歴史

2019年9月23日 (月)

韓国が日本克服と言ったなら会話も禁止

韓国では日本との経済対立が広がって、日本製品を買わず日本旅行を控える人が多くなった。韓国の言語には、日本の影が多いと言われる。そのため、日本語式用語の使用を禁止することが韓国の関心事だった。解放直後から日本の残滓を洗い落としてきたという。特に、1990年代には日本語式がとりわけ多い建設分野の用語の言い換えを行った。そして、国立国語院は2005年と2006年に連続して「日本語式用語純化資料集」を発表した。しかし、韓国の人気食と言える「チャンポン」は日本語だ。韓国式表現は「チョマミョン」だそうだ。ただ、あまりに韓国語のように定着しているから、国立国語院はチャンポンをあえてチョマミョンに変えて使えとは勧めていない。ワサビ、オデン、ウドンは、チャンポンに比較すると容易なので、「標準国語大辞典」には、それぞれ「コチュネンイ」「オムク」「カラクグクス」と変えて使えとある。愚生に言わせれば、主に学問領域の漢字語、たとえば哲学、主観、客観、理性、芸術、文学、心理、科学、技術、権利、義務などの語彙は全て日本からきた。当然だろう。漢字本家の中国学でも同様だからだ。西洋学問導入は19世紀に日本が東アジアに普及させた。インターネットで、調べればすぐにわかる内容だ。大統領、首相、長官のような行政用語も日本語だ。こうした言葉は、近代化の進んだ日本を通じて受け入れるほかなかった。そして、この言葉を捨てられるだろうかといえば、現実的に不可能だ。どんな漢字語が日本語式なのか知りたがる国民の疑問を解消するために、韓国国立国語院は2015年に「日本語式語彙資料構築」という報告書を公開した。国語院の検索ボックスに「日本語式」と打ち込めば報告書が出てくる。驚くほど日本製の漢字語が多い。そもそもハングル自体も、朝鮮総督府が整理して普及させたものだ。過去の朝鮮半島では、一般民衆は漢字どころかハングル文字の読み書きも出来なかった。民衆には学問の機会どころか、学校そのものが存在しなかった。ハングル文字は、韓国が捨てたものを日本が文盲解消のために復活させた。日帝残滓を清算するというなら、ハングル文字も捨てて新たな言語を作るしか無い。かつて、日本では、「支那蕎麦」「中華蕎麦」「朝鮮漬け」と言っていたものを、「ラーメン」「キムチ」と言うようになった。日本語式表現を問題視する風潮がある韓国と違って、日本社会は寛容だ。漢字と違い、ハングルは同音異語に対応できない表音文字だ。その上、日本語の語彙を失くしてしまえば、漢字の読めない韓国人にとって、ハングルはわけの分からない表音文字になってしまう。解放されて74年経っても未だに騒ぐのは、韓国くらいなのだろうか。韓国では、食べ物の「刺身」や「寿司」、飛行機に乗れば「気流」「酸素」も当たり前に韓国語の一部として使う。植民地にされたことを恨むというが、日本には60万人もの朝鮮人が住むから矛盾する。韓国人は英語ができるというなら、いっそ英語を国語にしたらどうか。支配された時に備えて、中国語とかも選択肢になる。韓国が日本克服と言って日本語由来の言葉を全て消していったら、新聞は廃刊、雑誌は休刊、書籍は焚書、放送は停止、会話は禁止になるだろう。北朝鮮も、以前に日本語由来の漢字語を固有語に置き換える運動をした。しかし、結果は失敗に終わった。「うどん」、「おでん」、「わさび」を置き換えるのはできるかもしれないが、科学技術用語、法曹用語などの和製漢字語を置き換えることは無理だ。なぜならば、韓国で日常的に使っている漢字語のなかには、近代開化時代、日本が作った用語が数え切れないほど多い。「文化、文明、思想、法律、経済、資本、階級、分配、宗教、哲学、理性、感性、意識、主観、客観、科学、物理、化学、分子、原子、質量、固体、時間、空間、理論、文学、美術、喜劇、悲劇、社会主義、共産主義・・・・・・・・。」

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2019年6月11日 (火)

