観光拠点から取り残された感がある。愚生の目には、寂れた水上温泉の様と同様に映った。当時の愚生は、若気の至りか、盲蛇に怖じずという気概で方々を旅行した記憶がある。今となっては、懐かしい記憶だが、当時を思い浮かべると青臭い感傷に浸ってしまう。平泉の中尊寺も、前回訪れたという記憶以外は一切覚えていなかった。ただ、当時はなかった松尾芭蕉の「五月雨の降り残してや光堂 」という真新しい碑があった。ここで芭蕉が詠んだように、金色堂は数百年を経た今も光り輝いていた。金光堂は、さや堂という覆いに守られている。そのため、当時は外からはよく見えなかったはずだ。暗さの中で、光堂が輝いているというのはフィクションだったのかもしれない。東北には、観光資源はあるのだろうが、愚生の目には外国人の姿も疎らで、インバウンド客の恩恵は少ないように見えた。ところで、今回の東北旅行で印象的だったのは、青森・秋田・岩手・山形では、賃貸アパート建設は目立たなかった。過疎に悩むこの地域の人には、辣腕でならしたハウスメーカーの営業も歯が立たなかったのだろうか。ハウスメーカーを責める前に、キャシューフローを自分で厳格に計算すれば、騙されるはずなどない。やはり、騙される人は、欲の皮が突っ張っているのに違いない。「騙されるベくして騙された」とは、言い過ぎなのだろうか。

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2018年5月 2日 (水)

平家物語の冒頭を思い出す。

20180425oytni50046l  北陸新幹線や上越新幹線が開通する前は、愚生の田舎に帰るには信越線か上越線で、新潟県を通る必要があった。小千谷市は、東京(高崎)から下れば、上越線の水上と長岡の間に位置する。その小千谷といえば、錦鯉や小千谷縮で知られている地域だ。錦鯉は県内の約45%を生産する。その錦鯉は、全国的に知られ、国内はもちろん海外でも高い評価を得ている。錦鯉は雪国の清らかな水と、伝統の技法で育てられた独特な色調を持つ流麗な体形から、別名「泳ぐ宝石」とも呼ばれる。この小千谷市は、JR上越新幹線の沿線だが市内に駅はない。市域のほとんどの区間が魚沼トンネル、妙見トンネルで通過しており、浦柄地区に数百メートルだけ地上区間がある。だから、上越新幹線の車窓から小千谷市内の風景を見ることはできない。その新幹線を利用する場合は、越後湯沢駅、浦佐駅、長岡駅のいずれかで乗り換える必要がある。ところで、長岡を地盤とする田中角栄宅には、一匹数百万円の錦鯉が泳いでいた。錦鯉を産業とする地元選挙区の業者からのご祝儀品だったのだろうか。隣県の愚生の地域でも、近くに錦鯉の養魚場があった。田中角栄宅の鯉とは比較にならないが、当時のお金で1匹1万~3万円もする高価な贈答品だった。親父が身の丈に合わない道楽で造った庭にも、錦鯉が何十匹も放たれていた。そのせいで、田舎に帰ると自宅の池にネットが張ってあった。大鷺が食料として、池の鯉を攫っていくからだという。俯瞰するという単語をよく使うが、鳥の目とはずいぶん遠くまで正確に見えるものだと感心させられた。その金をかけて造った庭園も、愚兄が相続してからは維持管理ができなくなった。今は借金が詰まった賃貸アパートに変わってしまった。放たれた錦鯉も金持ち宅で優雅に泳いでいる時は良いのだろう。しかし、身の丈に合わない相続人に代替わりすれば、そく落命と思うと哀れを感じる。適当ではないが平家物語の冒頭を思い出す。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」晩節を迎えた愚生の心境と、何か通じるものがある。

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2018年3月12日 (月)

