音楽

2017年3月 9日 (木)

岩谷時子の訳詞マイウェイを眺めて

Img_0 カラオケで、マイウェイを歌ったことはあるが、訳詞に何種類かのバージョンがあることは知らなかった。愚生の耳慣れた訳詞は、中島潤による訳詞「今船出が近づくこの時に〜」だ。昨日、偶然に聞いた詩は、岩谷時子による訳詞「やがて私もこの世を去るだろう〜」だった。この曲は、フランクシナトラの持ち歌だろうから、「愛する歌があるから」というのが、直訳に近いのかと思った。原詩には、歌などという単語が含まれていないから、どうも中島潤が意訳しているようだ。歌手には、「愛する歌があるから」という方が都合がよいのだろう。愚生のような者には、歌手と特定しない岩谷時子訳詞の方が好きだ。岩谷時子訳詞のなかで、愚生のような者でも共感する箇所は多い。愚生でも思うことだから、多くの人もそれぞれ思い当たるだろう。他人から見れば、変哲もない人生に見えても、当人にとっては唯一で最も重要な生きざまだ。他と比較して、云々する事柄ではない。岩谷時子の訳詞を眺めると、ことの大小はともかく、それぞれの言葉を自分の過去(人生)に当てはめてみたくなる。歌を聞きながら歌詞に当てはめると、なにかすごく立派な人生にみえてくるから不思議だ。しかし、この歌詞で言わんとする最も重要なところが、愚生には当てはまらない。それは、「私は 一度もしていない ただ 卑怯なまねだけは」という箇所だ。自由主義経済は、結果がすべてだ。法に触れなければ、何をやっても自由だ。愚生自身も、経済活動は鉄砲は持たないが、戦争や果し合いと同じだと考えていた。愚生の生き方も、F社色に染められた仁義なき戦いの勤め人生活だった気がする。だから、はっきり言って卑怯な真似はした。そして、卑怯でなければ偉くなれない世界だと確信していた。倫理観など、敗者の口上のようなものだと思っていた。マイウェイの原詩は、
「To think I did all that;
And may I say - not in a shy way,
"No, oh no not me,I did it my way".」
「私のしてきたことを考えると
私は【shy】なやり方ではなかったと言える
いや、いや、私は違うのだ 自分の信ずるままに」
この個所の【shy】を「卑怯とか、恥ずべき」と訳すから愚生には、受け入れられない。
しかし、原詩の【shy】には、「臆病な、尻込みする」という意味もある。
誇ることではないが、卑怯なことをする時でも、堂々と尻込みせずにやってきた。こう考えると、訳詞を「ただ 挫けて逃げることだけは」と意訳して貰いたい。取るに足らない愚生でも、雌伏した時もあったが、悔しさをバネに臥薪嘗胆で這い上がったという気持ちはある。
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岩谷時子による訳詞
やがて私も この世を去るのだろう
長い年月 私は幸せに
この旅路を 今日まで越えてきた
いつも 私のやりかたで
こころ残りも 少しはあるけれど
人間(ひと)が しなければならないことならば
できる限りの 力を出してきた
いつも 私のやり方で
あなたも見てきた 私がしたことを
嵐もおそれず ひたすら歩いた
いつでも 私のやり方で
人を愛して 悩んだこともある
若い頃には はげしい恋もした
だけど私は 一度もしていない
ただ ひきょうなまねだけは
人間はみないつかは この世を去るだろう
誰でも 自由な心で暮らそう
私は 私の道を行く
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中島潤による訳詞
いま船出が 近づくこの時に ふとたたずみ 私は振り返る
遠く旅して 歩いた若い日よ すべて心の決めたままに
愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに
愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに                 
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2016年11月16日 (水)

完全雇用が保証のサラリーマンは気楽?