支那とは封建制を敷いた中央集権国家

2010102011083605a 連日、香港では中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが報道されている。主催者発表によれば103万人が参加したという。今回の改正案が成立すれば、香港住人だけでなく、渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡される。逃亡犯条例改正案とは、刑事容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、香港が身柄引き渡し条約を結んでいる20カ国以外にも対象を広げるという内容だ。改正案は、香港を本土からの犯罪人の逃避先となっていた抜け穴を塞ぐことだという。中国本土では、三権分立ではなく共産党が司法制度を完全にコントロールしている。そのため、中国本土の司法や安全保障当局者との間で協議が行われたが、ほとんど進展はみられなかったという。ただ、現立法会は親中派が優勢だから、法案は月内に可決される。これでは、香港に広範な自治を認めた独立した司法システムの維持が難しくなる。これには、香港の裁判官も警戒感を表明しており、香港に拠点を持つ本土の弁護士でさえ、本土の司法システムは公正を期待できないと同調する。愚生は、商用で香港が中国に返還される前から頻繁行っていた。当時を思いだせば、大学修士卒で在住資格が得られるカナダ。投資総額で在留資格が得られるオーストラリアなどが人気だった。中には、日本の大学を卒業して日本人と結婚することによって在留資格を得る人もいた。トロントやバンクーバーは香港からの移民で溢れていた。日本で活躍していたアグネスチャンなども、日本人と結婚した後もカナダへ留学した。F社に勤務する香港出身者も、子供たちには日本国籍を持たせていた。他人事だとは思いながらも、香港人であるが故の決断に同情した。ただ、返還後も香港に行くことは多かったが、広州や上海が活況になるに従い香港の存在は小さくなっていった。その後、「一国二制度」は有名無実となっていった。今回の法律改正で、中国に批判的な活動家らが当局に引き渡すことが可能になる。反中的な言動や思想を持つ人が、「赤狩り」のように中国に連行される。「一国二制度」は、香港返還時に英中双方による国際的な約束だった。50年間はこの体制を維持することを両国で取り決めたが、2017年の行政長官選挙に中国政府が介入したことで反故にされた。チベットウィグル、内モンゴルも、無理やり併呑されて漢族の移住と独自文化抹殺によって中国化が進められた。そして、現在ではキリスト教やイスラム教までも中国政府の完全支配下に置く。百万人以上のウィグル人強制収容も、その一環だ。この流れの中で、いずれ香港が支那に埋没することは時間の問題だろう。台湾人が対岸から支那を信用するはずはない。支那とは、漢、晋、明といった諸王朝時代から封建制を敷いた中央集権国家だ。それが営々と今も続いている。

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2019年6月 2日 (日)