石垣島住民が現実的な判断

Island_img01 沖縄県石垣市長選で政府が支援した現職の中山義隆氏が3選を果たしたことで、自衛隊配備計画は進む。石垣島は国内外からの観光客でにぎわう。一方、同じ石垣市にある尖閣諸島周辺の海空域では中国の公船や軍用機による挑発行為が繰り返されている。政府が南西諸島防衛の一環として石垣島中心部に地対艦・地対空ミサイル部隊など陸自隊員500~600人の配備計画を進めている。これは対中国に対して、抑止力を強化するためだ。愚生は先月八重山諸島に旅行で行った。八重山諸島に旅行して思ったことは、こんなきれいな海があるのかという驚きだった。八重山諸島は、石垣島を含めて観光資源が満載だ。そして、島民は中距離ジェット機が乗り入れ可能になったことにより、多くの観光客が訪れるメリットを享受している。島民からすれば、現実的な防衛政策を受け入れ、経済発展を目指す道を選択するのは当然だろう。反基地で市民感情をあおる翁長知事の手法に限界も見え始めている。石垣島に自衛隊が駐屯すれば、基地や自衛隊が島にお金を落とす。その一方で、中国に対する抑止力で島の安全性が増すだろうから、島民のみならず観光客にとってもありがたい。島民が現実的な判断をするなら、政府与党系の市長を選出することは理にかなっている。これで名護市長選に引き続き、反基地派の候補が連続で敗れた。名護市では稲嶺進前市長が米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対していたせいで、国から米軍再編交付金が支給されず経済振興は大きく遅れた。送迎バスの運転手で、基地反対派の女性と話す機会があった。彼女は沖縄に配備されている軍用機の本土移転や安倍首相が基地を抱える山口県選出の国会議員だということも知らなかった。どうも、沖縄には正しい情報が伝わっていないような気がする。ところで、亜熱帯の八重山諸島に行って感じたことは、つくづく日本は広いと思った。

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2018年2月28日 (水)

八重山諸島は愚生には感動の旅だった

00410   昨日、沖縄県の八重山諸島観光から帰ってきた。石垣島は、八重山諸島の政治・経済・教育・交通などの中心地で、県庁所在地である那覇市との距離は南西に410km。沖縄県内では沖縄本島、西表島に次いで3番目に広い島である。そして、石垣島の人口は約4万7千人と多くの人が住んで居る。地理的には日本のほとんどの地域よりも台湾に近く、わずか270kmしか離れていない。愚生の知識の欠落で、沖縄本島とこうも遠いとは思わなかった。鹿児島と石垣島の中間地点に沖縄本島がある。愚生の知人から、八重山諸島への観光は面白くなかったと聞いていた。しかし、愚生には感動の旅行だった。こんなきれいな海が日本にあるのかと思うくらいの素晴さだった。はっきり言って、日本国というよりは外国の感じがした。日本の諸島と違い漁船を見ることがほとんどなかった。そして、生臭い漁港の匂いも、魚に群がる鳥たちもいなかった。石垣島に比べ国有地が9割を占める西表島は、マングローブ林が広かった原生林が川沿いに続く。一方、石垣島に近い竹富島の人口は360人前後で、島に住む島民同志は全て顔見知りだという。この島では警察官もいない。島で見かける人は、ほとんど愚生のような観光客だ。愚生の感覚で言えば、石垣島の街は、日本の辺々に位置する小都市よりも遥かに都会に見えた。一方、人口2500人しかいない西表島やさらに少ない竹富島などは、秘境と呼べるような亜熱帯のリゾート地だ。実際に島に住むとなれば、容易ではないのだろうが。沖縄と一口に言っても、八重山諸島は別の文化圏のような気がした。ところで、この島の三大有名人とは、ボクシングの元チャンピオン具志堅用高、ビギン、そして、夏川りみだそうだ。街の中心街から少し郊外に向かう場所に、夏川りみの実家がある。三階建ての鉄筋造りの大邸宅で一階は家業の八重山そば屋さんとのことだった。ガイドの話しでは、涙そうそう御殿と呼ばれている。また、ビギンの歌などにも何か異国風の沖縄の音階が匂う。そう思って、カミさんにきくと、沖縄の音階には「レとラ」がないそうだ。勿論、ビギンの「島人ぬ宝」の歌はレもラも使われているが、イントロや間奏、最後の歌詞の「教科書に・・・」に続く音律は琉球音階になっているそうだ。そのせいで、本土生まれの愚生には異国風に聞こえるのだろう。最後に、八重山には他にも愚生を歓待してくれた動物がいた。それはリス猿だった。

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2018年2月25日 (日)