20141021170454  勤め人を辞めて、もう7年も経つ。就職をしてから、会社を辞めるまで、毎日通勤した。労働者とは、どの部分とは特定しないが、労力を売って対価を稼ぐ資本を持たない階層だ。そういう意味では、資本家以外はサラリーマン社長も含めてすべて労働者に該当する。植木等の「サラリーマンどんと節」の一節に、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という歌詞がある。作詞は、青島幸男だ。国会議員や都知事時代には、ろくでもない奴だと思っていたが、作詞の才能には感心する。歌を聞けば共感する内容も多い。自由業の青島幸男には、会社がつぶれない限り完全雇用が保証されているサラリーマンは、気楽な稼業に見えたのだろう。愚生も会社を早期退職し、自分で稼ぐとなると、そのことは痛感させられた。サラリーマンをやっていて、働きに比べて給料が安いという不満は常にある。民間企業なら赤字が出れば、管理職の給与カットもある。しかし、月々働いても給与がマイナスになるということはない。そう考えると、気楽な稼業のような気もする。そして、歌詞にあるように、立場を利用して私的な呑み代やタクシー料金を会社に払わせたことも多かった。ただ、競輪競馬、パチンコ、マージャンという非生産的な娯楽は好きではなかった。そのせいで、住宅ローン以外の借金はなかった。ところで、大企業に勤務した愚生でも、零細企業の経営者や自営業の厳しさは容易でないことを知っている。そう考えると、もう一度人生をやり直せと言われれば、虫のいい話だが、潤沢に資本がある環境で雇う側で臨みたい。
作曲:萩原哲晶
作詞:青島幸男
サラリーマンは
気楽な稼業と きたもんだ
・・・・
二日酔いでも 寝ぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せば
どうにか格好が つくものさ
・・・
酒を呑んでも デイトをしても
三度に一度は おやじのツケさ
遠慮するなよ グッとあけろ
ツケのきく店 また探そ アッソレ
・・・・
社長や部長にゃ なれそうもねえが
停年なんてのァ 未だ先のこと
競輪競馬に パチンコ マージャン
負けりゃやけ酒 又借金 アッソレ
・・・・

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2016年6月12日 (日)

今日の日はさようなら

51bwspnvl 昨日は、久しぶりにカラオケに行った。勤め人をしていた頃は、ストレスの発散と称して、フィリピンパブなどによく行った。舛添知事のように、顧客もいないのに会社の接待費で、自己接待をした記憶もある。ただ、40歳代までだったと思う。歳を重ねると、加齢臭を発散しながら、若い人に交じって歌うことは、恥ずかしい。大学時代のOB会でもなければ、歌う気など起こらない。その点、全員が還暦近い歳であれば、羞恥心などなくなる。昨日は、愚生もだらだらと長い間歌った記憶がする。下のリストは、昨日歌った曲だが、かなり古い曲が多い。若い人など、聞いたこともない唄もあるだろう。愚生の中学生時代、高校生時代、大学生時代の歌ばかりで、社会人になってから覚えた歌は少ないようだ。軍歌などは、母が歌っていたものや、後から共感して覚えたものもある。Otis Reddingなどは、確か中学生時代に覚えた曲だ。彼自身は、若くして飛行機事故で亡くなったため、作品は数曲しか残していない。北陸の田舎で、TBSやニッポン放送を聞きながら、都会に憧れて聞いていた。吉幾三の歌にもあるように、田舎者ほど都会に憧れると言う。その後、40年近くも東京に住んでしまった今、別にどうと言うことはない。ただ、人が多い分だけ騒々しいが、刺激がある。
橋幸夫/あの娘と僕
大阪しぐれ
ふるさとの話をしよう (北原健二)
夢追い酒
この街で 新井満
沢田研二/危険なふたり
勝手にしやがれ
サボテンの花
水戸黄門旅日記 三波春夫
無責任一代男
スーダラ節
青春の城下町
エメラルドの伝説
亜麻色の髪の乙女
骨まで愛してほしいのよ
花咲く乙女たち
夜霧の第二国道
愛人
つぐない
別れの予感
桃色吐息 高橋真梨子  
愛国行進曲
大東亜聖戦の歌
空の神兵
愛国の花 島倉千代子
生活の柄
聞け万国の労働者
ラバウル海軍航空隊
Bee Gees/I Started A Joke
Massachusetts
Holiday
夕陽が泣いている
別離(イビヨル)
My Heart Will Go On
思い出の渚 
Otis Redding/ The Dock Of The Bay
TELL ME
STREET FIGHTING MAN

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2016年5月27日 (金)

「ふるさと」

Tateyama08 病人を抱えると、健康のありがたさが身に染みる。いくらお金があっても、健康を買うことはできない。勿論、お金がなくて病気の場合は、さらに悲惨だ。そう思うと、日々の飯を食える程度の貯えがあれば、それ以上のお金は不要な気がしてきた。多少のお金を上乗せするために、老後の限られた時間を費やすことは命の無駄だと気付いた。いくら増やしたところで、残ったお金を向こう側の世界に持って行くことはできない。それより、こちら側で残された時間を有意義に過ごすことのほうが重要だ。今日は、長野の介護施設に居る89歳のお袋に会いに行く。最近、めっきり老け込んできたため、あと何回会えることだろう。そう思うと、18歳まで田舎でお袋と過ごした日々を思い出す。小さい頃、お袋といっしょにハモニカで「ふるさと」を吹いた。愚生の田舎雪深い北陸には、歌の中に出てくる野ウサギがいた。ペットで買われているウサギと違い、もうスピードで田畑を駆け抜けた。音信不通の友がきは、どうしているだろうか?ところで、「ふるさと」と言えば、五木ひろしの歌もある。大学時代によく歌った記憶がある。田舎から出てきて、地縁血縁のない土地で寂しかったからかもしれない。昔の記憶を辿っていくうちに、愚生も老人になったとつくづく感じる。