トランプは日本海・東シナ海・南シナ海を・・・。

Download_8 トランプ大統領は28日、日本の横須賀にある米海軍基地を訪問した際、米軍の強襲揚陸艦「ワスプ」の艦上で演説し「米軍第7艦隊の構成員は黄海・日本海・東シナ海・南シナ海を威風堂々と巡回する」と述べた。韓国が彼らの呼び名の「東海併記」を主張しているにもかかわらず、米国は政府の地図や公文書などで東海を「日本海」と表記している。世界各国の政治・社会・経済などの基本情報をまとめたCIAの「ザ・ワールド・ファクトブック」でも「日本海」と表記されている。更に、昨年6月にシンガポールで行われた米朝首脳会談でトランプ大統領が北朝鮮の金正恩委員長に見せた「非核化した北朝鮮の未来」と題する映像でも、「日本海」と単独で表記されていた。そもそも日本海という名前は、日ロ戦争でも日本海海戦として歴史上でも有名だ。日本以外の国々では主力決戦の海域に因み対馬沖海戦と呼ばれる。日本海海戦は、1905年5月27日から5月28日にかけて、日本海軍の連合艦隊とロシア海軍の「バルチック艦隊」の間で行われた海戦だ。そのころの朝鮮はどうだったのだろうか。日清戦争直後の朝鮮半島は、清国と結んでいた李氏朝鮮の閔氏一族が失脚した。しかし、1895年にフランス、ドイツ帝国、ロシア帝国による下関条約に関する干渉に日本が屈すると、高宗の妃閔妃はロシア帝国に接近した。ロシア軍の支援を受けて高宗をロシア公使館に移して親露派内閣による執政が行われた。1897年、高宗は自ら皇帝に即位して国号を「大韓」と改めた。高宗は「倭奴(日本)の何か事場を醸すの処あっての事なるや」「露国は朕に親切にして、且つ後楯を為せり。」と親露を貫いた。そして、18984月に日露間で西・ローゼン協定が結ばれ、両国は韓国の国内政治への干渉を差し控えることが定められ、高宗の専制体制が整った。しかし、日露戦争で日本が勝利すると事態は一変した。日露戦争の終結時になると、日清戦争後に独立した韓国の状況を見ていると、韓国の政治家に統治能力がない。独立後の10年の朝鮮は名目上の独立国に過ぎず、このまま独立国として維持されるのは困難である。英国は朝鮮が日本に支配されることは、朝鮮人自身のためにもなるという結論を得た。そして、第二次日英同盟では日本が韓国を保護国にすることが承認された。この歴史的事実からは、東海などという名は一切出てこない。そして、西海なるものが黄海だというから笑えてくる。そもそも支那では。東シナ海を東海と呼ぶ。朝鮮半島の東が東海(日本海)と言ってみたところで、方角が合うのは朝鮮半島の国だけだ。当時、清→日本→露→日本と頼った朝鮮がその権威も力もあるはずはない。歴史を学ばない民族は、何度も愚かなことを繰り返す。ところで、当時の世界最大規模の艦隊決戦となった日本海海戦は、日本の連合艦隊は被害を小艦艇数隻の喪失に留めつつ、バルチック艦隊の艦艇のほとんどを損失させた。そして、海戦史上稀に見る勝利を収めた。よく歴史を学ばなくても、世界中が承認した名称は『日本海』だということが明らかだ。このトランプ発言が韓国国内で論争に発展すると、韓国外交部はトランプ発言に直接の論評や正式な反論は避けつつ、原則的な立場だけを示した。日本の周りには無法者国家が多い。南鮮は、日本のEEZ内で火気管制レーダーを日本の自衛隊機に照射していながら、謝罪どころか、近づくと照射すること開き直る。尖閣には毎日のように支那の公船が入る。そして、日本のEEZ領海内で日本の漁船を追い払おうと違法操業をする。これらを話し合いで解決しようにも話し合いに応じない。特に韓国には、非韓三原則【助けず、教えず、関わらず】を貫くべきだ。韓国の嘘の歴史教育が、メディアにも馬鹿な記事を書かせている。韓国はみせかけの民主主義国家だ。一方、アメリカは民主主義を実践している国だ。最近の米国では、第二次世界大戦の事実の掘り起こしの研究も進み、今では多くの米国議員たちは、先の大戦は日本が仕掛けたものではなく、アメリカが日本に仕掛けたものだという認識が一般的になってきている。韓国は、事実の追及ではなく、こうであったはずだという自分たちの希望的観測で歴史教育をする。これは文在寅が言う歴史の清算なのだろうか。韓国メディアでは徴用工を問題視するが、強制動員されたなどと言う。しかし、当時は日韓合邦時代で、韓国人は、同じ日本人として平等に戦争に参加させろと市民集会まであったくらいだ。しかし、当時の日本政府は、韓国人は軍隊の規律になじまないと避けていた。ただ、その声が続くので、韓国では徴兵ではなく募集ということにした。それは記録を見ればわかる。毎年、募集人数の何倍もの応募があったと記されている。しかも韓国人は粗野で暴力的なので、多くは最前線に行くことなく捕虜の監視員だった。そう言うわけで、欧米軍捕虜たちは、韓国人が粗野だという認識があったため、看守に日本人か韓国人か聞いていたという事実まである。願望を歴史として教える韓国には明日はない。オマケで出来た国は、当事者能力がないため、いずれ亡国に進むだろう。

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2019年5月19日 (日)