知らない所へ行ってみたいという願望

Dsc_00851 今日から八重諸島に旅行する。沖縄県出身者から、沖縄旅行の良い季節は二月だと聞いたからだ。勤め人時代には、外国だが近くにある台北(台湾)へは何度も出張した。しかし、すぐそこにある沖縄となると行く機会はなかった。今は、シルバーライフで時間を持て余している。ただ、いつまでも足腰の立つわけではないから、健脚の内に妻と行くことにした。愚生の勤め人時代は、出張は多かった。しかし、コンピューター関連の仕事だったため、その地域に自社のシステムが稼働していれば用事がある。そうでなければ、商談でもなければ行く機会はなかった。そのせいもあって、観光地に行く機会は極めて少なかった。愚生の友人には、八重山諸島を訪ねて「イリオモテヤマネコ」を見るのかと聞かれたが、そういう目的でもない。猫なら愚生宅にいる偉そうなロシアンブルーの「リリ様」で十分だ。老化現象が始まると、残された時間も限りがあると痛感する。この歳になると若い頃と違って、終末を常に意識するようになってきた。元気で行けるうちに、自分の知らない所へ行ってみたいという願望なのだろうか。愚生の生まれ育った北陸地方とも、徐々に縁が無くなってきた。田舎に行く機会があるすれば、親戚の葬祭くらいだ。ところで、愚生の見慣れた立山連峰の雪景色は、他県の人には素晴らしい景観のようだ。勿論、北アルプス連山の圧倒するような景観は愚生も大好きだ。しかし、それよりも子供心に眺めた朝日に映える立山連峰には別の共感を持つ。険しい冬山を仰ぎ見れば、新雪を踏んで小学校に通った頃が懐かしくよみがえるからだ。

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2017年12月 5日 (火)

妓生(キーセン)観光のイメージを連想

201712040915391 ソウル市が広報のために米ニューヨークの全域に掲示しようとしていた広告が廃案になった。ソウル市は、「ソウルの魅力を表現したこの広告がニューヨーク全域に掲示されて6000万ニューヨーク市民と観光客をひきつけるだろう」と言っていたものだ。しかし、公表後に、ネットを中心に「妓生(キーセン)観光のイメージを連想させる」などの批判が上がった。その広告は、チマチョゴリを着た女性がオッコルム(上着についている紐)をつかんでいる。半透明なチマチョゴリには、ソウルの主要観光地が「オーバーラップ」されている。そして、その下に「Unforgettable Experience in Seoul(ソウルでの忘れられない経験)」と書かれている。「今から脱ぎそうなチマチョゴリ」と「ソウルでの忘れられない経験」との文言を合わせると、女性の性に注目した想像を呼び起こすという主張だ。確かに、言われてみれば妓生観光を彷彿する。悲しいかな、韓国ソウルを訪問すれば、見るべき遺産などはなにもない。朝鮮は明治43年の併合によって大日本帝国領となった。唯一残っていた、朝鮮を統治するための日本朝鮮総督府の建物まで、1995年に金泳三政権が音頭を取って解体してしまった。朝鮮人の性なのだろうか。政権や為政者が変わると、過去の建造物まで全て消し去ってしまう。そのため、朝鮮には遺跡というものがない。女性政策専門家は、広告を見て「海外に披露するソウルのイメージをこのような形で表現したのは問題がある」と指摘する。確かに、女性がすぐにでもオッコルムを解きそうな感じで、裸体を連想する。一方、男性は「イメージそのものよりは広告の文面が問題だと思う」と話す。韓国という国は、整形大国という事実が統計的に確認されている。韓国で整形手術が多いことは文化的な背景がある。テレビ番組「ここがヘンだよ日本人」の「美人とブス」で、韓国人の男が「ブスは最低だからみんな整形しろ。きれいな方がいいに決まっている。」と発言する。別の韓国男性も「前世で悪いことをしたからブスになったのです。」と平気いう。韓国女性は「もう、韓国の男って、ほんとにこうなのです。彼らは女を顔と若さで露骨に差別する。それで当然だと思っている。」と話していた。韓国で整形手術が多いことは、歴史環境が大きく影響を与えている。歴史を遡れば、朝鮮史では新羅が統一王国をつくっや後、支那帝国の歴代王朝の属国として処女を宗主国に献上するのを慣例とした。高麗史、稼亭集、墓誌にも記されている。「清」に対して毎年、供出する宮廷慰安婦、美女三千人という「朝鮮事情」の記述もある。また、韓国で有名な妓生の起源は、はるか新羅、高麗時代からすでに存在していた。李朝時代から妓生庁という官庁に官妓が置かれ、学校まで作って歌舞など諸芸を教えていた。朝鮮の妓女は、一牌、二牌、三牌に分けられ、一牌の官妓には、「薬房妓生」、「針房妓生」、「教坊妓生」あるいは「玉堂妓生」と官女に近い地位で、官位まで持ったものもいた。しかし、地方の官妓は、もっぱら官吏の接待で、性奴隷のような境遇にあった。このような歴史的背景もあって、韓国では整形や売春文化が醸成された。そして、多くの朝鮮半島出身の売春婦が、戦前の日本占領地に押し寄せ、軍隊お相手に商売をした。それが、韓国が言う従軍慰安婦のお婆さんたちの実態だ。戦後になっても、朝鮮半島からの多くの売春婦が世界中に出稼ぎに行く。従軍慰安婦と称するお婆さんたちは、高い料金を貰っておきながら、戦後になって受け取っていないと日本に無心する。いい加減にして頂きたいものだ。