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2015年7月 7日 (火)

戦争の意味は知らないが懐かしい

Xinhua_08908_1 最近、音楽をyoutubeで聞きことが多い。音質に拘らなければ、色々な曲を自由に聞ける。軍歌を聞くと言うと、思想的に眉をしかめる人も多いだろう。しかし、当時の世相を反映してか、最高の作曲家・作詞家・歌手が担っている曲が多い。これは、洋の東西に関わらず、それと知らずに耳にする歌が多い。例えば、運動会でよく聞く行進曲「旧友」は、アタック隊進軍歌だ。「HORST WESSEL LIED 」は、ナチスドイツの歌だ。よく替え歌で使われる「歩兵の本領」という曲がある。この曲の本当の歌詞を知るまで、私が育った田舎の中学校の応援歌だと思っていた。また、私の年代の親世代は、親父に従軍経験があり、母親は銃後の守りという時代だった。そういうせいか、物心がついた頃からお袋の鼻歌まじりの歌が耳に入ってきた。「愛国の花」「愛馬進軍歌」「空の神兵」「ラバウル海軍航空隊」「暁に祈る婦人従軍歌」など、戦争の意味は知らないが、今聞いても懐かしい。ただ、良い曲には違いないが、これらの歌に送られて戦場に行き、多くの人が戦死したことも事実だ。そう思うと、戦後に育った愚生には、「戦争を知らない子供たち」のほうが相応しいようだ。

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2015年6月 3日 (水)

ホテルのチャペルでの結婚式

Ti_50723_20110601172343183 毎日、30度越えの猛暑だったが、今日は久しぶりの雨だ。昨日、猫の額のような庭に、日々草などを植え付けた。この雨で、苗の活着などの心配が無用になった。ところで、愚生は仕事で出張が多かったせいで、海外を含めて方々に行く機会が多かった。ところが長崎県は、全く機会がなかった。行く機会のなかった場所は、やたらと美化してしまうようだ。『長崎の夜はむらさき』という歌は、雨に湿った讃美歌の・・・浦上川で始まる。長崎と言う地域は、日本のカトリック教徒の約半数が住む。そして、浦上川といえば、カトリック浦上天主堂(教会)を連想する。ただ、愚生のようにプロテスタント教会で洗礼を受け、カトリックに改宗した者にとっては奇異に感じる。名前だけの信者であっても、プロテスタント教会では讃美歌だが、カトリック教会は典礼聖歌を歌う。耳にする巷で歌われる教会関係の歌は、ほとんどプロテスタント教会の讃美歌だ。最近、日本の結婚式場では、神前より教会形式で行われることが多い。信者でない姪の結婚式は、ホテルのチャペルで神父が式を進行していた。そして、日本でよく知られている『いつくしみ深き 』という讃美歌が歌われていた。母教会の神父も、アルバイトでホテルの結婚式を執り行うことがある。ただし、讃美歌のことは全く知らないため、元プロテスタントだった愚生になぜ『いつくしみ深き』を歌うのかと聞かれたこともあった。プロテスタント教会員同士の結婚式の場合は、『妹背をちぎる(いもせをちぎる)』が最もよく歌われるようだ。愚生も、三十数年前に歌った記憶がある。とり留めもなくブログを書いていると、今朝の日経平均株価が沈んでいる。頑張って頂きたいものだ。

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2015年5月 5日 (火)

古いアルバムめくり

0000000058_0000008479l涙そうそう」の歌詞の中に、「古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた いつもいつも胸の中 ・・・想い出遠くあせても おもかげ探して よみがえる日は 涙そうそう・・」というくだりがある。作詞者の森山良子さんに叱られるかもしれないが、愚生はこの歌詞に綴られた意味とは、違う理解をして共感している。森山良子さんといえば、ずいぶん古い歌だが「禁じられた恋1969」が大好きだ。高校時代に世界遺産に登録された「五箇山の合掌造り集落」に行ったときに、夜の余興で歌った記憶がある。ただ、昔のことを思い出せば、辛いことも同時に脳裏に浮かぶため、意識して思い出さないようにしてきた。過去のトラウマは、いつまでたっても消えない。好きだった森山さんのLPは、大学に入って興味が薄れたせいか、友人と交換してしまった。そう思いながら、机の上を見ると、埃の被った古い写真アルバムがある。それは、田舎を出た後の自由を満喫した大学時代のアルバムだ。株式市場の休みの今日、時間を持て余すのなら、楽しかった時代の写真アルバムを見やすいように、WEBHPに上げよう。

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2015年4月26日 (日)