参詣道としての大辺路、中辺路、小辺路

250pxemperor_goshirakawa2 昨日、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録された熊野古道と高野山への旅行から帰った。この世界遺産は、和歌山県・奈良県・三重県にまたがる3つの霊場(吉野・大峰、熊野三山、高野山)と参詣道(熊野参詣道、大峯奥駈道、高野山町石道)を登録対象とするものだ。その中に、熊野三山の一つの熊野本宮大社などがある。そして、その霊場へと結ばれる、参詣道として、大辺路、中辺路、小辺路、大峰奥駈道、伊勢路、高野山町石道が整備されていった。この世界遺産は、日本で道として初めて登録された。文化 遺産のカテゴリーのなかでも「文化的景観」に初めて選ばれた。この熊野詣をした後白河上皇(1127~1192)は、歴代上皇のなかでも最多の34回も行った熱心な信者だった。本地垂迹思想の浸透していた当時、熊野本宮は阿弥陀如来の浄土と考えられていたようだ。その後白河上皇は、二条・六条・高倉・安徳・後鳥羽の5代もの天皇時代に院政を図り、武家勢力に対抗しつづけた。後白河上皇は、その権謀術策により武士から恐れられたという。しかし、熊野詣を繰り返す姿は、ただただ極楽往生を望むという姿もあった。武家勢力と相対峙するより、ほんとうは今様を徹夜で歌いあかしたり、今様の名手の女芸人に歌を習ったりすることのほうが性に合っていたといわれる。この熊野本宮大社へ行く大辺路、中辺路、小辺路などのルートは、修行者が霊場に行く道として整備された。その後、後白河上皇の抵抗空しく、最後には源頼朝に地頭職を握られ院政の財政的な基盤を切り崩された。そして、源頼朝の諸国守護権が公式に認められ武士の台頭を許した。こういう話を聞くと、上皇は鬱蒼とした山の中の霊場に居場所を求めたのだろうか。そして、明治維新前は金剛峯寺と呼ばれた「高野山」に、弘法大師が修禅の道場を求めた。ただ、高野山の「奥の院」には、御廟橋の先に灯籠堂、その裏に空海の御廟がある。参道には、皇室、公家、大名などの墓が多数並んでいた。真言宗」だけではなく、浄土真宗やキリスト教、イスラム教など宗派にかかわらずに墓が建立されている。これが弘法大師の教えなのだろう。その総数は20万基以上あると言われている。今回の旅行は、得るものが多かった。日本人なら、無宗教であっても一度は参拝すべき場所だとおもっいた。

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2019年4月30日 (火)