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2017年10月21日 (土)

アパート建設バブルにも終息の兆しが

Pb12 今週、九州を旅行したが、どこに行っても都内と同様に新築アパートが目立つ。春先に旅行した山陽・山陰地方も同様だった。そして、大東建託という看板も多数見かけた。大東建託といえば、賃貸住宅の管理戸数では業界トップだ。供給ベースでも業界第2位の大手だ。特徴は、自社が建築した賃貸住宅を借り上げて、入居者募集から建物管理を引受ける。昔のワンルームマンションのような、収益保証型のサブリースを行っている。建築主の建設目的は土地の相続税対策だ。ただ、低金利を背景に人口減少が続く地域の田んぼや空き地にまで建てられた。アパートバブルを牽引したのが、地銀勢だといわれる。長短金利差が縮小し、日銀のマイナス金利が導入されて、簡単に稼ぐ方法が無くなったからだ。収益を穴埋めするため、全国の地銀が一斉にアパート融資に動いた。2016年末のアパートローンの融資残高の15兆円弱は地銀の融資だ。しかし、愚生の経験であってもパブルは必ず弾けた。当然だろう。今回のアパート建設バブルにも終息の兆しが見えきた。それは建設過多で、地方では空室が埋まらないからだ。その対策として、一定期間の無料貸しをする賃貸アパートさえ出てきた。日経新聞に載った例では、「JR栃木駅(栃木市:県庁所在地は宇都宮市)から徒歩30分。空き地や山々に囲まれたある地域には、アパートの入居者を募るノボリや看板がわずか数百メートルの範囲に8本も立っていた。今夏に完成した新築の物件20部屋弱のうち、9割ほどは埋まっていない。不動産店に問い合わせると、今ならキャンペーンで2年間は賃料を毎月5千円下げる。」という。愚生も初めて耳にする「フリーレント」サービスという制度だ。不動産業界は空室が埋まらない場合、1~3カ月の無料貸しをしたうえで契約に結びつける。そのフリーレント制度を付与した賃貸アパートが、千件以上も出ているという。国土交通省の調べでは、2016年度は全国に43万戸弱も供給されたアパート建設も、28都道府県で対前年比の着工数が減った。最大の減り幅は、栃木県の▼53%減だ。郊外エリアの需要は完全にピークアウトしたようだ。テレビのアパートローンの宣伝に、「頭金がなくても、土地がなくても可能」という文言が並ぶ。馬鹿げた宣伝だ。営業の提示するアパート経営の返済シミュレーションには、節税効果ばかりを強調し、将来の空室リスクを十分に説明していないのだろう。金融庁は顧客本位の業務運営を地銀に求めているが、どれほど効果があるのだろうか。都心部のアパート需要は残るが、人口減少が加速する地方で年間数千戸単位の新規供給を続けることが不条理なことは誰でもわかる。しかし、愚生の田舎の近親者も、大きなローンを抱えてアパートを建設した。棺桶に足を突っ込んでいることを忘れているようだ。愚生にできるリスク管理ときたら、できるだけそういう人と関りを持たないことぐらいしかない。1980年後半からの土地バブルは、多くのサラリーマンに逆資効果の苦労を強いた。しかし、今回は土地成金だった人たちが、溺れて喘いでいるのだから始末は良い。こう考えると、バブル期に借地継続して土地を買わなかった人の先見性に頭が下がる。

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