映画「二十四の瞳」

24_eyes_2 昨日、二十四の瞳に流れている歌を数えながら映画を見た。勿論、初めて見た映画ではない。大東亜戦争に進む世相の中で、教師と生徒たちの生活の悲壮さを描いた作品だ。ただ、大方のあらすじは知っているので、はじめて見た時と違い、バックグランドに流れている歌に聞き入った。そして、そのメロディーが映像の悲しさを補完するため、よりいっそうの共感を誘う。昭和20年代生まれの愚生には、母が口ずさんでいたこともあり、全て聞き覚えのある歌だ。聞き逃した曲もあるかもしれないが、【仰げば尊し、アニー・ローリー、村の鍛冶屋、ふるさと、汽車は走る、七つの子、ひらいたひらいた、ちょうちょう、あわて床屋、朧月夜、春の小川、荒城の月、みなと、いつくしみ深き、ちんちん千鳥、浜辺の歌、蛍の光、暁に祈る、露営の歌、若鷲の歌、埴生の宿、菜の花畑】が、バックに流れていたと思う。この中で、繰り返し多く使われていた曲は、七つの子だった。この「七つの子」は、カラスが煩く鳴くのは、山の巣にお腹を空かした沢山のヒナ鳥がいて、餌を待っている。可愛い子にご馳走をあげたいという、やさしい母さんカラスが鳴いているというのが、一般的な解釈だろう。歌が入ったり、曲だけが流れる場面もあったりして、映画を盛り上げる。当時の世相を映す、反戦映画と見る向きもある。しかし、愚生には、子供の頃に記憶のある曲が郷愁を誘い、その曲に画像が焼き付いているように感じる。そう思いながら、記憶を辿ると、ふと「よらかるあがこのつなないいわか・・・」という替え歌を思い出した。小学生だった頃、クラスに河原君という、おとなしい子がいた。彼のあだ名がカラスだったので、七つの子を歌ってからかうと泣いて抗議してきた。そのため、七つの子を逆さまから歌って、揶揄していたことを思い出した。愚生は、ずいぶん小さい頃から嫌われ者だったようだ。

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2015年1月 1日 (木)

和田アキ子の歌など聞きたいとは思えない

Vekvjqnagvzoz3p_4212 今朝は、愚妻の調子が悪くM市民病院の脳神経外科に連れて行った。午前中いっぱい時間を潰してしまったので、とても正月気分にはなれない。病院から帰って年賀状を見れば、喪中ハガキをくれた学友からも来ている。慌てて、パソコンで印刷して返信の賀状をポストに投函した。ところで、昨晩は恒例のNHK紅白歌合戦を途中まで見た。和田アキ子が歌った後、ラジオで聞こうと思ってベッドに就いたが、眠くなって寝てしまったようだ。和田アキ子というタレントは、怒鳴りながら昔の曲を歌っていて、とても歌唱力など持ち合わせていない。愚生が小さい頃は歌手だったようだが、当時から歌は下手くそだった。しかし、NHKとよほどウマが合うのか、紅白歌合戦には毎年連続出場している。スマホ世代の若年層から視聴率を稼ぐのに、若いグループ・ユニットが出場するのはわかる、下手くそな和田アキ子の歌など聞きたいと思う老人がこの世にいるとは思えない。和田アキ子より、森山良子、浅丘めぐみ、小柳ルミ子、山口百恵、吉永小百合、倍賞千恵子、森昌子、南沙織、トワエモア、黛じゅん、夏川リミ、山本リンダ、平山ミキ、荒井ユミ、など多くの選ばれるべき歌手がいるはずだ。

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2014年11月10日 (月)

つくづく歳をとったと実感する。

7312519 今日の用事は、病院に行くことだ。自分以外の家族のことも含めれば、病気や病院の話題は尽きない。つくづく歳をとったと実感する。「歳を重ねることは出きないことを諦めること」だと、身を思って悟る。若いときは、将来のことしか目に入らなかった。そして、自己実現のための希望を抱いたものだ。今思い出しても、何かに一心不乱に打ち込んでいた気がする。価値があったかどうかはともかく、意欲だけはあった。槙みちるの「若いって素晴らしい」という歌のように、すがすがしい気持があった。歌詞を思い出そうとYoutubeを調べると、中山千夏の「あなたの心に」があった。この曲を聴いたのは、青島幸雄や八代英太などと、昼のワイドショーに出演していた頃だ。その後、三人とも政治家にはなったが、名誉欲ばかりが目立ち際立った活躍などしなかった。そう思いながら右隅を見れば、チューインガム「風と落葉と旅びと」とある。見覚えのある題名だが、聴くまで歌を全く思い出せなかった。そして、愚生にもこういう時代があったことを思い出すと、青臭く甘酸っぱい感傷に浸ってしまう。そういえば、来週の週末は学生時代のOB会だ。最近、参加者も少し減ってきた。老い先を見れば、心痛で余裕がなくなったのだろうかと心配になる。

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