朝鮮半島で戦われた日本と明との国際戦争

Image91n 『瑣尾録』は、呉希文(オ・ヒムン1539-1613)が1591年11月27日から1601年2月27日まで、9年3カ月にわたって記録した日記だ。『瑣尾録』というタイトルは「尾羽打ち枯らし、さすらう者なるかな」という『詩経』の一節だ。日本と明との戦いから、自らの生活を記した。その呉希文が1594年6月4日に書いた日記の一節がある。時は、豊臣秀吉の朝鮮征伐と呼ばれる文禄・慶長の役の時代だ。天下統一を果たした豊臣秀吉は、大明帝国の征服を目指した。そのため、配下の西国の諸大名を糾合して遠征軍を立ち上げた。秀吉は明の冊封(属国)である李氏朝鮮に服属を強要した。しかし、これを李氏朝鮮が拒んだため、遠征軍を朝鮮に差し向けた。朝鮮国王宣祖は、すぐさま首都(漢城)を放棄して、明の援軍を仰いだ。明は、戦闘が遼東半島まで及ばぬよう日本軍を阻むために出兵した。朝鮮半島を舞台に戦われたこの国際戦争は、16世紀における世界最大規模の戦争だった。この時、呉希文は苦難に見舞われた16世紀当時の両班や奴婢、その戦争の惨状などといった生活風景をリアルに記録した。その一文、「明の兵士は絶えず行き来して焼酎や蜂蜜、ひよこなどの物を探すことが多く、少しでも思い通りにならないと大きな棒でひどく殴りつけ、まちの守令まで侮辱した」1592年の朝鮮征伐(文禄・慶長の役)によって疲弊した李氏朝鮮の世相が表れている。明の軍隊が参戦して戦果を挙げはしたが、当時の李氏朝鮮の民は、明の兵士の横暴から逃れられなかった。呉希文は「騒ぎのない日はなく、その苦しみは耐え難い」と記している。この呉希文の日記は、捏造の韓国歴史教科書では、目にすることができない真実の歴史だ。とりわけ、明の義兵に対する呉希文の評価は冷静だ。彼は、朝鮮を助けた義兵という名に隠れて、官穀を無為に食いつぶす明兵を批判している。「遠くに退いて縮こまったまま、兵糧ばかりをいたずらに食いつぶす(中略)名が義兵というだけで、実は逃げ出して罪に問われた官軍が、処罰を免れようとしてこの有様というわけだ」。【歴史の真実は、豊臣秀吉は明の属国である李氏朝鮮に明への道案内を要求した。しかし、朝鮮は拒否した。そこで、朝鮮征伐のために15万人を超える秀吉大軍を朝鮮半島に派遣した日本にとっては「白村江の戦い」以来、約900年ぶりの国際戦争だった。日本軍を迎え撃ったのは朝鮮軍・明軍合わせて約25万人、両軍合わせて40万人を超える16世紀最大の国際戦争だった。日本軍は、一時は朝鮮半島のほぼ全土を制圧したが、明の参戦で戦線は膠着状態となった。戦いが4年に及ぶと、日本軍の中にも厭戦気分が蔓延し、日本と明との間で講和交渉が行なわれ休戦した。双方の講和担当者は、本国に向けて、相手が降伏したという偽りの報告をしていた。明は秀吉に対し、日本国王の称号と金印を授けるために使者を派遣した。秀吉は激怒して使者を追い返し、朝鮮への再度の出兵を決定する。秀吉は、またも14万人を超える大軍を朝鮮半島に派遣した。日本軍は、数に優る明・朝鮮の連合軍を各所で打ち破った。そのまま攻め込んでいたら、明を窮地に追い込んだ可能性は高かった。しかし、秀吉が病死したことで、対外戦争を続行する状況ではなくなった。秀吉の死を秘匿して日本軍が撤退した。歴史教科書には、「慶長の役」で日本軍は苦戦したと書かれていることは事実でない。日本軍が「慶長の役」で明軍を圧倒していたことは支那も認めている。その証拠に、秀吉による朝鮮出兵が開始されて明は10万の将兵を喪失し、百万の兵糧を浪費した。明と朝鮮に勝算はなく、ただ秀吉が死去するに至り戦争は終息した。秀吉の練った計画そのものは周到だった。「文禄の役」と「慶長の役」において、日本軍は終始、明軍を圧倒していた。日本軍が、モンゴル軍のように捕虜とした朝鮮人を兵隊として用いた。その後、日本との戦いで疲弊した明は、農民反乱指導者の李自成により減された。李自成も翌年、北方の少数民族である女真族の清に減される。】この歴史の事実を、文在寅や朴槿恵は、どう受け止めているのだろうか。歴史から教訓を学ばぬ者は、過ちを繰り返して滅びる。廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅と彼らは、真実から目を背け滅びていった。今の韓国もそうだ。いったい、いつの時代に朝鮮が自立していたことがあっただろうか。朝鮮は、支那と日本の間にある緩衝地帯でしかなかった。文在寅は、廬武鉉と同様に、馬鹿は死ななければ治らないようだ。

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2019年4月17日 (水)

二度と日本に足を向けて寝るな

200401260000721in_homecul_w 韓国の文在寅大統領は、韓国軍に対し「切歯腐心」(歯ぎしりして悔しがること)の精神を持てと、7回強調した。軍人相手に、この阿保大統領が何を言ったのか気になった。それは、日本の植民地や第2次大戦、その後の朝鮮戦争などの歴史に言及し、「結局は力がなければ平和を成し遂げられない」と、戦時作戦統制権や北朝鮮非核化の問題に触れたことだ。しかし、いったい誰を相手に「切歯腐心」せよというのだろうか。愚生は、一番世話になっている日本に対してではないのかと思った。しかし、どうも米国と北朝鮮の双方から自分たちの側に立てと迫られる状況下で、強い国防力を強調したかったようだ。思いだせば、朝鮮戦争の勃発時に、大統領の李承晩は、命惜しさに韓国を抜け出した。その際、交戦権に当たる韓国軍事統制権も米国に渡した。その後、70年間も韓国は、戦争をするには米国の支配下行わなければならない状況だ。文在寅は、南北間の問題は、外交を通して解決すべきだと考えているが、それには強い力があってこそ初めて成功し得るという。歴史を思えば、当たり前のことだろう。朝鮮の独立は、日清戦争の結果だ。そして、朝鮮半島からロシアを追い払ったのは日露戦争だ。朝鮮半島に韓国が存在するのは、米国が朝鮮戦争に参戦したからだ。韓国という国は、愚生に言わせれば棚から牡丹餅で出来た国だ。間違ってできた国だから、住んでいる連中も真面ではない。当然、選ばれた大統領も間違った人物だ。そう思えば、それほど腹は立たない。軍への演説の中で、文は朝鮮征伐(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(後金および清の朝鮮征服)などにも言及し、切歯腐心しなかったから、我々は国を失ったと力説する。南北朝鮮の分断を克服するには、強い国防力を持つことが必要だと激を飛す。こういう訓示を聞くと、韓国で何か問題かが分かってくる。まず、力がないから分断されたというが、元々朝鮮半島には支那の属国があっただけだ。朝鮮半島の国は、独立国としての外交権は持たなかった。文在寅のように、正しい歴史を学ばないものは、こういう勘違いをする。朝鮮(朝の静けさの国)という国名は、明の洪武帝が選んだものだ。そして、李成桂を権知朝鮮国事に封じたことにより、朝鮮は正式な国号となった。元々、朝鮮半島にある国は、独立国としてあったわけではない。歴史を辿れば、日清戦争で日本が勝利して、清から独立させたからだ。そうであるから、文在寅に正しい歴史を学ばせ、二度と日本に足を向けて寝るなと言いたい。

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2019年3月10日 (日)

朝鮮には過去の歴史建造物も文献もない

Keijo61 先々週、台湾に旅行した時に、中華民国総統府は今でも日本時代の台湾総督府を使用していることを知った。また、中国共産党は(中華人民共和国)関東軍司令部の建物を今も使っている。オマケでできた半島に恨の国と大きな違いだ。彼らは、恨みが礎の国だからなのだろうか、未だに鬱憤と慨嘆の中で生きている。前大統領の朴槿恵は、慰安婦問題で日本を口先外交で口撃した。今の大統領の文在寅は、政経分離のツートラックといいながら、日本批判を繰り返す。東アジアの国はどこも同じかといえば、中国は柔軟だ。彼らの外交は、瞬時に実利に転換する。2014年、習近平は朝鮮征伐(文禄・慶長の役)で韓国と協調を模索した。習近平は、ソウル大講堂で日本に対して共通の敵愾心を話した。そして、中韓両国は日本の安倍政権に対抗した。しかし、日中韓の三角関係が複雑化した今、中国は立場を入れ替えた。つまり、韓国の歴史観と決別して、日本との関係の修復を急いだ。中国の柔軟性は、東北3省(旧満州)に行けば実感する。ここは過去、満州国(1932~1945年)だった地だ。吉林省長春は満州国の首都だった。当時、日本の関東軍は、満州国の建設と満州事変を演出した。展示館の関東軍司令部の写真には、「傀儡満州国の太上皇関東軍司令官、東北人民鎮圧屠殺の総指揮部」と憎悪をむき出しに表現してある。しかし、 そのような感情は街頭に出ると変わる。長春には満州国の建物が、今もあちこちに残っている。中国は過去の歴史建造物を大切にして壊さない。関東軍司令部の建物でもそうだ。建築様式は、日本の城郭である天守閣が大阪城と似ている。そのような関東軍司令部建物が今も中国共産党吉林省委員会として使用されている。表札を満州国時期に「関東軍軍法会議」と記されていたものを、日本関東軍から中国共産党に変えただけだ。博物館案内員になぜ日本伝統様式の関東軍司令部の建物をなぜ壊さないのかと聞けば、建物には罪がないからだという。そのあたりが、中国人と朝鮮人との違いだろう。中国人の多くは日帝時代を厳しく非難するが、その意識は洗練されている。中国の歴史博物館に共通の文面がある。「前事不忘 後事之師(過去のことを忘れずに未来の師としよう)」だ。要するに温故知新だ。中国外交は半島の恨の国と違い転換が早い。実利を重んじるから、米国トランプ大統領との争いが激しくなると、習近平は、安倍政権に接近して実用外交を展開する。歴史を考察すれば、日本は満州国を作り清朝最後の皇帝を執政にした。元々、満州の地は漢族の居留地ではなく、女真族つまり清のものだからだ。漢族にとって満州国建国は関係の無いことだからだ。中国の長い歴史は、半分は異民族に支配されている。しかし、その属国である朝鮮は、すべて中国の支配者に意のままだった。思いだせば、日清戦争で日本が勝利して初めて朝鮮は独立を勝ち得た。その朝鮮は、過去の歴史事実や遺産を自ら放棄してきた。そのため、朝鮮には過去の文献もなく、あっても漢字が読めず、自分の不利になる事実を捏造で穴埋めしてきた。それゆえ、他国に建ててもらった素晴らしい建物は、自らの嘘を守るために破壊せざるを得なかった。愚生が初めて韓国に行った時に見た朝鮮総督府も今はない。一方、ウズベキスタンでは、日本が建造したナヴォイ劇場を誇りにさえしている。半島に住む連中がおかしいと思うのは、愚生だけだろうか。

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2019年2月20日 (水)

押し目待ちに押し目なし

Picturebuyonreaction 「押し目待ちに押し目なし」という株式格言がある。これは、下がったところを買うという意味ではない。押し目買いと言うのは、上昇トレンドの株が僅かに下がるタイミングを言う。つまり、既に移動平均線を大きく下回っている下落トレンドの株を買うこととは違う。米国経済が失速するという見方から、評論家やアナリストなどは、株を買うなという。そのせいか、ここのところ株価は冴えない動きをしている。愚生も、何度も失敗した経験から自重し、キャシュボジションを高めている。現在は、ネットワーク化からだろうか、海外市場の相場変動の影響の方が日本の相場に与える影響が大きい。格言に、「節分天井、彼岸底」というが、どうも今は死語になってしまったようだ。また、「閑散に売りなし」という。これは、相場が大きく下落した後、出来高が減り、揉み合いになる。すると、強気だった者も次第に弱気になり、空売りをしたい心理状態になってくる。しかし、経験則的にそのような状態になると、目先の売りも出尽くしている。そのため、きっかけ一つで急騰する場合も多いことを言う。「麦わら帽子は冬に買え」ともいう。何度失敗しても、懲りない愚生だとつくづく思うが、それが自分だからしょうがない。しいて自己弁護をすれば、皆が下がると思い買いを控えているから、「人の行く裏に道あり花の山」があるのではと思う。投資家は、とかく群集心理で動く。いわゆる付和雷同な感覚で売買をする。しかし、それでは大きな成功は得られない。むしろ他人とは反対のことをやらねば勝ちなどない。この格言は、多分にアマノジャク精神に満ちているが真実を突いている。欧米では「リッチマンになりたければ“孤独”に耐えろ」という教えだそうだ。これと類似の格言に「友なき方へ行くべし」「相場師は孤独を愛す」などがある。ウォール街にも「人が売るときに買い、人が買うときには売れ」(Buy when others sell; Sell when others buy.)という。世界中に同じような格言が多数あるということは、一つの真理なのだろう。一旦、底を打った後に戻り基調になっている愚生好みの数銘柄がある。後悔先に立たずというから、よくよく考えてみたが、商いは牛の涎ということで、少し買いを入れてみた。

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2019年1月15日 (火)

拙速な妥協よりは、現状のままで

800pxcrimea_republic_map 昨日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相間で、平和条約と北方領土に関する日露外相会談が開かれた。ロシアは、「第二次大戦の結果、南クリール諸島はロシア領になったことを日本が認めない限り、領土交渉の進展は期待できない」と発言する。そして、河野氏に「北方領土という呼称はロシアには受け入れがたい。日本の国内法に北方領土という呼称が規定されている問題をどう解決していく考えがあるか」と伝えたという。そして、島の主権をめぐる問題については議論までは入らなかった。北方領土に関しては、長い年月議論されてきた問題だ。交渉相手がソ連からロシアに代わる時が解決のチャンスだった。しかし、その機会を逃してしまった。これまで、延々と過去73年間に亘り交渉してきたが合意はできていない問題だ。少子高齢化の進む日本に、北方四島がどれほど重要なのだろうか。そう考えれば、拙速に交渉して日本が譲歩することはない。現状、クリミア問題で、ロシアは世界中から経済制裁を受けている。この二十一世紀に他国に攻め入って、領土拡張など、とんでもないことだ。ウクライナから核兵器廃棄をする際に西側の支援が約束された。1994年1月に米国クリントン大統領とウクライナのクラフチュク大統領、ロシアのエリツィン大統領は首脳会談を行い、ウクライナに配備された旧ソ連の核兵器のロシアへの移管と全面廃棄を完了することを盛り込んだ3か国共同コミュニケに調印した。この合意には、核兵器の解体・廃棄の他に、ウクライナに対して米国、ロシア、英国は核攻撃を行わない。核兵器の解体・廃棄に必要な資金を米国が提供する。核兵器の解体に伴う高濃縮ウランをロシアに移管する補償としてロシアから原子力発電用燃料をウクライナに供給するなども盛り込まれた。ところが、2014年にロシアは、クリミアに侵攻した。同年にウクライナ騒乱が発生して以来、ロシアがウクライナ南部のクリミア自治共和国に対して軍事行動を行なっている。また、昨今ではプーチン大統領は、日本では白ロシアとも呼ばれるベラルーシをロシアへの吸収合併を示唆する発言を繰り返している。それにベラルーシのルカシェンコ大統領は反発して、両国の統合は停滞している。こう考えると、ロシアなどと交渉しても彼らがまともな回答を出すとは思えない。愚生などは、拙速な妥協よりは、現状のままでよいのではないかと思う。経済が疲弊するロシアには喫緊でも、日本は困らないからだ。

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2018年11月18日 (日)

反日活動の「TWICE」がNHKの紅白に出演

20181116035578668 韓国「BTS」の原爆Tシャツが問題になって、日本のテレビへの出演がなくなった。その一方で、韓国のガールズユニット「TWICE」は、NHKの紅白に出演する。彼女たちのメンバーが、過去に慰安婦Tシャツを着用して、反日活動をしていたことが明らかになった。強制的に国民から視聴料を徴収するNHKはどう対処するのだろうか。反日を国是とする韓国だから、彼女たちが日本を貶める活動をすることは自由だ。しかし、そういう反日分子に出演料を国民の税金に等しいNHK受信料が使われることは我慢ならない。過去にもNHKは、日本を貶めるような番組を数多く作ってきた。今回のNHKの対応が見ものだ。こういう影響力のあるグループの反日活動は、韓国の大衆にあたえる影響は大きい。早々に、反日活動をすれば、日本への入国できなくなるような手続きを取るべきだ。日本に何をしても、何を言っても不利益がないという舐められた結果が、今日の日韓関係を複雑にした原因だ。日本は中国やロシアを見習うべきだ。厳しい対応を取って、初めて彼らは自分の利害関係に気が付く。いずれにせよ、薬物の逮捕歴で入国できないのに、なぜBTSが日本に入国できるのか不思議でならない。そして、NHKはそれを冗長するようなことをやっている。李明博が天皇へ土下座発言したことも、無能な外務省役人の韓国への対応が発端だ。韓国のような、前近代的な法治国家と言うに疑わしい国には、毅然とした対応が必要だ。韓国の大統領の交代は、王朝の交代と同じだ。韓国は大統領にあまりにも権限が集中しているため、お金が方々の財閥から集まってくる。その結果、粛清の対象として、諺通りに「女は三日殴らないと狐になる」といって、朴槿恵のように、大統領を辞めた途端に刑務所行きとなる。李明博は、退任と同時の逮捕は免れたが、結局、過去を暴き出されて拘置所にいる。朴槿恵も李明博も、民主党政権が続く限りは、刑務所から出所できないだろう。韓国とは、そういう無法治国家だ。反日活動をする芸能人に入国を許可すれば、いつまで経っても彼らの反日活動は止まない。

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